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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
一章 魔女 扉をあける
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11 魔女と太陽 5

 翌朝。

 ザザが起きたのはいつも通り、夜明け前だ。

 眠りが短いのは魔女の美徳であるとされている。

 ごそごそと寝床を抜け出し、服を着替え顔を洗っても陽が昇るまでには間があった。

 昨夜はすぐに部屋に案内されたので外を見て回る暇もなかったが、今ならば許されるかもしれない。人々はまだ寝静まっている。

 ザザはカーテンを開けると窓を持ち上げた。北向きの空はまだ仄暗(ほのぐら)いが、もう少しで太陽が顔を出すだろう。地面までは大した距離ではない。窓枠に足をかけ、苦もなくザザは飛び降りた。下は草地で堀まで緩やかな斜面が流れている。

 ザザは水のような色の大気の中、一気に丘を駆け下りた。

「わぁ! 気持ちいい!」

 堀は満々と水を湛え、水路で湖へとつながっていた。向こう側へ渡りたいが、橋は昨日渡ったものしかないようだし、門は閉まっているだろう。

 ザザは堀を渡ることは断念して、その辺を歩き回ることにした。

 森とは違って下生えは歩きやすいように刈り込んである。ところどころに樹木が生えているだけの、どちらかといえば殺風景な庭だった。表に回れば美しい庭園もあるのだろうが、こちらは裏にあたる。

 ザザは気分よく城の周りを回った。堀の縁までやってきた時、一筋の赤い光線が射す。陽が昇り始めたのだ。


 ああ、夜が明ける。


 一日の始まりの太陽は、どうしてこんなに美しいのだろう。

 初め小さな点だった光はあっという間に筋になり、薄鼠色(うすねずいろ)の空を朱に染めながらゆっくりと昇っていった。

 上空から甲高い鳴き声がするので上を見上ると、まだ鈍い色の空の下に一匹の(はやぶさ)がゆったりと旋回していた。多分昨日見た隼だろう。

「おはようモス!」

 声をかけると隼が目の前に舞い降りた。そのままザザの周りをぴょんぴょん歩いている。どうやら好奇心旺盛な鳥のようだ。

「お前、素敵ね。こんな風の中を飛べたら気持ちがいいね」

 そう言うと、隼が一声鳴いてまた空へと舞い上がった。羽根に朝陽が当たって琥珀色に輝く。


「私も飛べたらいいのに……」

 ザザは朝が好きだった。

 何色にも染まらない黒髪が明るく照らされ、夜の瞳に空が映る。その一瞬だけ世界は自分のものなのだ。

 ザザが両手を水平に上げて太陽を掴もうとした──時。

「お前!」

 鋭い声が上から落ちてきた。

 振り返ると大股で斜面を下りてくるザザの主。白いシャツが日に照らされ、少し伸びた藍鉄色の髪が風に(なび)いている。片手には大きな剣。

 ザザはしばらく彼に見惚れた。

「どうしてこんなところにいる! 何をしていた!」

 ギディオンは剣を持っていない方の手で、ザザの手首を掴んで怒鳴った。ザザの喉がひゅっと鳴る。叱られるとは思っていなかったのだ。

 隼がザザを(かず)めて舞い上がる。まるでしっかりしろと励ましているかのように。

「言え!」

「あ、あの……わたし、おひさまを」

「オヒサマ?」

 ギディオンは何を言われたのか理解できなかった。

「は、はい。おひさまを見ていました……この色は今だけしか見られないから」

「色」

「はい。赤でも紅でもないこの色……今だけ」

 ザザは憧れるように昇りゆく太陽に目を写した。ほんの少し見ているだけで、その色は黄色く変化し、見つめられないほど眩しいものになっていく。見られるのはほんの刹那の間だけだ。

「……それは何の儀式だ?」

 ギディオンの声にはもう、厳しさはない。浮世離れしたこの娘の答えに詰問(きつもん)する気は失せてしまったのだ。抜身のまま引っ()げていた剣を鞘に落とし込む。

「ギシキ? いいえ、儀式ではないんです。ただ、おひさまが好きだから見ていました。森では高いところに上らないと見られないので」

「……部屋から出てはならんといったはずだが」

「あっ」

 ザザは自分が大きな間違いを犯したことを悟った。

「あの……わたし、扉から出なければいいと思って……窓から出たんです」

「なんだって? 窓から?」

「はい」

 ギディオンは脱力しないようにかなりの努力を有した。

「……あのなぁ、言葉を額面通りに取るなよ。俺は部屋から出るなというつもりで言ったんだ」

「え?」

 今度はザザの目がまん丸になった。

 

 そうだったの?


「風呂に行けば迷い、扉から出るなと言えば窓から出る。これが魔女なんだとしたら間抜けすぎるな」

「……ごめんなさい、もう……いたしません……」

 あまりに馬鹿すぎることが悲しくて、ザザはぎゅっと服を握りしめた。これ以上無様なところを見られたくなかった。

「いいから、すぐ部屋に戻りなさい」

「ただいますぐに」

 ザザは斜面を走って登った。自室の窓の下にたどり着くと、えいやっとばかりに窓の出っ張り向かって飛び上がる。飛び降りるよりは大変だったが、なんとか指がかかったので、足を引っ掛けようとじたばたもがいていると、腰が浮いて、気がつくと地面に立っていた。

「馬鹿なのか? 額面通りに受け取るなと言っただろう? こっちへ来い。裏口から入るぞ。もう開いているはずだ」

「……ごめんなさい」

 情けない顔を見られている。ザザはすっかり明るくなった空を視界から消した。

 高いところから隼が笑っている。今日も良い天気になるだろう。






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