006 切り札は君の中
神様の白くて細い指、その1本が折り曲げられた。
思考を巡らせる。
神はカードを変えてみせた。
黒からジョーカー、ジョーカーからハート、ハートからスペードへ。
マジック、じゃない、こいつは俺のチートと同じと言った。
絵柄に意味があるのか?
ハートは心で、スペードは……剣だったか。
でも成長したのとは関係がないように思える。
それならカードを、姿を変える能力が俺のチート?
「止まっているのに10秒とは不思議ですね。いわゆる四次元的な見方ではありますが」
3本目の指が曲げられた。
いや違う、能力が発動したっぽいのは2回あった。
成長したのと、投げた短剣が壁を超えて男に当たった、この2回。
だとしたらただ姿を変えるものとは違う。
別のものと入れ替える能力か。
だとしたら俺の体は別の人間と入れ替えられた?
4本目の指が曲がる。
「そうですよその顔ですその顔。それだけで5年分は楽しめそうですね。
でも理想としては50年ほど欲しいですね。あ、こことチーキュは厳密には時間の流れは違いますが同感覚に定義されて」
5本目。
違う違う違う。
あのカードはそういうものではないようだった。
入れ替わったのではない、見た目が変わっただけでもない。
チートというからにはそれ相応のなにかのはずだ。
6本。
わざわざトランプを選んだのには意味があったのか。
トランプのジョーカーは他のカードの代わりに使える。
そういうことか!
俺のチートはジョーカーのように他の能力を使える!!
「考え過ぎは良くないですよ。それはあなたが思った通りの能力です」
7本。
他ってなんだよ!
魔法は思いつく限りやったけどできなかった!
出来たのはこの姿になった時と剣を投げた時の2回だけ!
なんか魔法陣がぴかーって出てたまたま思ったとおりに
そう2回とも、思ったとおりになった。
8。
願ったことが本当になる?
いや違う、それならいちいち俺の思う通りにいかなかったことがあるのがおかしい。
ならどうしてあの2回だけが思ったとおりになったのか。
命の危機? じゃあなぜ今は違う?
そういえば――
9。
あの時、チートについて聞かれた時、神様はなんと言っていた?
俺は、なんと言った――――
「はい、カウントゼロです」
女の叫び声が聞こえる。
目前に刃が迫る。
それを手で防ぐ。
大人と子供の体格差、短剣と素手。
どうにもならずに刺さるはずの刃を
砕いた。
「は?」
「ああ、くそ、そういうことかよ!」
飴細工のように砕けて散らばる短剣の欠片。
なるほど、確かにチートと言っていいだろう。
女が叫ぶ。
「なっ、ん……この、ガキ……!?」
髪を掴んでいた女の腕がパキンと音を立てて割れた。
手で払えば短剣と同じようにぱらぱらと欠片になって落ちていく。
「ど、どうなって……魔法、そんな……こんなのは……」
「おい、ディレーテ、どうし……」
「吹っ飛べ」
欠片を一つつまんで指で弾く。
弾かれた欠片は魔法陣を宙に浮かべ、男に当たった瞬間、空へと吹き飛んだ。
遠くて見えないがたぶん山の方まで飛んだだろう。
ギャグ漫画ならいいけど、この雰囲気だと死んだだろう。
女はその様子を見て、恐怖を顔に貼り付け、こちらを見た。
「聞いてない、聞いてないよ、魔法使いなんて……」
ぴしり、と女の顔にヒビが入った。
「い、いやぁあああああ!!!!」
「叫ぶと割れるよ」
「ひ……っ」
女は割れないように顔を手で押さえた。
しかし、ヒビは顔のシワに沿って少しずつ広がっていく。
「正直、転生してすぐ人を殺すのって、倫理観はどうなんだと思ってたんだけど」
欠片を払い終えて、女の前に立った。
顔のヒビは止めようがないほど広がり、老婆と見紛うほど。
「困ったことに罪悪感がまったくない」
「ま、待ちなよ、待って! なんで私が……」
振りかぶって、顔を殴りつけた。
粉々になった欠片が宙を舞う。
断末魔も、人間であった跡も残さず、砕けて消えた。
散らばった欠片を見て、我ながらちょっと引く。
「お、俺がやったんだよなこれ……」
「そうですよ、おめでとうございます」
「うわまた出た」
気づけばまた時間が止まったようだ。
正直こうやって何度も介入してくるくらいなら付いて来てくれればいいのに。
「どうでしたか?」
「……これは、思った通りに変える能力、ってことでいいのか?」
転生する直前、神様に聞かれた、どんなチート能力がほしいか、という問い。
俺はいらないと言った。
同時に、『目の前のものに真剣になって、踏み出す勇気があれば』とも。
「はいそのとおりです。真剣に、心から望み、それを実行しようと踏み出す時、願いが現実に変わります」
「……危険なやつでは?」
「はいそのとおりです。世界法則を書き換え事象を改変する神の御業、名付けて世界再製。私の遊び心と慈悲です」
堂々と世界改変能力と言ってのけた。
やはりこいつは邪神か何かなのではないか。
「細かな仕様は説明しません。ですがおわかりですね?
それならば私が望むとおり、世界を面白くしてくれるであろうと、私は信じています」
にこりと微笑んで神様の姿が消える。
また森のざわめきが聞こえる。
足の下で欠片が割れる。
もはや短剣だったか女だったか判らない。
これは、人間一人が扱うものとしてはいささか大げさすぎるのではないか。
なにかすごい魔法とか、武器とか、技術とかのがまだマシに思える。
姉ちゃんはまだ眠っている。
どうやら毒ではなかったらしいし、その気になれば毒を治すこともできるだろう。
しかし、この力はあまり知られない方がいい。
そんな気がした。
まだしばらくは、彼女の弟でいたい。
あわよくば、もう一度頭をなでなでして欲しい。
そう強く願うのだった。
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