私の本のグッズが出ました
「私の本のグッズが出ました」
謁見の間にてそう少女が笑顔で報告すると、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は目の前に山のように置かれたものに目を向けるなり気が滅入った。
「ずいぶん多いな」
「便箋、ポスター、アクセサリーといった定番から判子や服、うちわ、ミニチュア人形やタペストリーまで!」
それがドーンと王様の目の前に置かれているのである。
王様は頭痛を起こしたかのように額を押さえた。
「なるほど、ずいぶん手広く作ったものだ」
「半分はまだ試作品だけどね」
「そのようなものを作るのならばもっと別な方向に力を入れてほしいがな」
本音を吐露しつつも、とりあえずとばかりに王様は一番手前にあるものをひとつ持ち出して書いてある商品名を読む。
「 『元国王に包まれたい』 」
「元国王がよく使っている香水の匂いに近づけたものらしいよ」
爽やかでいい香りだよねとの少女の言葉になぜか若干苛立ちを感じながらも、王様は次の商品を取り出す。
「 『元国王のおみ足』 」
「元国王の足のサイズに合わせた元国王がよく履く靴らしいよ」
「誰が履くのだそんなもの」
王様の至極当然の質問に、少女は首を傾げた。
「観賞用じゃない?」
「我は一生理解できぬな」
呆れ返る王様に宰相以下家臣一同も同意するかのように一斉に頷いた。
王様は次から次へと商品を手に取る。
「 『元国王に抱きしめられたい』 」
「元国王が着るサイズに合わせたバスローブだって」
「 『元国王と添い寝したい』 」
「元国王の身長サイズに合わせたイラスト付き抱き枕。定番グッズだよね」
「 『元国王の親衛隊隊員バッジ。ナンバー〇一〇九』 」
「あ、これ非公式の元国王ファンクラブ会員バッジだ。どこで混ざったんだろう」
王様は目の前に置かれたものの一つを持ち出し、そこに描かれている人物を少女に見せ付けた。
「なぜ元国王ばかりなのだ?」
王様の声はいつもより一段階低かった。
突き刺さるかのような王様の視線に困った表情で少女は舌を出す。
「主にグッズ作ってるのが東国で、どうやら向こうだと俺様な王様より紳士な元国王のほうが人気が高いようだよ」
明らかに不機嫌になる王様に横から宰相が僭越ながらと口を挟む。
「版権はこちらですがグッズの特許が東国になりますので、今度東国から関係者を呼んでこちらでも生産を始める予定です。向こうでは元国王以外が少なすぎるのでこちらで陛下を主軸に元王子や王弟陛下など関連する人物のグッズを増やす予定です」
「こっちなら王様グッズのほうが売れると思うよ! 本の一番人気が王様だし!」
宰相の説明と少女の説得に下降していた王様の機嫌が急上昇する。
「ならばよい」
どことなく満足げな表情の王様に 『面倒くせえ』 と少女と宰相は視線を交わして愚痴りあった。
「しかしよく王太后が許可したな」
「作者のサインを入れた販売中の本を土産に帰国したらどうやら王太后に大変喜ばれたらしく、グッズ販売の話もとんとん拍子で進んだそうです」
東王からの書面にそう書かれていましたとの報告に、相変わらずあの本の力はすごいなと王様は呆れを通り越して笑うしかなかった。
「条約で交わした内容の一部に東国で作ったものは東国の収益にと書いたのが効いたのでしょう。こちらはこちらで本の宣伝になりますし、向こうは関連グッズで収益が出せる。しかもグッズの販売先は東王だけでなくこの国や女帝の国もありますから」
なるほどなと王様も苦笑する。
「東国に相当な金が入り、王太后も懐が潤う。金はあって困るものではないからな」
「大国相手に大きな取引を一人で行ったという実績も東王についたおかげか、王太后が東王を見直したらしく関係が一歩前進したようです」
書面には報告とともに感謝の言葉も綴られていた。
「政で口を出しても無視されることがなくなり、自分の意見も少しずつ取り入れられているとか」
宰相の報告に王様もどことなく穏やかな眼差しを書面に向ける。
「神童と呼ばれながらその力を活かしきれなかった東王も、やっと日の目を見るようになったか」
普段とは違う優しさを見せる台詞に宰相は一瞬目を見張った。
「同じ立場の人間として同情心がありましたか?」
呟いてからハッと宰相が口に手を当てる。言うつもりはなかったらしい。
とっさに王様が宰相を見たが、やがて小さく鼻を鳴らして余所を向いた。
「さてな。そもそも王というのは自由なようでまったく自由はない。常に周りに振り回される立場だ」
チラリと王様に視線を向けたが、特に不愉快な表情を浮かべているわけではなさそうなので宰相は内心で安堵した。
「陛下は周りに振り回されるようなお人ではないでしょう」
「目の前の女一人にここのところずーっと盛大に踊らされているが」
王様と宰相が揃って少女を見る。二人から同時に視線を向けられた少女は驚いて瞬きを繰り返した。
「え? 何? 私なんかした?」
自分の力がどれだけこの国を、周辺諸国を動かしているか自覚がない少女に王様と宰相は揃ってため息をついた。
「無自覚ほど怖いものはないな」
「まったくです」
王様の言葉に宰相以下家臣一同は揃って頷いた。
「人に視線を向けて目の前で愚痴るなんて一体何の話なのよー!」
自分のことのようなのにまったく状況を理解できない少女の叫び声は、ひとりむなしく謁見の間に響き渡った。
結局何度聞いても教えてもらえず拗ねたまま扉の向こうに消えた少女を見送ったあと、王様はメイドを呼んで邪魔な元国王グッズを片付けてもらった。
すっきりと片付きメイドが下がったときになって、宰相は王様に向き直った。
「東国へ渡った処女作の件ですが」
宰相の言葉にわかってる、と王様が力なくうな垂れる。
「またどこかひとりでに行ったというのだろう?」
宰相は首を振った。
「いいえ」
「そう、いいえ……――いいえ?」
ハッと何かを期待するような眼差しで顔を上げた王様に、宰相はどこに持っていたのか一冊の本を取り出した。
なんだかんだいつも所持する販売中の少女の本とは違う、読み込まれてどことなくよれよれした本だ。
「あります……ここに」
「!?」
謁見の間に震動が走る。
王様だけでなく家臣一同までもが驚愕し言葉をなくした。
「五代目編集者の帰還とともに戻ってきました」
グッジョブ編集者、とは誰も思えないくらいにはみんな目の前の状況についていけなかった。
処女作がついにこの手の中に戻ってきた。それだけ王様にとって、いやこの国にとって重大な出来事だった。
自分の目の前に置かれた本へ、王様は恐る恐る手を伸ばした。自然と手が震える。なぜかついでとばかりに鼓動も早くなる。いつもは聞こえない心臓の音がやけにうるさかった。
「……も、戻ってきたのか……?」
王様の声は小声で震えていた。
「目の前にあるでしょう」
「我は信じられぬ……」
「耄碌するのはまだ早いかと」
緊張する王様とは反対に冷静にツッコミを入れる宰相。二人のあまりの温度差に周囲のほうが戸惑う。
震える手で本に触れようとしたときにふと、王様は宰相に尋ねた。
「ならばなぜ、さきほどアイツにこの本を返さなかった?」
王様の言葉に謁見の間にいた家臣一同もそういえばと一斉に宰相に視線を向ける。
みんなの視線を一身に浴びた宰相は特に居心地を悪くすることもなく、冷たい視線を王様に向けた。
「私もお聞きしたいことがございます」
そう言うと宰相は玉座に座る王の正面へとわざわざ移動した。
宰相の行動がわからず眉を潜める王様に対し、宰相は表情を引き締め普段とは違う真剣な眼差しで王様を見据える。
「陛下は彼女という存在をどうお考えになっているのでしょうか?」
決して逃さない猛禽類のような瞳に、王様は本に手を伸ばしたまま動けなくなった。




