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私の本が発行しました

「私の本が発行しました」


 謁見の間にて少女がそう報告すると、玉座へ偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は肺の空気をすべて出し切るかのごとく深いため息をついた。


「把握している」

「即日完売で即時追加増刷も決定」

「把握したくないがしている」

「初版本はなんとプレミアム価格に」

「我が、純愛な我が大衆の目に……!」


 なにやら王様が苦悩な表情で悶絶しているが、あくまで本の中の出来事である。

 隣にいた宰相が口を開く。


「国が富むためならば悪魔に魂を売ると仰ったではありませんか」

「なぜ我の心の声を知っている!?」


 王様はドン引きした。宰相は笑って誤魔化した。

 王様はふと宰相の手にある本を見つけ悲鳴を上げる。


「その本を我に見せるな! 大事に懐に隠すな!」


 宰相は困った子を見るような目つきをしながら小さくため息をついた。


「見せるな隠すなとはどうしたらいいのですか?」

「燃やせ」

「断固拒否します」


 即答だった。王様は一気に不機嫌になった。


「我の命令でもか」

「聞けるものと聞けないものがありますな」


 静かな火花を散らす王様と宰相に謁見の間にいた一同は生暖かく見守る。


「陛下」


 会話が途切れたところでそばにいた少し老齢の護衛の騎士が王様に耳打ちする。それを聞いた王様が頷いた。


「通せ」

「はっ」


 敬礼とともに扉に向き直った騎士が扉を開くよう若い騎士に命じる。

 同じく敬礼した若い騎士が謁見の間の扉をゆっくりと開いた。

 すると開いた扉の向こうに頭を下げたままの男性がいた。


「お招きいただき感謝します、陛下」

「よい、入れ」

「はい」


 すこしゆったりとした口調で語るその男性が頭を上げる。その見覚えがある顔に少女がハッとした。


「元王子?」


 少女が疑問に思うのも無理はない。顔の姿かたちはこの前に会った元隣国の元王子にそっくりだが雰囲気がトゲトゲしいものから人当たりのよい柔らかいものになっている。まるで中身が別な性格に変わったかのような。

 少女の声に元王子にそっくりなイケメン男性が少女に顔を向けた。


「元王子? ……ああ、私の息子のことかい?」

「私の息子」


 思わず復唱する少女に、そばにいた王様が小声で言う。


「あの者は元隣国の元国王で元王子の実の父親だ」

「元国王で実の父親」

「……さきほどから復唱しかしないなお前」

「だってどう見ても双子の兄弟にしか見えないんだもん!」


 親子より一卵性双生児といわれたほうが納得ができると少女は確信する。

 元国王が朗らかに笑う。


「よく言われるんだ」

「いや、顔は似てるのはよくある話だとしてもなんで見た目年齢までそっくりなんですか」

「それもよく言われる」


 まさか元王子が大きくなるまで元国王はコールドスリープ……いやいや、この世界にSF設定はないはずだ。ならば年齢を下げる薬か何か、それとも元隣国には年齢を若返らせる美容法でもあるのだろうか、この国の国王は普通に老けているし。

 それにしても親子なのに双子に見えるとはこれはいろいろおいしいではないか。今度本に出してもいいか聞いてみようかなと少女の妄想は広がり続ける。


 少女が何を考えているのか知る由もない元国王は王様に向き直るとゆったりと敬礼をした。


「陛下の眼前にて拝謁できることこの上ない喜びでございます」


 王様がすっと手を上げた。


「硬苦しい口上はよい。今やお前も我の身内同然。普段の言葉で話せ」


 元国王の目元が緩む。


「助かります。されることは慣れていてもする側は初めてなもので」

「戸惑うのも無理はない。他国の使者がいる場でもない限り普段どおりにくつろぐがよい」

「ありがとうございます」


 元国王は感謝の気持ちもこめてゆっくり頭を下げると、さきほどからこちらを見つめる少女に近づいた。


「そちらのお嬢様も初めまして」


 少女の手を優しく持ち上げると、元国王はそっと唇を寄せた。初めてそんなことをされた少女はあまりの衝撃に顔を真っ赤にさせる。一瞬とはいえ唇が触れた手がものすごく熱い。


「お、お嬢様……」


 少女の声は震えている。様子がおかしいと思った元国王が首を傾げた。


「どうかしたのかい?」

「初めてお嬢様言われた……」


 この世界に来てから半年以上。何の地位もない平民扱いの少女とはいえ、王様から散々厄介者扱いされて心が荒んているところに年齢不詳のイケメン男性から丁重に扱われて嬉しくないはずはない。

 感動で震える少女に元国王は一瞬目を見開いたあと、穏やかな眼差しを少女に向けた。


「おやおやでは私は初めての人というわけか、光栄だ」

「こ、こちらこそ光栄です……」


 少女の声はいつもの元気とは打って変わってか細く消え去りそうなくらい儚いものだった。少女の初々しい姿に元国王の頬が緩む。その顔を見て少女は恥ずかしくなって俯いてしまう。

 いままで見たことがない少女の姿を玉座から王様は黙って見ていた。


「陛下、彼女の雰囲気が明らかに恋する乙女になりましたよ」

「……面白くない」


 あからさまに不機嫌になった王様に宰相はやれやれと首を振る。


「今までの彼女の扱いを思い出せば仕方ないことかと」

「ふん」


 憮然とした表情でそっぽを向く王様にこっちも面倒だなぁと宰相は内心でため息をついた。

 自分の言動が王様を不機嫌にさせているとはまったく知らない元国王は、少女の手をそっと離すと不機嫌な王様へと顔を向けた。


「ところで陛下、今回どのような用件で私をお呼びしましたか?」


 元国王の質問に王様は瞬時に真面目な表情を作った。そこはもう慣れたものである。

 王様はさっと手を上げた。するとどこからともなくメイドが書類を持って登場し、王様にうやうやしく手渡す。受け取った書類に目を通しながら王様は元国王に尋ねた。


「元隣国領地の戦後の復興は順調か?」


 王様の質問に元国王は小さく頷く。


「はい、国も戦争が起きたとは思えないほどにまで回復しました。必要な物資なども滞ることなく届けられていますので民が難民として流出することもほとんどありません。またこの国の騎士が毎日目を光らせているので民が野党に怯えることなく安心して生活できております」

「それならばよい。お前を死刑にせず元隣国領地の領主として据えたのも、そこの民にとって元国王という存在はとても心強いだろうからな」

「陛下の寛大な温情に感謝します」


 優雅な物腰で頭を下げる元国王に王様は密かに目を光らせる。

 元隣国が愚王で混沌した政権だったなら解放すれば喜ばれる。だが賢王が治めていた平和な国だったならば戦を起こした時点で元隣国領地の民から反発を招き、その国王を消せばいつ暴動が起きてもおかしくない。そうなれば他国に付け入られるのは今度はこちらのほうだ。

 秘蔵の書ならぬ処女作に未だに振り回されている王様としてはせっかく手にいれた領地から反乱が起きるのはこれ以上の面倒ごとを増やさないためにもどうしても防ぎたかった。元隣国の混乱を招いた処女作をうっかり流した加害者としては多少の同情心もあったが。

 

「他に何かお聞きしたいことはありますか?」

「あ、まぁあるにはあるが……」


 王様は言いづらそうにちらりと少女に視線を向ける。王様の視線の意味を察した元国王が王様に恥をかかせるわけにはいかないと、話題を変えるべく懐からあるものを取り出した。


「陛下、もしお時間があればぜひともこの本について語り合いたいと」

「!?」


 元国王が取り出した嫌でも見覚えある本に王様はギョッと目を見開いた。


「なぜお前までその本を持っている!?」

「妻から借りました」


 悲鳴を上げる王様に元国王は照れくさそうに笑った。


「いやぁ話が念入りに作りこまれていて年甲斐もなく感動してしまって。私も妻も何度も読み返しましたよ」


 元国王の後ろで少女がドヤ顔で胸を張っているのが見えて王様の米神に血管が浮き上がった。だが元国王が次に言い放った一言で王様の怒りが吹き飛ぶ。


「さすが陛下のお墨付きだなぁ」


 謁見の間に沈黙が落ちた。


「……我は嫌々発行許可は出したがお墨付きとは言った覚えがないぞ」


 王様の地を這うような限りなく低い呟きに、元国王が首を傾げる。


「あれ? でも帯紙には陛下のお墨付きと書いてありましたが」

「誰だ我の許可なく勝手にお墨付きにしたのは!?」


 王様の怒声で謁見の間の空気がビリビリと震え上がった。王様の顔は般若面、背後からはどす黒い怒りのオーラが漏れている。豹変した王様の姿を見て恐れおののく家臣一同に、宰相は臆することなく冷静に意見を述べた。


「編集者が陛下の発行許可をお墨付きと勝手に脳内変換したのかもしれません」

「潰す、そいつ絶対潰す」


 王様の目は本気と書いてマジだったと、そのときの家臣一同はのちにそう語ったという。







 お嬢様扱いされた上に自作の本も褒められほくほく顔の少女が去った謁見の間にて、王様は元国王をそばまで呼ぶとその両肩をがっちりと掴んだ。


「元隣国の王だっただろう? 我が国の秘蔵の本を知らないか!?」


 元国王を呼び出した名目は復興状況の確認、本命は処女作の行方だった。とはいえ少女がいる前では質問できないので少女が去るまで王様は辛抱強く待っていた。

 一瞬びっくりした元国王だったが、秘蔵の本と言われて自分の国を混乱に落とした本だということを思い出した。


「ああ、息子が悪魔悪魔と言っていた本ですか? あの本はこれより奇抜だったけど面白かったなぁ」


 笑顔でのほほんと語る元国王に王様は一瞬かける言葉を無くした。


「見たのか楽しんだのかっ!?」

「え? だって本なら読むものでしょう?」

「中身アレな本だぞ!?」


 んー、と少し考え込んだ元国王は素直に答えた。


「女性にはこういう本が好まれるのだなとよい勉強になりましたよ」

「な……」


 まさかの男性からの褒め言葉に王様は絶句した。


「そういう見方もありますか……」


 この元国王侮れませんねと宰相は心の中で要注意人物リストに一人書き加えた。

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