私の本に出ませんか
「私の本に出ませんか?」
謁見の間にてそう言い回りながら護衛の騎士たちを困らせる少女に、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は訝しげな眼差しを向ける。
「何をしているのだお前は」
「つい最近、前の担当編集者が謎の失踪をしてから違う編集者に変わったんだけど」
少女は懐から用紙とペンを取り出した。
「その二代目編集者から出演者が王様だけじゃもったいないから他の人にも交渉して出演者を増やしてくれって言われちゃって。だからこうして出てもいい人がいないかどうか聞いて回っているの」
「ついでに我も外せばいいだろう」
「愛嬌ある王様は意外性があって評判いいから当分主役でお願いしますって言われちゃった」
王様の脳内ブラックリストに新に一人追加された。
「だから王様の相手を探しているんだけどみんな王様相手じゃ恐れ多いって思っているのか誰も首を縦に振らないんだよね」
頬に手を添えて困った様子で吐息を漏らす少女に、王様の隣にいた宰相が口を開いた。
「王弟殿下は?」
「そちらは二代目編集者が交渉したら 『尊敬する兄上との共演は大歓迎です!』 ってむしろすすんでお願いされたって」
王様の歯軋りが聞こえた。
「あの単純バカ者!」
怒り心頭の王様に宰相は虚空を見つめながら無言を貫いた。
「私も編集者みたいな交渉力があれば何人かゴーサインくれたのかもしれないんだけどなー」
「どうやって王弟殿下を説得したのですか?」
「前に私が書いた王様と王弟殿下のネームが欲しいって編集者に言われたから渡しただけであとはどうやったかは……」
アレな部分だけ外して交渉材料にしたなと王様は舌打ちした。
「というわけで私の本に出ませんか!?」
少女がお願いしたのは宰相だった。
息を呑む王様に、宰相は冷たい瞳で少女を見下ろす。
「役どころは?」
「え? えっと……」
宰相から飛んでくる見えないプレッシャーに少女は一歩身を引いた。
「私は何の役をやるのですか?」
「ま、まだ何も考えてないんですが」
えへへと苦笑いする少女に宰相はずずいと身を乗り出す。
「通行人、モブ、悪役令嬢のごとく王様をいじる役のどれかならいいですよ」
「おい一番最後は聞き捨てならんぞ」
王様の怒りの声が飛んでくるが宰相はスルーした。
「どちらかというと加害者役がぴったりだと思うのだけど」
「加害者、被害者、苦労人はどれも却下です」
即答された。少女は肩を落とした。
「でも出演許可出ただけいいか」
持っているペンを使って用紙にサラサラと宰相の名前と横に健全、苦労は×という言葉を書く。
よし次の人を探そうと少女は王様を挟んで宰相とは反対側にいる人物に声をかけた。
「私の本に出ませんか!」
「え? 私がかい?」
王様に呼ばれて謁見の間に来ていた元隣国の元国王はまさか自分まで出演依頼されるとは思わず驚きの声をあげた。
少女は元気よく頷く。
「はい! 見た目というか雰囲気が被害者向きですが相手が王様なら加害者でもいいかもしれません。下克上万歳!」
「オイ」
王様の声が一段と低くなるが少女は華麗にスルーした。
「ええ、なんだか恥ずかしいなぁ」
少女の本のファンである元国王は作者じきじきの出演依頼に頬を赤く染めた。
「私はどれでも構わないよ。お嬢さんの本に出られるなら光栄だ」
優しい瞳で真っ直ぐに見つめられ、少女まで頬が熱くなった。
「こ、光栄だなんてそんな……」
「私だけでなく私の妻も娘も親戚の女性たちもみんなお嬢さんのファンなんだ。私が出るって知ったら大喜びしてくれるだろうなぁ」
元国王はほのぼのとした雰囲気をかもしながら嬉しそうに語る。少女はこれは期待されているみたいだから何冊か作ったほうがいいかもと元国王の名前とともに要、数冊とメモる。
本について語りだした二人を王様と宰相は離れたところから観察している。元国王と少女を見る二人の頬は小さく痙攣していた。
「純愛も処女作も見たあとでそう言える元国王の懐の広さが計り知れぬ……」
王様は元国王と少女に聞こえぬよう小声で宰相に話す。その声は畏怖の念でかすかに震えていた。
同じく隣の宰相も小声で返事をする。
「敵に回ったら厄介ですね。あの元王子が慕う理由もなんとなくわかります。陛下も見習ったらどうですか?」
「人にはゆずれるものとどうしてもゆずれないものがある!」
王様はきっぱりと断った。
他の人にも聞いてみるといって早々に謁見の間を出て行った少女を見送ったあと、元国王は懐に隠し持っていた紙を王様に差し出した。
「ご依頼された秘蔵の本の行方をこちらでも調査しました。その結果となります」
王様は無言でその紙を持ち上げ書いてある内容を見て目を見開いた。
「これは」
「私の妻の叔母の従兄弟の娘が、元隣国が戦争になると聞いたとたん本を守ろうとしてそこに逃亡したらしく」
元国王は少し眉をひそめ困った様子で頭を下げた。
「そこに書いてある以上は行方を追えませんでした。申し訳ございません陛下」
「よい。お前の私兵は大半が男だ。侵入して捜査するのは困難だろう」
王様はそう言ったものの、紙に書かれている文字にまた頭を悩ませた。
「逃亡先は女帝の国、女の園……か」