君に逢いに
人の頭に花が咲いて見える。
これは何かの比喩などではない。
俺には本当に人の頭上に花が咲いて見えるのだ。
「航平、今日は病院行ってから会社に行くの?」
母はそう言いながら朝食を並べる。
てきぱきと動く母の頭上には、少し萎れたミニ向日葵と、成長途中の菊が揺れていた。
「あぁ、うん……そのつもり」
そう答えながら、もう夏も終わりかとぼんやり考える。
「いただきます」と呟いて、焼きたてのトーストをかじった。
物心ついた時には花の存在を認識していた。
寄せ植えの鉢のように、人の頭上に花が咲いて見えるのだ。
花の種類や本数は人それぞれ違うし、季節によっても生え替わる。
また、元気な若者の花ほど立派に咲き誇り、逆に病人や老人の花は萎れたり枯れかけていたり、本数が少なかったりする。
花が全く咲いていない存命の人間とは出会った事がない。
……つまりはまぁ、そういう事なのだろう。
幸いな事に、幼い頃の俺は「自分以外の人間にはその花が見えない」と理解するのが早かった。
そのおかげで周囲から変な目で見られる事もなく、現在に至る。
「じゃあ……行ってきます」
「いってらっしゃい。……無理、しないでね」
玄関にある鏡でチラリと身だしなみを確認してから家を出る。
疲れた顔をした俺の頭上には、小さな花が丸く集まった派手な植物がワサワサと揺れていた。
名前は確か……ランタナ、だったか。
わざわざ調べなきゃ知る事もないようなマイナー所の花である。
地味な自分には全く似合わない花だと自嘲した。
自宅から電車で一時間かけてやって来たのは大学病院。
たまにすれ違う看護師さんに挨拶をしながら、慣れた足取りで院内を進む。
患者の頭に咲く弱々しい花と違い、心なしか医者や看護師の花は力強く咲いているように思える。
正直羨ましい。
こんな変な体質の俺だが、実はそんなに花に詳しくない。
今すれ違った人の花は何という名前だったかと少しモヤモヤするのもよくある事だ。
だがそんな疑問は目的地に着いた瞬間、一気に吹き飛んだ。
小さく深呼吸をしてスライド式の扉を開ける。
白を基調とした殺風景な病室のベッドに、彼女が寝ていた。
すぐ傍らにはやつれた様子の彼女の母親が座っており、俺にペコリと頭を下げた。
どうやらまだ彼女は眠っているらしい。
「おはよう、香保子。おばさんも、おはようございます」
「おはよう、航平君。いつも来てくれてありがとうね」
小声でのやり取りに、彼女が起きる様子は全くない。
静かに近付き鞄を置くと、彼女の母親がそっと立ち上がった。
「何か飲み物を買って来るわね」
「いえ、すぐに会社に行かなきゃなので、気にしないで下さい」
「良いから、良いから」
二人きりになれるよう気を利かせてくれたのだろう。
その優しさに感謝しながら、病室を出ていく彼女の母親の背を見送った。