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001 性癖は死んでも治らない

 神様との邂逅からどれほどの時が経ったかわからないが、どうやら転生したらしい。


 しかも、生まれた直後からしっかりと意識があった。記憶もあった。

 それだけに、赤ちゃんの世界は驚きだった。


 音はよく聞こえた。何語かはわからないが、しっかりと話している声が聞こえたのだ。

 なので、生まれた直後の両親が喜んでいるだろう声。

 どうやら周囲にたくさんの人がいるであろうこと、それくらいは理解できた。

 まぁ周りの人は喜んでいるのかいないのか、あまり分からなかった。

 両親はやっぱり特別なのだろうか。


 目はよく見えなかった。赤ちゃんの視力というのは徐々に発達する、と聞いたことがある。

 だが、あまりに見えない。形の輪郭くらいはわかるだろうと思ったが無理だった。

 せいぜい目の前になにかがあるかないか。

 それも色が濃い、ある程度の大きさのものでないとわからなかった。


 つまり、生まれた直後の認識はこうだった。


 怒りを込めて泣く俺。

 喜ぶ両親。それとたくさんの人の話し声。

 世話をしているだろう人の顔(?)、両親であろう人の顔がたまにぼやけた視界に映る。

 何か喋ってる、何か言ってる、時々手に何か当たるので握ってみる。指っぽい。


 何一つとしてはっきりとわからない。

 相当な恐怖であった。そりゃ泣く。

 そして泣くとめちゃくちゃ疲れて眠くなる。

 しばらくは泣いて、寝て、起きて、泣いて、おっぱいを吸って、また泣いて寝る。

 その繰り返しであった。



 だが、とてつもない僥倖に見舞われていた。


 あれは忘れもしない、初めておっぱいを吸った時のことである。

 前の俺はおっぱいを吸ったことなど覚えてないし、大人になってから吸ったこともない。

 そもそも……いや、言うまい。


 とにかく初めての「おっぱいを吸う」という行為に緊張していたのだ。


 迎えた初めての授乳の時、母親であろう声に導かれるまま、口を開け、吸い付いた。

 瞬間、俺は気づいた。

 目はほとんど見えていないが、唇に、頬に触れた、手で探った感覚。


 俺の母上はちっぱいであった。

 本当に母乳が出るのか不安になるほどの、である。

 だがしかし、口腔を、空腹を、孤独な心を満たしていたのは、紛れもなく母の愛であった。

 出るもんなんだね、ちっぱい。


 とは言え、今の俺は赤ちゃんである。

 赤ちゃんが鼻の下を伸ばしながら乳首に吸い付いては素敵なちっぱいの母上に申し訳ない。

 努めて赤ちゃんらしく振る舞うよう、前世からあまり使ってなかった顔の筋肉を精一杯動かし笑った。


 目が見えるようになるのが待ち遠しかった。

 母上はどんな人なのか。できればかわいいと嬉しい。

 いや、この際容姿はどうでもいいのだ。

 すっかり忘れていた、愛情。


 神様がきっと粋な計らいをしてくれたのだろう。

 俺はきっとこの母上のために生きるのだ。

 母上のためなら世界を救ったり勇者になったりしてもいい。



 そう思っていた。



 (おそらく)半年ほどを過ぎた頃、その事件は起こった。



 この頃の俺は首が座り、言葉も少しずつ理解し始めていた。

 まだ難しい言葉はわからないが、どうやらそこそこ偉い家に生まれていた。

 ひっきりなしにやって来る人たちはこの家の従者とか来客とかだったらしい。


 そんなある日、目が覚めていつものように母上を呼ぼうとした。

 しかし、口に毛布か何かが乗っているのか、上手く泣けない。

 こんな時でもいつもなら母上、あるいはお世話役らしい女性が来てくれるがそれもない。


 聞こえるのはゴトゴトいう音と振動、車……馬車だろうか。

 頑張って手を動かして布をどかすと、誰かに抱かれていた、辺りは夜だ。

 目は少し見えるようになってきていたが、まだ人の判別はつかない。

 生まれたばかりの子供を連れて夜中に馬車で移動するとは……

 もしや、夜逃げだろうか。


 神様の言うとおりにチートをもらっていればなんとか出来ただろうか。

 赤ん坊の頃から何か能力を使うことが出来たら、母上を、家族を守れたのではないか。

 自分の不甲斐なさを恨みつつも、抗えない空腹から声を上げた。


「しっ! 静かにしな! おい、起きたよ」


 口を押さえられた。

 母上はこんな乱暴なことはしない、それに、声が違う。


「なぁに、ここまで来たら大丈夫さ」


 男と女が何か話している。

 どちらも両親や知っている人間の声とは違った様子だ。

 となると、これは……誘拐?


「ならいいけど……あんたも災難だね」


 女がそっと手を離す。

 誘拐犯がよくもぬけぬけと言えたものだ。


「まぁお偉いさんにはそれなりの事情があるんだろうよ」

「それにしたってかわいそうだろう。里子に出すにしてももっと大きくなってからでいいじゃないか」


 聞き慣れない単語があった、おそらく里子……養子か?

 誘拐ではない?


「腹を痛めて産んだ子だよ、あっさり手放すなんて信じられないね」

「それこそよほどの事情があるんだろうよ。俺たちにはわからんことだがな」

「男のあんたにはわからないだろうね、金さえもらえればいいんだろ」

「そりゃそうだが気の毒には思ってるさ。どれ、一度休憩するか」


 ところどころ聞き慣れない言葉はあったが、ニュアンスはわかった。

 どうやら誘拐ではないらしい。

 そして、俺は捨てられたらしい。


 あの神様に感謝して損した。

 上げて落とす、こんなことがあって許されるだろうか。


 馬車が止まる、しかし、絶望は止まらない。


 裕福だったはずなのになぜなのか。

 俺が負担だったのか。

 それとも転生した、あるいは普通の子供でないと思われたのか。

 もしくは貴族のやりとりだとかなんとか、そういった政治に関わる話なのか。


 考えれば考えるほどドツボにハマっていく。

 そもそもまだ生後6ヶ月のいたって普通の赤ん坊である。

 頑張って言葉は覚えたものの、この世界のあれやこれやはほとんどわからない。

 なんとなく欧州中世風、剣と魔法のファンタジーでイメージするような世界らしいことくらいだ。


 かと言って、俺がすごい魔法を使えるのかと試してみたが、使えなかった。

 "魔力"や"魔法"っぽい言葉が聞こえていたのは確かである。目が見えるようになったら本を読んでみようと考えていた。

 文字の勉強も早いうちからしたい、そう思っていたがまさかこれほど早くピンチが訪れるとは。

 こんなことなら転生などせずに死んでいればよかった。


 どんどん思考が悪い方向に進んでいく。

 やはり生まれ変わってもすぐにヤケになるのは変わっていないらしい。

 当然か、意識も記憶も地続きなのだから。


「やっぱりおしめだったみたいだね、もういいよ」

「はいよ」


 ちょっとすっきりした。

 誰かに助けてもらえるという根源的な安心。

 とにかく考えても仕方がない。

 捨てられるわけではないようだし、里親の元に着いてからだ。



 そう強く思い直したが、もう母上のちっぱいを吸えないことに気づき、泣いた。



 でもすぐに疲れて寝た。

 赤ちゃんのままではそうそう絶望しきるのも難しそうだ。


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