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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
一章 魔女 扉をあける
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 2 魔女と騎士 2

 ざわざわざわ。

 髪が逆立ち、皮膚が粟立つ。

 いや、ざわつくのは体ではなく、心なのかもしれない。

 あまり自分について考えたことのないザザには、何かが激しくあふれる感覚に(おのの)くばかりだ。

「ああ……」

 無意識に喉の奥から苦鳴が漏れた。

 それは苦しいような、快感のような、とても強いうねり。

 皮膚が粟立ち、体がこわばる。それにザザは爪先立ちになって耐えた。生まれて初めての感覚だった。

「く……は」

 がくりと膝から力が抜ける。

 べたりと地面に座り込み、肩で息をしながらザザは、奇妙な感覚が少し収まってくるのを感じた。

 と、同時に別の、今度はすごい勢いで接近する生き物の気配を捉える。


 これは……熊でも狼でもない。

 こんな大きな生き物の気配は久しぶりだ。なんだろう? 大きくて早いなにかがすごい勢いでこっちにくる!


 ザザは食べかけのパンを放り出し、転がるように斜面を駆け降りた。

 何度も足がもつれたが、早く早くということしか頭になかった。泉がどんどん目の前に迫ってくる。

「あなたはどこ? どこにいるの⁉︎」

 なぜ自分がそんなことを叫んでいるのかもわからない。こんな大きな声を出したのは何年振りだろうか? しかし、足は止まらなかった。

 勢い余ったザザのつま先が泉の水に触れた時、背後からどかどかと何かを踏みつける鈍い音が聞こえてきた。

 だしぬけに目の前の下生えが二つに割れる。

「あ!」

 飛び込んできたのは白い大きな獣──馬だ。

 馬は泉の手前で急に体を捻り、激しく向きを変えた。そのせいだったのだろう、馬の背中から何かが勢いよく泉の中に突っ込んだ。激しい音とともに、大きな水しぶきが上がる。

 馬はそのまま泉の周りをものすごい勢いで駆け去った。しかし、ザザは馬には目もくれず、泉に落ちたものへと水を蹴って走り出した。

 水面に浮いている大きな布の塊。それはザザが今まで見たこともないような綺麗な桃色で、その先端に金色のふわふわしたものがくっついていた。

 つまりこれは人間で、浮かんでいるのは膨らんだ服と金色の髪なのだ。


 ひ、人だ! 人がうつ伏せに浮いてる!


 ザザはそのまま泉に走り込んだ。

 ばしゃばしゃと水しぶきがあがる。

 水は青く冷たく、そして深かった。岸辺からほんの数歩でいきなり水底が急な斜面になっているのだ。

 ザザは泳いだ経験はない。しかし、迷っている暇はなかった。浅瀬から深みへと飛び込み、水を吸って沈みかけるドレスに思い切り腕を伸ばした。たっぷりした布地に指先が触れたので、もう一方の腕で水を掻いてしっかりと掴む。

「よし!」

 そのまま自分の方へ引き寄せたのはいいが、今度は踏ん張る足元がなかった。泉はザザの身長よりも深かったのだ。ザザは思い切り水を飲み、息が詰まった。

 幾重にもかさ張る布地を抱きしめると、その中心に華奢な骨格が感じられた。顔が水に浸かっているので、息をさせようと必死で持ち上げる。

 服の中に幾分空気が入っているのか、ザザの試みはなんとか成功するが、その分自分が沈んでしまった。

「ふぐぅ」

 両足で水を蹴ってなんとか水面に顔を出し、口を開けても再び容赦無く水が侵入してくる。咳き込むと今度は鼻から水を吸い込む。

 苦しい、怖い。でも、諦めるわけにはいかなかった。


 ああ、私にはこの人を支える力がない! そうだ、今こそ。

 魔法を! 魔法を使わなきゃ!


『ザザ。人前で魔法は使うんじゃないよ。下手に使って殺されたり、追放された魔女をあたしは何人も知ってるんだ。そのくせ奴らは、どうしようもない(やま)しい頼みごとがあると、あたしらを呼ぶんだけどね。用がすんで殺されなければ御の字さ。お前はどんくさいからね。十分気をつけるこった』


 ドルカの言葉が脳裏をよぎる。

 もしかしたら今は人前で、ザザはドルカの言いつけを破ろうとしているのかもしれない。しかし、ザザにはこの桃色の(かたまり)を水から引き上げることしか頭になかった。


 風を、風を呼んで、ほんの少しでも水を吹き飛ばせたら!


 ザザの魔力は低い。普段は小さな風を起こして、暖炉の火を焚く程度の風しか使うことはない。


『だけど、魔法は私らの命なんだよ。魔力が亡くなれば魔女は死ぬ。あんただって、いつかもっと大きな魔法が使えるようになるかもしれないんだ。いいかい? 額に気持ちを集めるんだ。そう、そうだよ。集中すればするほど大きな魔法が使える。額に力を込めるんだ』


 額。額に!


 ザザは絶え間なく流れ込む水にもがき苦しみながら、額に全神経を集中させた。


 この声がとどかば風よ、我が命に従え! 水を抑え、従わせよ!


 ザザの額にうっすらと結び目の文様が浮きあがる。魔女の印だ。

 しぶきの飛び交う水面(みなも)が次第に静かになった。風が水をすり鉢のように凹ませている。水も風に逆らう様子はないようだった。


 うまくいった!


 これで抱えている人間の呼吸が楽になるだろう。あとはなんとか浅瀬に戻るだけだ。しかし、ザザの体力は尽きようとしていた。額に力を込めるあまり、自分がほとんど呼吸をしていなかったのだ。

 視界が(かす)む。


 なんとかこの人間だけでも、風で浅瀬に送り届けなければ。

 

「力を! ……さま!」

 ザザは誰の名を呼んだのかわからなかった。この人間を助けることで頭がいっぱいなのだ。最後の力を振り絞る。

「我に従え! ああああ!」

 ザザは空に向かって叫んだ。

 そしてそれはやっぱりだしぬけに起きたのだった。

 ものすごく力の強い何かが、気を失いかけているザザの腰に巻きついてきた。

「え?」

「フェリア様!」

 溺れかけていると言うのに、その声はなぜかザザの脳髄(のうずい)の奥まで一直線に届いた。意識が途切れる寸前、ザザは見た。

 濃い色の髪をした男の鋭い横顔を。


 ああ……この人だ。


 ザザの思考はそこで途切れた。






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