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私の本を読んで下さい

短編「私の本を読んで下さい」からの転載となります


「私の本を読んで下さい」


 謁見の間にて少女がそう言いながら頭を下げて書類の束を差し出す。いつものごとく玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は緩みそうになる頬を引き締めながらいそいそと書類を受け取った。


「なんだ? もう我を称える本が出来たのか?」


 内心わくわくしながら書類を読もうとすると、顔を上げた少女は首を横に振った。


「いいえ、ネームです。純愛のほうの」


 王様は無言で書類の束を叩き落した。床に散らばる書類に少女が悲鳴をあげる。


「ああ! ネームがバラバラに!」

「純愛は後回しにしろと言っただろうが!」


 玉座から鬼のように激怒する王様に、書類をかき集めながら少女は負けじと睨み返す。


「英雄譚は今ちゃんと描いているわよ! まだネームすらできていなかった純愛話のチェックを貰いに来ただけなのに!」

「我が確認するわけないだろうが!」

「見てほしいのはストーリーのほう! アレのほうは王妃様と側室様にチェックしてもらっているから問題ないわよ!」

「何してるのだ! あいつらはっ!」


 王様はどうしようもない怒りで頭を掻き毟る。せっかく綺麗にセットした髪がぐしゃぐしゃになった。


「お前の後宮出入りを禁止しようか……」


 かなり本気でそう考えていると、少女は懐から一通の封筒を差し出した。


「王様がそう言ったときはこれを差し出せと王妃様から」

「いやいい。見なくてもわかるからしまえ」


 すっかり体力を削られた王様は崩れるように玉座にもたれた。するとどこからともなくメイドが登場し乱れた王様の髪を手早く直して素早く去っていく。

 相変わらずここのメイドさんは凄いなぁと少女は感心しながら書類を袋にしまった。


「あとでいいのでネームの確認お願いね」

「ああ……あとでな、あとで」


 王様が力なく手をあげると、またもや登場したメイドが少女から書類が入った袋をうやうやしく受け取って王様に手渡すことなくいずこかへ消えた。

 玉座に座って髪も直って少し落ち着いた王様は顔を引き締めるとこちらを見上げる少女を見下ろした。


「今日の用件はそれだけか?」

「あと私の処女作はどうなったのかなと」

「ああ、あれは――」


 王様が次に用意していた言い訳を発言しようとしたとたん、謁見の間の扉が勢いよく開いた。びっくりして少女が振り返ると、開いた扉に一人の男が立っていた。


「兄上に話がある!」


 声を張り上げながらずかずかと入ってきた人物を見て、王様が頭痛を起こしたかのように額を押さえた。王様の横にいた宰相が首を傾げる。


「どうかいたしましたか? 王弟殿下」

「王弟殿下」


 思わず復唱した少女は入ってきた男と王様の顔を交互に見やる。その視線を受けて王様が小さく呟く。


「我は一番目、あいつは四番目だ」

「なるほど」


 少女は納得したように頷いた。王弟殿下は王様をそのまま若くした顔をしている。おそらく母親も一緒なのだろう。

 少女の視線を受けて、王弟殿下は少女を見下ろしながら訝しげな表情を作る。


「ん? 誰だお前は?」

「気にしないでよい」

「わかりました」


 王弟殿下は王様の言葉をさして疑問に思わずに素直に従う。


「それで何の用件だ?」


 王様の問いに王弟殿下は鋭い視線を王様にぶつけた。


「兄上がご乱心されたというのは本当か!」

「は?」


 王弟殿下の言葉に謁見の間にいた王様以下家臣一同が一斉に口をあんぐりあけた。何言ってんのコイツと全員の目が訴えていた。

 ただ一人だけ、状況を理解できない少女が質問をする。


「ご乱心って?」

「主君が心を壊して乱れている様子、または気が触れたかのように常識外れな言動をする様子のことだ!」


 王弟殿下が王様を睨みつつ詳しく教えてくれた。少女がありがとうございますとお礼を伝える。王弟殿下が頷いた。


「何、わからないことに答えるのは当然のことだ」

「で、王様はご乱心していると?」

「ああ、そうだ!」


 少女は不機嫌そうに王弟殿下を見下ろす王様に顔を向けた。


「ご乱心してます?」

「してるように見えるか?」

「いいえ、純愛ネームを確認するとき以外はまったく」


 少女が首を横に振る。それに王様が頷いて王弟殿下に向き直った。


「だ、そうだ」

「だが独断で隣国に干渉をしているという情報を受けている!」

「ああ、あれは本――」


 王様が我に返って慌てて口を閉じた。少女の片眉が上がる。


「本?」

「あ、あれは本気で干渉しているわけではない!」


 今度は王弟殿下の片眉が上がった。


「ではかけているのは認めるわけですね?」


 王様は苦々しい表情で頷いた。


「……ああ、認める」

「なぜ!? 隣国とは今まで友好的な関係を築いていたはず!」


 王弟殿下の問いかけに王様はなんとかしてここを切り抜けようと頭をフル回転させた。考えついたのはとりあえず声を張り上げることだった。


「仕方なかろう! 隣国は我が国の秘蔵品を奪い去っていったのだぞ!」

「秘蔵品!?」


 驚いたのは少女だけでなく王弟殿下と家臣一同もだった。

 そんな話聞いていたか、いや初耳だ、一体何の秘蔵品がとか周囲がざわついているが王様はすべて無視した。

 

「あ、兄上! 秘蔵品が奪いさられたというのは本当ですか!」

「ああ、そうだ。だからこそ密かに奪還するために諜報部隊を隣国に送っていた。だが隣国は秘蔵品を返す気がないのか、はたまた何かに使うのか一向にその行方が掴めぬ」

「あの諜報部隊ですら……」


 王弟殿下が言葉を失った。よくわからないけど言葉を失うだなんてそんなに凄い部隊なのかと少女は固唾を呑んだ。


「だから少しでもその情報をつかむべく、関係者を次々に捕縛して行方を追っているというわけだ」


 王様は表面は厳しい顔をしつつ、よどみなく言い切ったぞとばかりに心底安堵していた。


「で、ですがそれでは隣国が混乱するのでは?」

「ああ、だからどうしても取り戻せない場合は戦争もやむをえないと考えている」

「戦争ですって!?」


 仰天する王弟殿下に王様は真面目な表情を作りながら頷いた。

 内心はもうどうにでもなれという心境だった。


「混乱している今だからこそ隣国を我が国の属国にすることも容易だ。こちらには秘蔵品を奪われたという大義名分もある」

「で、ですがそれでは民が……」

「我が国の威厳を保つためには秘蔵品を奪われたままにするわけにはいかん!」


 王様はなおいっそう声を高々に上げた。玉座から立ち上がり、両手を左右に大きく広げる。


「たとえ民の血が流れようとも、我が国のプライドを傷つけられてまで隣国にこびへつらうなど代々この国を守ってきた祖先たちに申し訳が立たぬ!」

「兄上!」


 王弟殿下はなにやら感動している。少女は王様の迫力に飲まれて動けないでいる。家臣一同は王様の言動を見逃しはしまいと真剣な眼差しで見つめている。

 隣の宰相だけは死んだ目をしながらあさっての方向を見ていた。


「私の考えに賛同してくれるか? 弟よ」


 王様が王弟殿下に微笑むと、感動した王弟殿下の目からは一粒の雫がこぼれた。


「兄上……私が間違っておりました」


 王様は力強く頷くと王弟殿下の両肩に手を置いた。王様の手の重みと温もりが王弟殿下の心に強く響く。


「わかってくれたか、弟よ」

「はい! 隣国へ侵攻の際は私が先陣をきりましょう!」

「ああ、頼りにしているぞ!」


 王様が王弟殿下から手を引くと、王弟殿下は一歩下がって王様に敬礼をした。


「私が必ず国の秘蔵品を奪還しめてみせます!」


 王弟殿下は尊敬の念を込めながら王様に深く一礼すると、謁見の間から堂々と出ていった。


「……す、すごいかっこいい……」


 兄弟の話に感動した少女は王様に純愛ネームよろしくお願いしますと早口で告げたあと、足早に謁見の間から出ていった。

 この話は早急にネームに起こさねばと思った。使命感だ。感動しているうちに、記憶が新鮮なうちに始めないと勢いある漫画は描けない!

 少女の中の漫画家魂は今、灼熱の炎で燃えていた。





 王弟殿下と少女が出て行った扉を見つめながら王様が小さくため息をつく。


「あの弟は流されやすいというか少し猪突猛進なところがあってなぁ……」


 扱いやすいといえば扱いやすいがと呟く王様を優しく見つめながら、自業自得で戦争までしようとするあなたには負けますよと宰相は心の中で呟いた。

※秘宝→秘蔵品に修正しました

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