008 かつて勇者と戦い破れた竜は黒き山に封じられ今も時折飢えた鳴き声を響かせたという伝説が残っている
突然現れた巨大な竜。
馬を襲い、次は俺たちかと思ったら、急に話しかけられた。
身構えたまま混乱しているともう一度。
『主じゃ、主に言うておる』
尻尾の先がこちらを指す……俺か、自分を指差した。
それを見てうんうんと竜の大きな頭が上下に揺れる。
『くく、先度の供物から幾日、幾年経ったか……ヒトは短命だが、此度は僥倖じゃのう……』
話が見えないが、どうやら話をするくらいの猶予はあるらしい。
とりあえず、もう一つ石を拾って握り込んだ。
『主が供物を設けたもので違いないな?』
「ええと……ごめんなさい、何のことかよく……」
『くっくっくっ……言わずともよい』
竜は翼をたたみ、足を折り、その場に座り込む。
まるで犬みたいだ。
『我が結界を一息で砕いたその力……やつの子であろう?』
竜は話し始める。
両親のことを知っているのだろうか。
『いつか我の力が必要になれば、供物を持って参ると……
忘れてはおらなんだな……ああ、随分と長い時を待った……くく』
これは思い出語りをしているだけだな?
そして俺を誰か別の人と間違えているな?
よくある、こういう老人系人外ではよく見る。
『では約定通り、我が力を貸すとしよう……ただし』
ばさりと翼を広げる。
翼は血の色が透けているのか、薄いピンク色に染まっている。
こんな羽のバッタだかカマキリだかをよく捕まえたもんだ。
『我が力を貸し与えるに足るものか、今一度見せるのじゃ』
とうとう『のじゃ』とか言い出した。
老人系のキャラ付けで使いたくなるのは分かるけど、のじゃのじゃ言っていいのはのじゃロリだけだよなぁ。
『ぬ、うっ!?』
竜の足元が輝き出す。
黄金色に輝く特大の魔法陣が、巨大な竜を飲み込んでいく。
『くっ、封印魔法……!? いや、これはァアアアア……ッ!!!』
ぼうっとしていたせいか、何が起きたかわからなかった。
竜の叫び声を聞いて意識が引き戻された。
「は? え?」
『対抗出来ぬ……! 解体、書き換えられていく、だとぉお!!!』
魔法陣に、書き換え、ということは……チートが発動したのか。
特に何かしようと思ってはいなかったはずなのにどうして……?
とにかく竜から目を離さずに、警戒し直す。
竜は魔法陣の中心で、光に飲み込まれその姿はよく見えない。
俺がうっかり発動した力の結果はなんなのか。
さっきの石のように防がれたらどうするか。
次の手を考えなければ、次は、次こそは――――
光が収まり、風が吹く。
舞い上がる砂煙の向こうに影がゆらめく。
「く、くくく……我の力をかように抑え込むとは……だがまだ詰めが甘いっ!!」
地を蹴る音。
握り込んだ石に力を込める。
一撃で砕けないなら、思い切り吹き飛ばす――
強く頭に浮かべ、確実に当てるべく煙から現れた影を捉えた。
現れたのは、幼女であった。
幼女が空を舞い、こちらへ大きく口を開けて、迫り、転んだ。
駆け出した勢いのまま、地面に落下した幼女の顔面は地面を削り土煙を上げ、俺の足元で止まった。
さすがにこれに何をしようという気にはならない。
「だ、大丈夫……?」
声をかけ、頭に触れようとして、そこに角があるのに気づく。
……これは、つまり……
「く、くく、くっくっくっ……われ、われを、よっ、よくぞ……うっ、うう……」
慌てて幼女の体を起こす。
額と鼻からだらだらと血が流れているが、大きなケガはなさそうだ。
翼に似た薄いピンク色の髪、その間から伸びる黒い角。
よく見れば耳や腕、足には黒い鱗が見えるし、長い尻尾も伸びている。
服の裾で顔を拭くと、涙で濡れた赤い瞳が覗く。
どうやら、そういうことらしい。
「うっ、ぐ……まざがっ、ごっ、ごこまで、我が力をおざえるどは……」
「ほんとごめんね……」
無意識で竜ロリにしていたのも驚いたが、それがボロボロ泣いているのも驚きだ。
しばらくして顔を、流れる鼻血と鼻水を俺の服で拭いて竜は少し落ち着いた。
「く、くく、流石やつの子じゃな……その力、認めるしかある、あるまい……」
「ん、いや、たぶんその……違うんじゃないかと……」
「ええい! かような仕打ちを受けたのじゃ! 今更違うなど言わせぬわ!!」
竜、あらため竜ロリっ子がぺちぺちと頬を叩く。
俺と同じように、身体能力も見た目通りになっているらしい。
力はそのままで首を折られたらどうしようかと思ったが、大丈夫そうだ。
「まぁよい、我が抗えぬほどの力、しかと認めた。
古の約定に従い、この力を……主、主の名は? 何という?」
「えー…………ロウ・リクオン、ロウでいいよ」
改めて名乗るのは少し緊張する。
この世界の人間になったのだと、実感させられる。
小さな唇を動かして何度か反芻している。
「ロウよ、主に力を貸そう。我が名はディナリズワルト。
さぁ、我が名を呼ぶのじゃ。それをもって主を我が主人としてやろう」
「ディナリズワルト……ちょっと呼びにくいな、リズじゃあだめ?」
「主は我を倒した男じゃ、好きに呼ぶと良い。ところでロウよ」
竜ロリっ子ことリズが不思議そうな目で見つめる。
何だろうか、いつまでも抱っこしたのはマズかったか。
せっかくの幼女チャンス、嫌がられるまでは抱っこする。
当然だ、誰だってそうする。
細く伸びた瞳孔が揺れ、赤い瞳が動く。
つられてそちらを見ると、姉ちゃんが倒れていた。
「姉ちゃん!?」
「我が声をかけた時から気絶しておったが大丈夫かこやつ」
姉ちゃんを揺さぶりながら、さてどうやって説明しようかと角と尻尾の生えた幼女を横目に、俺は頭をひねるのだった。
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