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004 夜明けの道を馬車が行く

 俺が住んでいたのは小さな村だった。

 そういえば前の家でもここでも、家の外にはほとんど出ていなかった。

 馬車は村の入り口で止まり、そこで待っていた男たちに物見の男が指示を飛ばす。

 どうやら家の事後処理を頼んだようだ。

 姉ちゃんはしきりにお礼を言っているので、一応一緒に頭を下げた。

 まともに世話をされたことがないので両親にそれほど執着はないが、姉ちゃんは別だろう。


「そういえば名前を聞いてなかったね。私はディレーテ、そっちのはバックスだ。

 あんたたちはリクオンの子たちだろう。名前を聞いてもいいかい?」


 女が名乗るが名前に聞き覚えはない。

 とはいえうちの名前は知っている、まったくの無関係ではないだろう。

 だからといってまだ完全には信用できないが。


「私は、チィ・リクオンです。この子はロウ・リクオン」

「よろしく」

「ああよろしく。早速だけど、犯人のことでわかることは? 服装とか、何か言ってたとか」


 記憶を探って答えた。

 男たちが着ていた黒いローブ。赤ん坊……俺を探していたこと。

 他のことはわからない。

 そもそも赤ん坊をさらったもう一人なんてのは最初からいない。


「なるほど、悪かったね怖いことを思い出させて」

「いえ、あまり役には立てなかったみたいですみません」

「となるとやっぱり手がかりはこれくらいだね」


 女は懐から短剣を取り出す。

 両親と、あの男たちを刺した剣だ。大きめのナイフのような作りで目立つ飾りは付いていない。

 普通なら家紋が付いてたり、犯人が誰それ様の命令だと口走ったりすると思っていた。どうやらここの暗殺者たちは結構基本は出来ているみたいだ。

 元々普通の日本人であった自分が分かることなんてそれほどない。

 ちゃんと証拠も持ってきたみたいだし任せておこう。

 むしろ俺の方が余計なことを口走ってしまいそうだ。


 馬車は村を離れ、川沿いの道を進んでいく。

 朝が早いからなのかこのあたりは人が住んでいないのか、通行人の姿はない。


「やっぱり王都まで来てもらうしかなさそうだね……」


「王都ですか? でも私たち……」


「元々、お役目が終わったらあんたたち家族には来てもらう予定だったんだよ。そのための家も用意してある」


「あの、俺……たちが、預かってた赤ちゃんって、どういう事情だったんですか?

 両親は話してくれなかったので、わからないまま世話をしてたんです。少しでいいので、教えてもらえませんか?」


 正直いくらか想像はついている。

 突然田舎に預けられた子ども、それを狙って現れた男たち、さらにそれを保護しに来たという王都の人間。

 そして……記憶に残るちっぱい……じゃない小さな体の母上。


 隠し子、というやつではないだろうか。


 女の言う公爵様とやらが侍女の少女に手を出して産まれた俺。

 だから俺は家から出されず育てられ、ある日こっそりと遠くの家に預けられた。

 しかし、両親は思ったよりもひどい状況にあった。

 そこで家に戻そうとしたが、公爵の地位を狙う者、あるいは正室がその子を狙って暗躍した。


 ……間違いない。


 赤ん坊が行方不明になったとなれば今度は母上が危ないのではないか。

 こうしてはいられない、生家に戻った暁には必ずや母上を――



「……あの子は、グラナトロート王国の……王子です」


「ろ……あの子が王子!?」


 王子かぁ……


 王子となると途端に話が面倒になる。いや、公爵ってのも結構偉いんだったか?

 望むと望まざるとにかかわらずに政治に関わってしまう。

 あの神様が言っていたチート能力と違って内政チートの分野だ。

 そっちはあんまり読んでないんだよなぁ、幼女ヒロインいるのかなぁ……


 女は目を伏せ、短剣をしまって話を続ける。


「市井の生活を知るため、王子たちは幼少期から6歳まで他所へ預けられることになっていてね。

 私たちはその様子をこっそりと見守るのが仕事なんだ。まぁ預けた途端仕事をやめられたのは問題だったけど」


「だからお父さん急に……」


 姉ちゃんの顔がまた曇る。

 やはりろくな親でなかったのは確からしい。

 話の流れを変えようと思ったのか、女はそういえば、と懐からまた何かを取り出す。

 きれいな焼き色の小さなパンだ。


「急がせたからね、とりあえず食べて元気出しな。少し固くなっちまったけどね」


「ありがとうございます」

「ありがとう、ございます……」


 姉ちゃんは小さくちぎって口に運ぶ。

 甘い、と顔をほころばせる。

 そんな彼女を横目に俺は、といえばまたも緊張していた。

 この世界に来て初めての固形物、変なものでないのは嬉しい。

 だが、初の食事である、ちゃんと食べられるのか……味は大丈夫なのか。

 そもそも俺の体は見た目通りの年齢に変わっているのだろうか。


「あ、ろーくん……はい、あーん」

「あー……ん」


 戸惑っているように見えたのか。

 姉ちゃんが小さくちぎったパンを口の前に差し出す。

 半年間の刷り込みか、条件反射で食べようとして、慌てて口を閉じる。

 姉ちゃんも自分のやったことに気づいて、手を引っ込めて自分の口へ運んだ。


「仲がいいんだねぇ」


「あ、いや、これは……」


「気にしなさんな、しっかりしてるように見えてあんたもショックだったんだろうよ」



 女……ディレーテと言ったか、彼女は笑って肩を叩く。

 恥ずかしさを隠すように、姉ちゃんはもくもくとパンを食べ始めた。

 目を細めてそれを見つめる姿は確かに保護者のような雰囲気がある。


「ほら、あんたも遠慮してないで食べな」


「あ、ああ、はい……」


 せっかくの行為を無下にするのも悪いと、パンをちぎり、口へ運ぶ。


 その寸前で、肩にことんと倒れてきたのは、姉ちゃんの小さな体。


「朝が早かったからねぇ、眠かったのかね」


 女がまた笑う。

 目は、ずっとこちらを見つめたまま。

 姉ちゃんの肩に手を回して、抱き寄せる。


「……食べないのかい?」


「お姉さんも、食べませんか?」


「あたしは遠慮するよ」


 懐から剣を取り出す。

 馬車は止まらない。

 女は笑みを貼り付けてこちらを見つめる。


 ああ、これだから――



「さて、あの赤ん坊をどこに隠したのか、教えてもらえるかい?」



 大人の女は嫌いなんだ。


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