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私の本を受け取って下さい

「私の本を受け取って下さい」


 そう少女が照れながら製本されたものを王様に差し出す。玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は胡散臭そうな顔でその本を見やった。


「中身はなんだ?」

「王様と元国王との純――」


 王様は無言で本を奪うと床に叩き落し何度も足蹴にした。変な折り目がついてぐちゃぐちゃになっていく本に少女が悲鳴を上げる。


「ああ! せっかくの本に靴跡が沢山!」

「我の前に持ってくる本はアレ以外にしろと言っているだろう!」


 毎度のごとく怒鳴る王様に少女は潤んだ瞳でキッと王様を睨みつけた。


「だからアレな本じゃないってば!」

「……何?」


 王様の顔に戸惑いの色が浮かぶ。ぐちゃぐちゃになった本を呆然とする王様から奪いとった少女は大事そうにそれを抱きしめた。


「王様と元国王との純粋な絆の物語なのに……」

「な……」


 王様は絶句した。


「この前、二代目編集者がいなくなってまた新たに三代目の編集者に変わったんだけど」


 少女は涙を拭いながらポツポツ語る。


「アレな本は子供に見せられないから子供も読める健全本を作ってくれって要望が多い、って編集者から言われたから作ったのに……」


 しくしくと静かに涙する少女に王様は慌てた。そりゃもう人生最大に慌てた。隣の宰相からいーけないんだいけないんだと攻めるような視線が飛んでくるがそんなの知ったことではない。王様にとっては目の前の少女をどう慰めるかで頭が精一杯だった。


「わ、悪かった! 安易に足蹴にして悪かった!」

「…………」

「我が全面的に悪かった! もう二度と足蹴にしない! だからその本をくれ、いや下さい!」

「……本当?」


 顔を上げた少女の瞳は真っ赤だった。頬に伝う雫を見て王様に後悔の念が押し寄せる。

 少女の問いに王様は何度も頷いた。


「ああ、だからその本を見せてくれ」


 そう言って手を伸ばす王様に少女は袖で涙を拭うとそっとボロボロになった本を渡した。


「今回の本、私かなり頑張ったの。だって健全本なんてあまり作らないしましてや子供向けなんて初めてで……」

「そ、そうか」


 開いてみるが折り目も足跡も一杯で一部読めない部分がある。王様はほんの数分前の自分を殴りたくなった。


「すまん、中身が一部読めない。簡単でいいからあらすじを教えてくれるか?」


 王様のお願いに少女の顔に一瞬影が差したが、顔を振ると少女は無理やり笑顔を作りつつ口を開いた。


「はじめに王様は宰相に操り人形にされて宰相によるいじりと独裁政権によって王様の身も心もボロボロになるんだけど」


 次のページを捲ろうとした王様の手が止まった。


「そこを通りすがりの王弟殿下が王様の姿に涙を流しながら王様を慰めて綺麗なドレスを着せて」


 本を持つ王様の手が小さく振動する。それにつられ本も微振動を始めた。


「裏社会で暗躍している元王子に頼んで手配した豪華な馬車に乗って元国王が主催するダンスパーティにいくの」


 本の一部に切れ目が入った。


「そこで王様の事情を聞いた元国王が自分の境遇を重ねて親友になって最後に仲良く踊ってハッピーエンド――」

「になるわけないだろうがぁぁぁああああああ!」


 王様の絶叫とともに左右に引っ張る腕の力で本が縦に真っ二つになった。


「なんだそれは!? なんで我が宰相にいいようにいじられて操られている!? なんであのバカ弟に慰められてドレス着て元国王と踊らなければならぬのだ!?」

「だってアレなシーン省くとなるとそれが限界なんだもん!」

「違うだろ! 子供向けの本はもっと絶対違うだろ!? いじられることもドレス着る必要も他国の王とダンスする必要もないだろう!?」

「でもこの本を見た王妃様と側室様たちはみんな無言で親指立ててくれたよ!」

「我は我は我はぁぁぁあああああああ」


 王様はがっくりと床に膝をついた。王様の手から離れた本の切れ端がハラハラと雪の様に王様の周辺に舞い落ちる。

 王様の背後で宰相がこっそり親指を立てていた。


「ちなみに三代目編集者に見せたら冒頭は少し子供に刺激がありますが他は概ね問題ありませんねって言ってくれたよ」


 王様の脳内ブラックリストにまた一行名前が追加された。


「冒頭が少しダメなのはやっぱり独裁政権なんて難しいこと入れたせいかな? 実在の人物だし少しリアリティあるほうがいいかなって思ったんだけど」

「主役を代えろ」


 王様の命令に少女は頬を膨らませる。


「えー。だって当分王様を主役にするのが二代目編集者の遺志だったし」


 意志じゃなくて遺志なんだと謁見の間にいた家臣一同は思ったが口には出さなかった。


「出演依頼をお願いしたみんなの要望を組み合わせたらこれが限界で」

「もういい。もうお前は子供向けの本を書くのをやめろ」


 子供にまで好奇な目で見られたら絶対立ち直れないと王様は嘆く。ただでさえ何回も重版された中身アレな本のせいで大人からは身分問わずいろんな視線が毎日のように飛んでくるのに。

 そこでふと最近話題に出ない本を思い出して王様は尋ねた。


「そういえばお前英雄譚はどうした?」


 少女の表情が一瞬固まった。


「あ、あれはまだ製作中なの。編集者に相談したら生半可なものじゃダメだからしっかり丁寧に作りこめって言われちゃって……」


 アハハハと乾いた笑いをする少女に、王様は特に疑問に思わず首を傾げた。


「前に見たときは十分話が練られているように見えたが」

「今の担当は厳しいけど評判はいいんだよ」


 だが王様は消す気満々だ。


「そ、それより私の処女作はどうなったの? 元隣国の領地はもうほぼ復興したんだよね?」


 今度は王様の表情が一瞬固まった。


「あ、あれは現在全力で行方を追っている。心配することはない」

「いつ返ってくるの?」

「ぐ……そ、それは向こうの出方次第というか……」

「え、何? 小声で何言っているのかわからない」


 王様の口元に耳を寄せようとするが、慌てて王様が両手を使って阻止した。


「と、とにかくお前は本の製作を頑張るといい。その間に必ず取り戻しておく」

「それは頑張るけども」


 少女が訝しげな視線を寄越してくるが、王様は視線をさりげなく逸らすことで耐え抜いた。





 少女が去った扉を見つめながら、王様はホッと小さく安堵する。


「いつまで耐え切れるやら」

「なんだかんだここまで耐えているので大丈夫でしょう」


 宰相は適当に答えた。


「それよりあちらの国の返答ですが」


 王様はひとつ頷くと一枚の封書を取り出した。中から一通の用紙を取り出すとそこに書いてある短い一文を読む。


「貴国が言う秘蔵の本などはない、か。一刀両断だな」


 苦笑いする王様に宰相は難しい顔を作る。


「ですが元国王の情報は裏もとりましたが嘘ではありません。あの本が女帝の国にあるのは確実です」

「だが諜報部隊によれば処女作が元隣国のように城内や民衆に広まっているという事実はないようだ」


 宰相の眉が潜められる。


「ならばあの城の中のどこかに隠されている」

「おそらく、な」


 王様の視線が鋭くなる。


「なぜ隠すつもりなのか、それともその本に気づいていないだけなのか」

「前者はともかく後者はないでしょう。本の特徴をこれでもかと事細かく書きましたから」

「ならばあの本を隠す理由はなんだ?」


 宰相は押し黙った。


「あの国は長年女尊男卑の文化だ。我が国や元隣国のような男尊女卑とは違う。処女作の価値観も我が国と女帝の国では違う可能性がある」

「もしや処分した?」

「その可能性もなくはないが、そもそも本を守るために女帝の国に逃げ込んだのだからそれはないだろう」


 と思いたいと王様は内心冷や汗をかいた。


「と、とにかく男を嫌って長年他国と交流がなかった国だ。慎重に事にあたる必要がある」

「わかりました。ならばもう一度書面を送って――」

「ご対談中失礼します」


 扉をあけて若い騎士が入ってきた。王様のそばにいる老齢の護衛の騎士に耳打ちして敬礼して去っていく。老齢の騎士は王様に耳打ちした。

 とたん王様の目が見開いた。宰相が首を傾げる。


「いかがなさいました?」

「……どうやら我が国に来るらしいぞ」


 王様は頭を抱えた。なんでこうも次から次へとあの本は問題を背負ってくるのだろうかと。


「未来の女帝様だ。現女帝の孫が我が国にやってくるらしい」


 さすがの宰相も言葉をなくした。

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