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私の本のネタを下さい

「私の本のネタを下さい」


 謁見の間にてスケッチブックとペンを持った少女がそうお願いすると、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は呆れた顔で少女を見据えた。


「それくらい自分で考えろ」


 少女の眉が下がった。


「そんな殺生な。編集者がいなくて未確認ネームだけが貯まって持っているネタを出し尽くしたから新しいネタをこうやって探しているのに」

「別に我ではなく他を当たればいいだろう」

「すでに当たったよ」


 少女は宰相に向いた。


「何かネタありませんか?」

「王様以外の本を作ればいいのではありませんか?」


 サラッと宰相は答えた。少女はポンと手を叩いた。


「そりゃそうですよね。いくら売れるからって王様一人に固執する必要ありませんよね」

「断固反対です」


 王様を挟んで宰相とは反対にいた第四番目の王弟殿下がきっぱり言った。


「兄上が出ない本などに価値はない!」

「いつの間に退院したのよ王弟殿下」


 少女が尋ねると、王弟殿下は素直に答えた。


「つい最近だ。全治半年といわれたが根性で早く治した」

「根性で治るものなの?」

「私は人一倍生命力が高いほうだからな」


 爽やかな笑顔を向ける王弟殿下に少女は王弟殿下は異常に自己回復力が高いとメモを取った。


「あと何か特技はある?」

「剣ならば兄上に負けん」


 王弟殿下は胸を張って答えた。よほど自信があるらしい。


「じゃあなんで怪我したの?」

「さすがに私も諜報部隊一ダースから集中攻撃されたら無事ではいられん」


 少女と宰相が王様を見た。王様は小さく口笛を吹いて明後日の方向を見ていた。


「それでもなぜ王様を慕っているのよ?」

「兄上からの試練だと思ったからな」

「いや、さすがにそれは嫌がらせだと気づこうよ」


 さすがの少女も呆れた顔を見せた。だが王弟殿下は首を左右に振った。


「いや、兄上は無意味なことはしない主義だ。弟の私が一番よく知っている」


 私怨は意味あるのかと少女は再度王様を見た。王様は虚空を見上げて鼻歌を歌っていた。

 宰相は小さくため息をついた。


「陛下、王弟殿下に聞きたいことがあったから呼んだのではないのですか?」


 王様の鼻歌が止まった。瞬時に真面目な表情を作ると王弟殿下のほうに体を向けた。


「弟よ、子供はいたな?」

「はい、兄上」


 王弟殿下は嬉しそうな顔で答える。


「その中で嫁ぎ先が決まっていない女子は何人いる?」

「一人もいません」


 やっぱりなぁと王様は肩を落とす。少女は首を傾げた。


「王弟殿下の女の子って何歳なの?」

「十三、九、七、ニ」

「ニ歳児まで嫁ぎ先が決まっているの……?」


 あんぐりと口を開ける少女に、王様はさも当然とばかりに頷く。


「王族と繋がりたい貴族や他国の人間は後を立たないからな。生まれた直後から口約束で決まっているのが普通だ」

「本人同士が会うのは大抵自我がある程度できる幼少の頃。実際に結婚するのは成人前後ですね」

「我が国がそういう風習なだけで、国によって結婚までの流れや年齢などは変わってくるが」


 なるほどと少女は思う。未だに彼氏すらいない身にはいろいろきつい話だ。彼氏作る前に異世界に来てしまったが。


「兄上、二番目と三番目の兄上のお子は……」


 王様がふと窓の外を見た。


「両人とも期待できんのはお前だってよく知っているだろう」


 王様の顔で何を見たのか、四番目の王弟殿下が一瞬苦い顔をしたあと小さく頭を下げた。


「……申し訳ありません、変な質問をしました」

「構わん」


 一瞬で暗い空気となった謁見の間に少女の場違いな明るい声が響いた。


「で、王様が聞いているのは東王に嫁ぐ女性探し?」


 少女の質問に瞬時に普段の無愛想に戻った王様は頷いた。


「我が国にとっても悪い話ではないからな」

「実際東国は多少我が国よりは文化が遅れている部分はありますが、その技術、知識、そして貪欲に真面目に働く民族性などいろいろ興味深い節はあります」

「我が国でも東国で作られた製品を使っているものも多々ある。あそこは本当に質の良いものを作る」


 どことなく楽しそうに語る王様に少女は驚いた。よほど良い話のようだ。


「だが東王に嫁ぐとなるとメンタルが強い女子が必要だ」


 王様がため息をつく。


「向こうは王太后という義母いるからな」

「海の向こうの国ですから祖国であるこの国には滅多に戻ることはできません」

「孤立無援だ。その中で東王が成人し政権を握るまで縁の下の力持ちをせねばならん」

「しかもこちらと向こうでは文化も風習も違いますから一から王族として知識や作法を学ばなければなりません」

「そこまで根性やメンタルがある人間となると……」


 王様と宰相の視線が一斉に少女に向いた。少女はギョッとした。


「私、王様の子供じゃないし!」


 宰相が少女に視線を向けたまま頬に手を添えながら吐息を漏らす。その目は獲物を見つめる猛禽類だった。


「でも血以外は条件がいいんですよねぇ」

「私、王族どころか貴族でもないし! 相手が子供とはいえ王族は無理だし!」


 高速で首を左右に振る少女を王様はジッと見つめた。見つめながら少女が他の男に嫁いだ場合を脳裏で想像する。

 今まで王様とともに本音を言い合いしてきた少女が王様以外の男に嫁ぐ。それは少女が王様ではなく結婚相手の男に尽くすということだ。女性だから人付き合い以外にも妊娠、出産、子育てがあるため今みたいに本を作ったり謁見の間に来たりといった自由な時間はなくなるだろう。

 つまり少女が王様に会いに来ること自体がなくなるのだ。王様が少女とともに少女の本に難癖つけたり喧嘩したりとくだらないやりとりをして過ごしてきた日々が消える。

 王様のそばから少女がいなくなる――永遠にずっと。


「……嫌だな」


 考えもなしに呟いた言葉に王様自身が驚いた。慌てて口に手を当てる王様に宰相が訝しげに顔を覗き込む。


「どうしました陛下?」

「いや、なんでもない」


 王様は否定するものの全身から急激に血の気が消え、心臓をわしづかみされたような感覚が王様を襲う。同時に胸の奥底からもやもやとした嫌な感覚がとれない。

 少女が自分のそばから離れる。もう二度と会えなくなる。考えれば考えるほど不愉快な感覚が増し、気分が悪くなった。

 王様の顔を覗き込んだ宰相の眉が潜められる。


「顔色が悪いようですが、医師を呼びますか?」

「大丈夫だ、我に構うな」

「ですが今にも倒れそうな――」

「構うなと言っている!」


 王様の怒鳴り声が謁見の間に響いた。あまりの声量に宰相だけでなく謁見の間にいた少女や王弟殿下、そして家臣一同が驚いて硬直する。

 静まり返った謁見の間にて、我に返った王様が小さい声で言った。


「問題はない。ここのところ多忙だったから多少疲れているだけだ」


 そう言ってそっぽを向く。いまだに調子が悪そうだが王様は他に何も言うことはないと口を硬く結んでしまった。

 王様の態度に宰相はそっと王様から離れた。こう言ったときの王様は下手に触らないほうがいいというのは過去の経験で散々学んでいる。同じく王弟殿下も眉を潜めながらも何も言わなかった。

 だがそんな経験がない人物が一人だけいる。少女だ。

 体調不良の王様を見てふと脳裏に何かひらめいた少女はポンと自分の手を叩く。


「そうだ、純愛本の定番中の定番。病気の王様を描いていなかった」

「は?」


 今度は言われた本人である王様が驚きで固まった。病気の我、なにそれ何のお話と。

 呆然と少女を見つめる王様に、少女は笑って頬を掻いた。


「だって王様いつも元気で病気ひとつしているの見たことがないんだもん。王様が風邪を引くなんてまったく頭になかったよ」


 いやぁ体調悪くしてくれてありがとうと少女は王様に笑顔でお礼を言う。病気になった人に病気になったお礼を言うとかアナタだけですよと宰相以下家臣一同は呆れ返る。

 少女の突拍子もない言葉に王様の思考がようやく動いた。怒りへと。


「我だって人間だ! 風邪を引くことくらい当たり前だろうが!」

「でも私が会いたいって連絡したときはちゃんと予定空けてくれるじゃない」

「お前が我に会うのは月に数えるほどだろう! そのくらい体調だって調整できるわ!」


 怒鳴り続ける王様に少女のほうもキレた。


「なによ! 本に載せるいいネタ思いついただけなのにそんなに怒鳴るなんて!」

「病気の王とか格好がつかんだろうが!」

「むしろ女性の庇護欲誘うわよ! 普段かっこいい男が病気になって自分の弱いところを見せる、男の可愛い姿じゃない!」

「男に可愛い言うな!」

「純愛見せてる男が今更可愛いで反応しないでよ!」

「あれはお前の創作であって我の本意ではない!」


 ギャーギャー怒鳴りあう王様と少女に宰相は久々に始まりましたねこのやりとりと額に手を当てる。同じくそばで見ていた王弟殿下は小さく笑った。


「兄上がこんなに楽しそうにしているとは」

「あなたの目は節穴ですか」


 小声で呟いた宰相の言葉に、王弟殿下が顔を向けた。


「何か言ったか宰相」

「いえ、なんでもありません王弟殿下」


 宰相の言葉を素直に受け取った王弟殿下が笑顔を見せる。


「宰相、見ろ。兄上があんなに楽しそうに女子と話している」


 見慣れた宰相にはいつもどおりのやりとりにしか見えないが、見慣れないどころか初めて見る王弟殿下には違う光景に見えているのだろう。


「さきほどまでの暗い表情が嘘のように元気に怒鳴っておられる」

「……そう言われれば確かに」


 王弟殿下が言った言葉に宰相は思わず頷いた。

 少女に怒鳴り続ける王様を見て、王弟殿下の目元が緩む。


「兄上は幼いころからずっと我慢してこられた。心を無にし、自我を殺し、国のため政のためと身を粉にして働いてきた。それは王になって妻子を作っても変わらなかった。兄上にとって妻子は政のための駒でしかなかった」


 でも今は違う。


「兄上がなぜあのような平民の少女をそばに置くのかがわからなかったが……今はよくわかる。あれが本来の、王ではなく一人の人間としての兄上の姿なのだな」


 笑い、呆れ、焦り、そして怒り。王になるために不要と捨ててきたそれらの感情。


「あんなに感情豊かな兄上、私は初めて見た」


 普段とは違う少し大人びた様子に宰相は目を見張る。


「王弟殿下……」


 王弟殿下は常に腰に刺している剣の柄を強く握った。


「私は剣でしか道を開けない無骨者だ。戦争で手柄を立てることしか兄上のお役に立てない。それがとても悔しい」

「それも大切なお役目であり欠かせないものですよ王弟殿下」


 宰相の言葉に王弟殿下は苦笑した。


「そうだな。誰かがやらねばな」

「そうです。陛下が道を示し、王弟殿下がそれを切り開き、私たちが荒れた道を整備する。どれも大切な役目なのです」


 宰相は視線を今だ王様に怒鳴る少女に向けた。


「彼女は彼女でしかできないことをしているだけですよ」





「お前の頭はいつもアレしかないのか!」

「アレアレいわないでよ! アレ以外だってちゃんと考えているわよ!」

「英雄譚以降見たことがないぞ!」

「つい最近だって作ったんだから! 王妃様に――」


 永遠に続くかと思われた王様と少女の怒鳴り合いだが、謁見の間の扉が勢いよく開いたことで急遽中断した。


「た、助けてくれ!」

「!?」


 勢いよく開いた扉の向こうから一人の幼い女の子が煌びやかな衣装を纏いながら走ってくる。まるで日本人形のような、大和撫子を髣髴とさせる愛らしい女の子だ。唖然とする一同にその女の子は王様の元まで近づこうとして――自身の衣装に足をとられ盛大に転んだ。


「…………」

「…………」


 王様が無言で手を上げると、瞬時に現れたメイドが倒れた女の子を起こし、治療をさせ、化粧をとり、カツラを剥がし、衣装を男物に着替えさせて即座にどこぞへ消えた。変わり果てた女の子の姿に少女が驚きの声をあげる。


「東王!?」

「助けてくれ!」


 ガバッと王様に抱きついた東王はオイオイと泣きながら訴える。


「城内で鉢合った貴殿の正妃や側室たちが余を拉致して女子の姿に変えて 『男の娘』 って言うのだ! 余は娘ではないし女子の衣装を着る趣味はない!」


 王様は少女を見た。少女はてへへと笑いながら小さく舌を出した。


「そういえばつい最近、暇だからって男の娘を題材にした本作って王妃様に渡したことあるわ。あ、そうそう男の娘っていうのは――」

「解説はいらぬ!」


 その日は傷心の東王を慰めるのに時間を費やしたため、東王の嫁探しはお流れになった。

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