013 王家の紋章
城門でのやり取りを軽く済ませると、馬車は中へと入っていく。
門から真っ直ぐに伸びる石畳はそのまま城へと続いているようだ。
王都の街並みは整然としていて、賑わっているのに調和が取れている。
建国200年ともなればそれなりに問題が起きそうだが、どうやら平和であるらしい。
それだけに、今後起きるだろう動乱に備えて救世主とやらに縋りたくなるのだろう。
気持ちは分かるが、それならば赤ん坊の教育体制を整えたほうがいいと思う。
賑やかな大通りを進んで、城へ入ると待合室に通される。
俺たちをそこへ残し、少し待っていろと男は出ていった。
姉ちゃんは部屋のあちこちを見回し、豪華な調度品や家具に驚いている。
「わ、わ、ほんとにお城だね」
「うん、思ったよりお城だ……」
映画に出てくるようなイメージ通りのお城であった。
昼間でも煌々と照る灯りが調度品に綺麗な陰を落としている。
だが、フードをかぶった少女はふんと息を吐いた。
「我が集めた財宝に比べればここにあるものなど……」
「分かったからあんま余計なこと言わないでくれよ」
「言われぬまでもない、お主こそ我が主に恥じぬようにするのじゃぞ」
牙を見せ、にかりとリズが笑う。
確かに、下手なことをすれば王子を騙った不届き者だ、それはいかん。
しばらくすると、さっきの男が長身の男を連れてくる。
本やら巻物やらを抱えて、いかにも学者か何かといった出で立ちだ。
「よう、待たせたな」
「この子たちがさっき言ってた子かい? ああ、僕はアッカーだ、よろしく」
アッカーと名乗る男が差し出した手を握り返し、名乗り合う。
軽く笑ってみせると、脇に抱えた巻物のうちの一つを取り出した。
羊皮紙のようだが、真っ黒で何も書かれていない。
「さて、それじゃあ君のことを少し調べさせてもらうよ、いいかな?」
「……な、何をするんですか?」
突然のことに思わず身を引くと、パイプの男が学者風の男の頭を小突く。
そろそろ名前を覚えた方がいいかもしれない。
「そんな言い方じゃ怯えるだろ、ちゃんと説明してやれ」
「すまないね。ええと、これから君の魔相……魔法陣に書かれた情報を調べる」
「魔法陣に」
「魔法を使う時に浮かぶ魔法陣、これには色々なことが書かれていてね。
結論から言えば、それを見ると君が王族かどうかが分かるんだ、すごいだろう?」
「すごい」
何度か魔法陣が浮かぶのを見たが、それどころではなかったせいもあってよく覚えていない。
男に言われるまま、黒い羊皮紙の上に手を乗せる。
「これは魔法陣を写し取るものでね、けっこう貴重なんだが……王子探しのためならと頂いた。
魔法をまだ使えない人間でも、ゆっくりと魔力を吸って魔相を写し取るんだ。ほら、出てきた」
浮かび上がるように赤い線が羊皮紙の上に現れる。
何かの文字のようだが、この世界のものとも、日本語や英語とも違う。
あっという間に紙の上には大きな円を描いた魔法陣が写し出された。
手を離すと、男が魔法陣を指でなぞる。
「王家の紋章、と言うのかな、王族の子はそれが刻まれるんだ。
具体的には王家に伝わる道具を扱うためのものらしいんだが……」
「どうだ、あったか?」
「細かいからね……少し待ってくれ。それにしても君は才能がある。
魔相は情報量が多いほど細かくなる、このサイズを使って正解だったね」
魔法陣にはいくつも模様が刻まれている。
基本的には円や三角形に近い簡単な模様だが、小さな円の中に別の模様がある。
これを調べるのはなかなか骨が折れそうだ。
「あっ! あったよ!! これ!」
「おお!」
「どれですか!?」
「我にも見せるのじゃ!」
我先にとみなが頭を突っ込む。
隙間から指差すところを見ると、火をイメージしたような模様がある。
「王家の紋章、小さいがはっきり描かれている。
間違いなく王族の直系……王子様、ということになるね」
「ほう……なんとなく嘘じゃないと思ってたが、まさか本当とは」
「君が王子に違いないって言ったんだろう……」
この男に付いてきてから、話の展開が急すぎる。
急すぎるが、たぶん良い方向に進んでいるのだと思う。
何か問題には巻き込まれそうだが、ひとまず姉ちゃんが落ち着ければいい。
「あの、ろーくん、本当に王子様なんですね?」
「ん、そうだな。そうらしい」
「王子様だと、やっぱり私が一緒にいちゃだめ……ですよね」
「そんなことない、俺はまだ子どもだ。姉ちゃんがいないと困る」
胸を張って言える。
信用できる他人は今のところ姉ちゃんしかいないのだ。
もし彼女と別々にされるとしたら、それはもう困るのだ。
俺にとっても、姉ちゃんにとっても。
「嬢ちゃんは育ての親代わりだ、少なくとも家族には違いない。
いつも一緒に……とはいかないかもしれないが、まぁ俺がなんとかしてやる」
姉ちゃんの表情が明るくなる。
そういえばこの男は一体何なんだろうか。
王子である俺を一人で探しに来たことといい、城へ入る時のスムーズなやり取りといい、兵士と言ったがそれなりに偉い人なんだろうか。
学者風の男は、羊皮紙を持って部屋を出ていく。
どうやらこれから色々とあるらしい。
またしばらく待つことになった俺たちを気にしてか、男はお茶を持ってこさせた。
給仕たちの態度からしても、やはりそこそこ偉いらしい。
「どうだ、なんとなく実感が湧いたか?」
「まったく」
「まぁそうだろうな。じゃあ早速だがこの後のことについて話そう」
男は一息でカップを空にすると、またパイプをくわえて言った。
「これから王様に、お前の父親に会ってもらう」
もう少し展開を挟むべきだと思うのと、ノックの音がしたのは同時であった。
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