000 ロリコン死す
吾輩は無職である。貯金はもうない。
大先生の名作を借りれば今の俺の状況はこうである。
照りつける日差しを避けるようにしてやってきたのは公園。
水を飲もうとかホームレス生活をしようというわけではない。
もっとヤケクソな理由だ。
「よう……じょ……」
遊具が消え去り、砂場と花壇とベンチ、それとゲートボールスペースしかない公園。
そんな公園でも子どもたちは元気に遊んでいた。
球技を禁止されても鬼ごっこをしたり、鬼ごっこをしたり、とにかく楽しそうだった。
男女の別なく半袖短パンの薄着で駆け回っている。
俺はそんな少女、いやもっと小さな幼女の翻るシャツの裾に心奪われていた。
「そうだな、あのくらいなら……向こうの方に……」
勘のいい方なら気づいただろうか。
今からしようとしているのは犯罪である。
どうせこのまま生きていたっていいことなんてない。
というか今までだってなかった。
……しいてあげるなら、小学校の時に女の子とアニメの話で盛り上がったことだろうか。
思えばあれで道を踏み外したのかも知れない。
やはりこの世は狂っている。
どうせ狂った世なら俺も狂ってしまえばいい。
これが犯行動機である。
そして犯行の内容は……推して知るべし。
目を付けたのはポニーテールの子だ。
思わず目で追ってしまう、明るい表情と朗らかな笑い声。
うっすらと日に焼けた健康的な肌が覗くホットパンツにキャミソールの白ワンピ。
麦わら帽子が時折風に吹かれる様は絵画のように美しい。
まさに夏の原始風景。
最後の光景としてこれほど素晴らしいものはないだろう。
子どもたちはちょいちょい水飲み場へ行ってはトイレへ行く。
その時を狙おう。
犯罪者の視点になると遊具の無い公園でも危険な場所はたくさんある。
公園のトイレの裏手、そこは人通りの少ない路地裏に繋がっている。
周囲からの死角になるその場所に潜んだ。
そして待つこと30分、あの子がやってくる。
運のいいことに周囲に他の人はいない。
ありがとう神様。
きっと俺はこの後に罰を受けるだろうが、この独白を聞いてくれているなら同情してくれるだろう。
プランを実行に移そうと身を乗り出したその時。
「あっ」
風が吹き、あの子の麦わら帽子が空に舞う。
ふわりふわりと風に運ばれ、公園の外、道路の真ん中へ落ちた。
それを追いかけ、幼女がこちらへ駆けてくる。
ありがとう神様!
感謝し、飛び出そうとした瞬間、少女のその先から車の音。
交通量の少ないこんなところに突然トラックが現れた。
速度が出ている、あの子は気づいていない。
「あぶな――」
飛び出していた。
幼女を突き飛ばした。
ほぼ同時に、鈍い音が鳴って、俺の意識は閉じた。
そういえば、あの子はどうなっただろうか。
たぶん茂みに突っ込んだのだろう。
擦り傷程度で済んでいればいいのだが。
―――
――――――
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気づいた時には白い空間にいた。
作画的に優しい空間ではあるが、奥行きとかの表現がしにくくて逆に面倒かもしれない。
自分の体を確認したが、特に変わったところはない。
しばらく洗濯もしてないボロボロのシャツにジーンズ、そのままの格好だ。
病院ならばこんなことはないので、たぶん死後の世界かなにかだろう。
「はろーわーるどーーーー。こんにちは、おめでとうございます。転生します」
目の前に突然少女が現れた。
青い目、白い肌、白い髪、ついでにお釈迦様みたいな後光?を背負っている。
言動からしてたぶん神的な何かと推測する。
しばらくお互いに言葉を発さぬまま目を合わせていると、少女が首をかしげた。
「おや? 日本語、わかりませんか?」
「あ……わかります」
「けっこう。転生します」
「あ、えっと……できれば順序だてて説明して、もらえますか?」
「おっとうっかり、チーキュの人間は理解力が低いですね。うっかりです。
ハイコンテクストな言語なのに使いこなせないとは、所詮は人間ですね」
短いやりとりだが神様ガチャでひどいものを引いたらしいのは理解した。
年齢もちょっと好みより高い。
一桁くらいがね、いいよね。
「はろーわーるど。こんにちは。
おめでとうございます。あなたは記念すべき10万人目の死亡者です。
そこで転生の権利が与えられました。
どうぞお好きなチート能力を持って異世界生活をお楽しみください。
最近のおすすめはスローライフをしながら魔族なんか従えちゃうやつです」
「……い、いや、10万人目はないでしょ」
なんというか設定が雑。言葉選びも話し方も雑。
なめているとしか思えない。
これはあれかな、酷い神様に無理やり送り込まれるパターンか。
「失礼、思った以上に対象年齢を低くしすぎました。
あれくらいがちょうどいいと聞いたのですが、あてになりませんね」
さっきまでの一本調子な喋り方を急に変えられて驚く。
どうやら一応まともな会話も出来るらしい。
「ところであなた、転生モノって知ってます? 転生モノ」
「まぁ、いくつかは」
「けっこう。いま神の間では空前の転生ブームです」
「……そうですか」
「特にこのチーキュの人間を転生させ自分たちの世界で暴れる様を眺めながらエールを飲むのが最高の休日の過ごし方だと毎号のように特集が組まれるほどです。
そんなブームに乗り遅れるわけにはいかない。
わたしもエールを飲みながら転生してはしゃぐ人間を眺めたい。そう思いました」
さっきから一切表情が変わらないままアホみたいなことを口にしている。
まぁ神さまって基本ろくでもないイメージなのでこんなもんかも知れない。
それとも観測者によって神はその姿が変わる、的なやつだろうか。
だとしたら自分の神に対するイメージがあまりに酷すぎた。
「はい人間、聞いてますか」
「あ、聞いてます」
「けっこう。そんなわけでわたし順番待ちしました」
「順番待ち……?」
「チーキュのニポンの人間がトラックにはねられて死ぬと魂を動かしやすいです。
理由はわからないですけど。
そういう世界になったらしいです。思いが強度を上げたわけです。あんだすたん?」
「あ、はい」
なんだろう。何の話をしてるんだろう。
あまりに俗物すぎて死ぬ前に見てる幻覚かも知れないと思い始めた。
頬をつねる。
痛い……のか痛くないのかよくわからない。
「というわけでようやくわたしの番になったのです。
けっこうな順番待ちをしました。最近のトラック、安全です」
「はぁ……そうですね」
「なので、流行りにのってあなたを転生させます。
チート能力もあげちゃいます。神は嘘をつきません。
特に望むこともないです。わたしが楽しく見てられればいいので。
あ、とはいえすぐに自殺とかやめてくださいね、つまらないので」
「ん……チート能力、かぁ……」
突然言われると困る。
思い当たらないこともないが、とりあえず最強って言うとろくなことにはならなさそうだ。
そもそもこの神様あんまり信用できないし。
「……あなたの記録を見ました。正直能力は渡さずぼっこぼこにされるのを笑ってエールを飲むつもりでした」
「ん、まぁ、そうでしょうね……ところで、あの子は……」
「無事ですよ。目の前で人が死んでトラウマにはなったみたいですが」
ひとまずほっとする。
死ぬ前に一つ善行を積めたようだ。
こんなわけのわからん転生モノに巻き込まれるより何度かカウンセリングに通う方がマシだろう。
「で、どうしますか? おまかせコースとか基本セットとかランダムとかありますけど」
「……いや、能力はいりません。俺、わかりました。
死ぬ前に……死んだ後だけど……必要なのはすごい力じゃないって。
あの時みたいに、目の前のものに真剣になって、踏み出す勇気があれば、俺は……」
「そういうのいいです。私が楽しみたいだけですので。
特に希望がないなら適当につけときますね。では転生します」
その言葉を最後に、再び意識が途切れた。
次に目覚めた時、その理不尽さに、俺は大声で泣いた。
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