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私の本が戻ってこない

五話から連載版のみの投稿となります。短編でのアップ予定はありません。

「私の本が戻ってこないのだけど」


 謁見の間にて少女がそう訴えると、恒例のごとく玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は今まで少女が見たことがない満面の笑みを作った。


「え、何? 怖いんだけど!」


 びっくりして固まる少女に王様はにこやかに告げる。


「ネームだろう? ここのところ忙しくてまだ確認できていなかったのだ」


 今まで聞いたことがないほどの穏やかな声だった。


「すまなかった、今確認しよう」


 メイドから嫌がらずに純愛ネームを受け取る王様を見て少女は二度驚いた。ストーリー確認ですらあれだけ嫌がっていたのがまるで嘘のようだ。

 少女は今しかないと隠し持っていた袋から書類の束を取り出した。


「こちらの確認もお願いします!」

「なんだ?」

「王様と王弟殿下との純――」


 王様は無言で少女から書類の束を取り上げると床に叩きつけた。その上から何度も足蹴にする王様に少女は絶叫した。


「ああ! せっかくのネームがボロボロに!」

「お前はアレな話しか書けないのかっ!」


 王様の笑顔は綺麗さっぱり吹き飛んでいた。


「ひどい! 王妃様や側室様たちからはすばらしい、感動した、ぜひ発行して増刷してほしいって絶賛だったのに!」

「見せるな発行するな増刷するな! なぜ我と弟で作った!?」


 射殺すかのような王様の鋭い視線を受けて少女がもじもじしながら自分の人差し指同士を絡める。


「だって前回の謁見の間のやりとりがすごいかっこよくてつい」

「ついで作るな! なぜ何でもかんでもアレに結び付ける!」

「仕方ないじゃない! 性分なんだもん!」

「開き直るな」


 王弟殿下と王様のやりとりという言葉に、ふと少女はそのときの内容を思い出した。


「あ、そういえば隣国と戦争をやってたんだよね」


 遊びに行ってきたんだよね的な軽いノリで言われ、王様はゴッソリと体力が削られる思いをした。


「いきなりだな……。そうだ、我が国に散々密偵を寄こしてきた忌々しい国をやっと潰せたのだ」


 だから先ほど晴れ晴れとした笑顔をしていたのかと少女は納得した。


「でもこの前来たときに開戦するとか言ってなかった?」


 初めて第四王弟殿下を見たのはまだ数日前の出来事だ。あれから戦争を起こして終了するのは早すぎないだろうかと少女は疑問に思った。

 王様は口の端を上げながら不敵な笑みを浮かべる。


「諜報部隊の活躍により隣国の中枢の人間をある程度拘束して動きをとめていたのでな。混乱した隣国を落とすのはたやすかった」

「王弟殿下はこんなに早く終わるとは思わなかったとか言っていましたね。こちらの損害もほとんどなかったですし」


 宰相の言葉に王様は頷いた。


「ああ、それもこれもあの本――」

「本?」

「あの本気を出した弟のおかげだな!」


 王様は慌てて言いつくろった。王様の言葉に少女が驚きの声をあげる。


「第四王弟殿下ってそんなに強い人なの?」

「この国の騎士団総長だからな」


 少々性格に不安があるけどなどと余計なことは言わない。


「なるほど。じゃあこれで戦争も終わったしやっと私の本探しも軌道に乗るのね」


 両手を組んで嬉しそうな笑顔を浮かべる少女に、謁見の間の空気が固まった。

 王様が重い空気を払うかのように何度も咳払いをする。


「あー、戦争というのは戦時中も大変なんだが戦後処理も大変でな」

「戦後処理?」

「負けた国が疲弊するから治安維持ができずに野党が増える。戦争で家や土地が荒れたり仕事が減るから難民も出る。属国にする場合は勝ち取った国が治安回復や経済復興などいろいろ支援せねばならぬのだ」


 王様の言葉に少女はハッと悟る。


「じゃあ本はまた当分……」


 王様は神妙な面持ちで頷く。


「ああ。捜索隊の手も足りぬほどなのでな。すまぬ」

「そう」


 仕方ないとはいえショックで落ち込む少女に、なぜか王様のほうが落ち着いていられずつい口を開いた。


「り、隣国が落ち着いたら本格的に開始する。必ず本をお前の元に戻すと我の誇りにかけて誓おう」


 俯いていた少女の顔に光が差した。


「本当?」

「ああ、本当だ」


 力強く頷く王様に、少女はなんだか嬉しくなって微笑んだ。その笑顔を見て王様はホッと安堵の吐息を漏らす。

 隣の宰相がアチャーと小声で呟きつつ天を仰いでいるが、お互いを見詰め合っている少女と王様は気づかない。


「私、待っているから! 必ず処女作が戻ってくるって信じてる!」

「ああ、待っていてくれ」

「だからその間にこのネームのチェックをお願いします!」

「それとこれとは別だ!」


 いつの間に回収したのか踏み潰されたはずの書類の束を差し出そうとする少女に、王様は少女の両腕を掴んで阻止する。少女も負けじと腕に力を入れて押し返す。王様も押し込まれまいと押し返す。

 もはや力比べである。少女も王様も笑顔を浮かべているが目は笑っていなかった。


「いつまで経っても返ってこないのがいけないんじゃない!」

「だから待ってろといっただろうが!」

「処女作返ってこないなら純愛もやるって言ってるでしょ!」

「メイドが持っているものだけだろう!」


 少女の瞳が鋭く光る。


「あれ一つだけだと誰が言った?」

「なん……だと……!」


 王様は絶句しつつも、腕の力は緩めない。互いに一歩も譲らない攻防に周囲のものたちが息を飲む。

 宰相は一人、メイドが差し出した紅茶をのんびり飲んでくつろいでいた。





 少女の後姿が謁見の間の扉の向こうに消えたとたん、玉座に座っていた王様は素早く立ち上がった。


「隣国であの本はまだ見つからんのか!」


 王様の目が血走っていた。


「戦後の混乱で諜報部隊は本探しどころではないようです」

「何のために戦争をけしかけたのかわからんではないか!」


 名目は秘蔵品奪還、本音はうっかり流した処女作のためと知ったら隣国の怒りは尋常なものではないだろう。


「命にかけても探し出せ! 我の誇りと名誉のために!」


 自業自得もここまで来るともはや病気だなと宰相は他人事のように思いながら部下に指示を出した。

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