出会い
初投稿となります。
もう、どれくらいこの場所にいるんだろうか。
見えるものは奥深い暗闇のみ。
風の音も無く、虫の動く音すら聞こえない。
「ココハ……ドコダ……」
思考を働かせることすらマトモにできない。
きっと何回も何万回もこの繰り返しをしているんだと思う。
「オレハ……ダレダ……」
そもそも自分が男なのか女なのかすらわからない。
何故ここにいるのか、何故生かされているのか。
何より、なんで死ねないんだろう。
生きることが辛かった。
誰か殺してくれ、何度願っただろうか。
自ら死ねない地獄。
四肢は根元の節から排除され、舌を噛み切れぬよう歯は全て抜かれている。
体の痛みは痛覚が取り除かれたように無かった。
そして、動いてこの場所から逃げ出そうにも四方には厚い壁があり、まず無理だろう。
恐らく、飲まず食わずでも生きていられるということは誰かの手引きがあるに違いない。
無性に腹が立った。
「ウガアアアアッ!」
極限にまで達しているストレス、誰にぶつけられるわけでもない殺意。
すべての感情、ストレスを声帯に乗せて発散する様は飢えた獣を連想させる。
そんな遠吠えは反響してくれるわけでもない漆黒に包まれた壁に、かき消された。
大声を出して疲れてしまい地面に横たわる。
もちろん生きている事にはとうに疲れ果てているが、大声を出すという行為が今の状態では全ての体力を使い果たすようなものだった。
「ゲホッ!……ダレカ……」
────殺してくれ――――
まるで罪人を処刑するように躊躇なく一太刀で。
いや、この際誰でも良いんだ。
女、子供、赤子でも良い。
弱り切った四肢のない無抵抗な俺を殺せる奴なら誰でも。
消えそうで消えないこの脆い命の灯に絶命を。
静まり返り、意識が遠のいていく。
また何もない夢が始まる。
ひたすら暗闇に包まれ、孤独に身を削がれ続ける世界へ戻っていくその時。
多分いつもと違うことが起きた。
記憶にある出来事なら初めてかもしれない。
遠くから話声が聞こえてくる。
限界に近い体、精神に喝を入れその声に集中する。
すると、数人いるような談笑が微かに聞こえる。
「……だよ!」
「また……ついて……」
「……フ……のバカ!」
バカ?
とても懐かしい響きに感じた。
どんな意味だっただろうか。
ここに来た当初の記憶は無いが、覚えている記憶の中では初めて他人の声を聞いた。
すると今度は、はっきりと少女の声がした。
「聞こえたんだもん!」
聞こえた?
まさかさっきの大声が聞こえたとでもいうのか。
頼む……見つけてくれ、俺を……。
「ミツケテクレッ!」
また、活舌の悪い声が牢獄に響いた。
届かないかもしれない。
でも、ここで発見されなければ生き地獄の再開だ。
死にたくても死ねない最悪の世界の手招きを振り払うようにもう一度声を張り上げようとする。
「……レッ!……ッ……」
声帯が完全に枯れてしまっていた。
これでは、今回どころかこの後も声を出すことすらままならないかもしれない。
途端に涙があふれ出した。
叫ぶように泣いて喘いでいるつもりが思うように泣き叫ぶ事も出来ない。
「……アァ……ヒクッ……ヒクッ……」
声にならない叫びが狭い牢獄の中で虚しく響く。
この暗い牢獄に神なんていない。
一瞬でも希望を見つけてしまったことを悔やんだ。
その時までは。
「聞こえていましたよ」
…………え?
間違いなく自分の声ではない。
それは逃げきれない漆黒に包まれた俺を優しい光に引き上げてくれるような透き通っていて生きる力に満ち溢れている幼い少女の声だった。
「貴方の助けてほしいという声が私にはちゃんと聞こえていました」
「こんな姿になってまで生きる希望を捨てずによく耐え抜きましたね」
「神は貴方を癒し、そして祝福を与えて下さるでしょう」
そういいながら少女はシスターの純白な正装を、俺の血で赤く染め上げながらしっかりと抱きしめてくれた。
人の温もり。
暖かくて睡魔が襲ってくる。
それに何故か嘔吐くほど涙も止まらない。
「大丈夫、私があなたを救います」
「どうか今は瞳を閉じて疲れを癒してください」
そういうと、少女の体から赤い光が溢れ始め俺は驚愕する。
重い瞼の間から微かに覗かせるその姿は凛としており、サラサラしたロングヘアの白髪で、エメラルドの様な緑色の瞳をしていた。
どこか懐かしような気がする。
二人の周りに赤い光の文字が記された円盤が現れゆっくりと回転する。
魔法陣……脳のデータボックスからこの言葉が選択される。
見たこともないし、魔法陣なんて聞いたことも無い。
きっと、ここにいる前の記憶なんだろう。
少女は深呼吸をしてから、目を閉じて神に祈るようにこう言った。
「光に集いし精霊よ、今汝のもとに集わん」
「この生きる希望を失わずに戦いつづけた子羊に慈悲を分け与えたまえ」
ゆっくりと目を開けながら少女は詠唱を続ける。
「精霊の加護」
先程までゆっくりと回っていた魔法陣が詠唱の終わりと同時に急速に回りだす。
それとともに、赤い光が徐々に紫色に代わり目を開けられないほど輝きだした。
すると、彼女は驚いた顔をして紫色の光を見つめる。
「凄い、こんな沢山の慈悲を受けることが出来るなんて」
「信じられない……」
何が信じられないのだろう、訪ねようにも俺には発音する力も残されていなかった。
それに慈悲ってどんな意味だっただろう……思い出せない。
とにかく疲れたんだ、悪いが今は寝かせてくれ。
俺は紫色の光の中、初めて人間の温もりに寄り添いながら瞼を落とす。
こう願いながら。
────殺してくれ────と。