私の未練
本日は第二十話「私の本を」も投稿していますのでまだ見てない方は前話から閲覧をお願いします。
「陛下! 何かありましたか!?」
王様の悲鳴を聞いて扉の外に隠れていた宰相と家臣一同が扉をあけて乗り込んでくる。
一同の視線の先には口を大きくあけたまま手を伸ばして固まる王様と。
「な、なんなのよ一体」
処女作を持ったまま王様の悲鳴に驚いて固まる少女がいた。
「お、お前……消えないのか?」
「はぁ? なんで消えなきゃいけないのよ?」
恐る恐る尋ねた王様の質問に、少女は本を握り締めたまま不機嫌な表情になる。
何度も瞬きしても少女が消えないことをやっと認識した王様の全身から力が一気に抜けた。
「消えないのか……よ、よかった……」
王様はガクッと床に膝をついた。力が抜け過ぎてすぐに立てる状態ではなかったのだ。
この部屋に来てからずっと様子がおかしい王様に少女が心配になって近づいた。
「だ、大丈夫? 体調悪いの?」
「あ、ああ。問題ない」
「いやなんか床に膝ついているじゃん」
どことなく顔も脱力している気がする。普段のふてぶてしい表情が当たり前と思っているせいか、派手な衣装でがなければ王様がそこらにいるおじさんと大差ないように見えてしまった。
このまま床に座らせておくわけにはいかないと少女が空いた手を伸ばす。王様は素直にその手をとり立ち上がった。そして握り締めたままの少女の手を力いっぱい引き寄せ、少女を己の腕の中に引きずり込んだ。
「!?」
「お前はここにいるのだな……ここに」
少女をきつく抱きしめたままぶつぶつ呟く王様に少女はアワアワと慌てた。王様のつけている香水の匂いが間近にいるせいか強く香ってくる。また息苦しいほどのきつい抱擁とぬくもりが少女の顔を真っ赤にさせた。
最近なんだかいきなり抱きしめられている気がする。自分はそんなに隙が多いのだろうか。というか苦しい。もう少し力を緩めてくれ。
王様の背中をバンバン叩くと、意図を察した王様が少し力を緩めてくれた。ホッと息をつくが拘束はとかれそうにない。
宰相は落ち着いた二人に近づくと少女に目線を合わせて尋ねた。
「何か未練はありますか?」
「は?」
王様の腕の中で少女は固まった。
何を言ってるのだこの人は。未練とはなんのことだ。勝手に私を殺さないでほしい。
頭に疑問符を浮かべたままの少女に、少女の思考を察した宰相は言い直した。
「この世界でやりたいことはありますか?」
宰相の質問の意図がまったく見えなかったが、少女は答えた。自分の素直な気持ちを。
「王様と宰相の本が作りたい」
宰相は誰もが思わず見惚れるような微笑みを作ったあとその優美な唇を開いた。
「絶対阻止します」
「なんでよー!」
王様の腕の中でブーイングを言う少女を無視して宰相は王様に言った。
「どうやら心配は杞憂のようですよ」
王様は少女を抱きしめたまま宰相に顔だけ向けた。その顔はもう普段の、あの不敵な顔つきに戻っていた。
「我と宰相の本は絶対作らせるな。ネームであってもだ」
「承知しました陛下。陛下の命がなくても私が必ず阻止します」
頭を下げる宰相に少女が怒った。
「だからなんでよー!」
「私の未練が引き金?」
「あくまで宰相の予想だがな」
王様は玉座に、宰相はその隣に立ち、少女は王様から少し離れた正面。護衛の騎士たちは持ち場の配置へ。
いつもの配置に戻った謁見の間にて、少女が王様に尋ねた。
「じゃあ私は私の世界で未練がなかったからこっち来たってこと?」
「原因はそれだけではないかもしれないが、それも一つの要因だと思っている」
「でも私、この処女作を部員のみんなに見せるっていう未練があるんだけど」
少女は処女作である本をヒラヒラ振りながら言う。
「どうせ軽い口約束でしょう」
宰相の指摘に少女の唇が尖った。
「そりゃそうだけど」
「おそらくアナタにとっては見せるという約束よりその処女作を未完成のままにするほうが未練が大きかったのですよ」
「その未練を終えたから私はあの世界から出たってこと?」
なんだそれはと思う。ならば一生未練がないと世界に留まっておけなかったのか。なんという厄介な。
「あくまで私の推測であってアナタ自身にはそんな力はなく、他に何か条件があったのかもしれません」
ですが、と宰相は少し険しい視線をその本に向ける。
「アナタがこの世界に来る、それだけで十分超常現象ですから不安要素はひとつでも潰しておくにこしたことはありません」
瞬きする少女に、それにと宰相は続ける。
「その本を開いてみて下さい」
「?」
言われたとおりにピラッと開くと少女は唖然とした。
「ぼ、ボロボロになってる……」
中身は折り目が沢山つけられ、読めない箇所まであった。
「何百、下手したら何千という人がその本を手にとったのですから当然といえば当然ですよね」
「そ、そんなぁ……これじゃみんなに見せられないじゃない……」
ショックでがっくりと膝を折る少女に王様は慌てた。
「また新しく作り直せないのか?」
「描いたのもう何ヶ月も前だしそのときのノリで描き殴った本だからほとんど記憶にないよ……。ネームあっても向こうの世界だし」
「すまぬ、早く取り戻せず」
肩を落とす少女に王様はつい謝罪の言葉を口にする。宰相の言葉どおり、ある程度政敵を一掃したらとっとと返すべきだったと。
だが少女は首を横に振った。
「いいよ。こうやって手元に戻ってきたんだし」
こちらを心配そうに見つめる王様に対し、少女は笑顔を作った。
「ありがとう、ちゃんと取り返してくれて」
約束を守ってくれてありがとう、と。
少女の感謝の言葉に目を見開いた王様はやがて唇の端を上げた。
「我の誇りにかけて誓うと言っただろう?」
「うん」
そっと二人のそばから離れた宰相は小声で家臣全員を呼ぶと扉の向こうへと姿を消した。
謁見の間を出た家臣の一人は、宰相の手に見覚えがない本があるのを見つけた。
「宰相様、その手にある本は?」
「これですか?」
宰相は指し示された本をヒラヒラと上下に振った。
「王妃様が過去にお作りになった処女作の複製、最後の一冊です」
一応探しておきましたと宰相。
「ですがこれはもう不要のようです」
廊下の窓を空けると宰相はメイドに頼んで複製本を細かくビリビリに破き、空へと放った。
風に乗った本の切れ端はまるで花びらのように上空を舞い上がっていった。
皆が出て行った扉を視界の端に捕らえながら、王様は苦笑した。
「相変わらず察しがよすぎだ宰相は」
「どうしたの?」
「なんでもない」
王様は首を振ると、少女に向き直った。
「それよりも約束どおりその本を取り戻したのだから何か礼が欲しいが」
「礼って」
とたんに少女がふてくされたような顔になる。
「そもそもそっちが勝手に奪ったんじゃない」
王様までムッとする。
「我ではない、妃だ」
「いや、すぐ取り戻さなかった王様だって悪いんじゃん」
頬を膨らませる少女に王様はクククと口の端を上げて笑う。
「手厳しいな」
「だって」
王様は玉座から立ち上がると少女のすぐ近くまで歩み寄った。
「ならば簡単な礼でよい。そうだな、我の名を呼んでくれ」
「王様の名前?」
んー、と少女は考える。
そういえば王様の名前なんて呼んだことはなかった。周りが陛下陛下言うから自分も一応王様と呼んで敬っているだけだ。話し言葉は基本タメ口だけども。
「ずっと王様王様呼んでるから覚えてないよ。たしかかなり長い名前だったでしょう?」
この世界に来たばかりのとき互いに名前を名乗って以来聞いてない気がする。もうほとんど少女の記憶に残ってなかった。
王様は特に残念がる様子もなく、小さく首を横に振った。
「愛称で呼べ。前に教えたことがあるだろう」
「愛称って」
「そうだ、覚えているだろう?」
王様が少女の顔を覗き込む。またもや王様特有の香水の香りが漂ってきて少女が困惑した。そんな少女を見て王様はどこが楽しいのかさきほどから始終笑っている。
少女は確かに覚えていた。呼びやすくて覚えやすい名前だったのだ。少女が元の世界で見たゲームか漫画の登場人物の名前と同じだったからバッチリ覚えていた。
王様の視線を痛いほど感じながら、少女は口を開いた。
「確かア――」
少女が言ったその愛称は、王様の口の中に吸い込まれた。
本編完結です。閲覧ありがとうございました!




