私の本を読みますか
前話の「私の本を見て下さい」からの続きとなります。
前話を見ないと内容がわからないかと思いますのでご注意ください。
「謝罪を要求する!」
変声期前の少年特有の高い声が謁見の間に響き渡る。
東王の主張に宰相は無表情のまま、元国王は口元は微笑んだまま目が笑っておらず、謁見の間にいた王様の家臣一同を唖然とさせ、東王の家臣らしき人は大国の王に喧嘩を……と呟いたあと泡を吹いて気絶した。
王様は玉座から東王を見下ろしたまま無言で手をあげた。すぐさま担架を持ったメイドたちが登場し気絶した東王の家臣を手早く担架に乗せるといずこかへ消えた。
あまりの手際のよさに呆然とそれを見ていた東王はハッと我に返ると涙目で王様に吼えた。
「よ、余の家臣を人質にとったな!」
「気絶したから救護室へ運んだだけだ。倒れたままにするわけにはいかぬだろうが」
無表情にたんたんと。王様は動じることなく東王を真っ直ぐ見据える。
「まず謝罪を要求する理由を聞こうか」
王様の問いに東王はギリッと歯を食いしばり王様を睨みつける。
「余の国を混沌に貶めた!」
「ほう? どのように?」
「奇妙な本を余の国に流しただろう!」
「奇妙な本とは? どのような本なのだ?」
そこで初めて東王は戸惑いの色を見せた。
「そ、それは……」
「それは?」
「き、奇妙な本としか聞いてない!」
王様はやれやれと首を横に振った。やはり東王自身が幼過ぎて本の中身を見ていない、いや見せられていないのか。
「それだけでは我が国のものだとは判断できんな」
「お前たちの国からやってきた人間が同じような本を持ってきたぞ!」
「あの者は本を売り込む商人だ。商売になるものなら売り込むのが当然だろうが」
王様は東王を睨みつける。王様の威圧感に、初めて東王が一歩足を引いた。
「商人が持ち込んだ本は我が国だけでなく女帝の国でも販売され売り切れ続出の人気の本だ。売上は我が国だけでなく本の印刷、販売を行う国にも小さくない収入源になる。双方のメリットがあるからこそその商人も貴殿の国に赴いたのだろう」
「だ、だが余の国の女たちが皆性格が変わったように本に夢中になってしまったぞ!」
ああやっぱりと少女以外の王様以下家臣一同全員同じことを思った。同じ目にあった上に作者のファンになった元国王はあの本なら仕方ないと小声で呟きながら同意するかのように頷いている。だが同じ苦汁の目にあった王様とて同情心を出すわけにはいかない。
「だからなんだ? 別に本に夢中になるくらい構わんだろうに」
「度が過ぎるのだ! 女たちはみんな現実の男に冷たくなり本の男たちばかり語るようになってしまった!」
元隣国再来じゃないかと家臣一同は心の中で東王に合掌する。
「おかげで余の国がおかしくなってしまった! この責任をどうとってくれる!」
「それは貴殿の管理が行き届いていなかっただけだろう。ただの本を呪術がかかった本であるかのように言うな。実際に販売国の我が国や女帝の国は混乱することなく平穏を保っておる」
むしろ女帝の国では女尊男卑脱却運動まで起き旋風を巻き起こしている。運動が止まないのは女王が自分の孫の将来のためにあえて見逃しているせいだろうけども。
王様も王様で動揺する政敵を片っ端から始末していった。自分の王妃や側室たち、はては国民まで自分を見る目が変わるという自己犠牲が付きつつも自分の基盤をより磐石なものにさせた。
王様の言葉に東王が怯む。だんだん自分の立場というのがわかってきたのかもしれない。
「たかが本だけのために責任をとれ? 本はただのきっかけに過ぎぬ。貴殿の政治力の手腕が問われるチャンスだったのにそれを活かしきれずただただ見逃したことで混乱が広がった。それを我の国のせいにされても困る。それに我が国の人間がいかずともどのみち本は我が国か女帝の国から東国へ流れていただろう」
そう言われるとちょっと痛いなぁと元国王が小さい声で呟いているが、あれは王様指示のもと諜報部隊が潜入し元隣国の混乱に拍車をかけていたため元国王が自国崩壊を止められなかったのも致し方ない。王様とて元隣国のように他国が介入してくるような状況なら危うかっただろう。
すっかり沈黙してしまった東王に王様は容赦なく追撃にかかる。
「それよりも我が国の人間を不当に拘束している理由を聞かせてもらおうか。返答次第では――」
王様の表情が変わった。
「容赦はせぬ」
王様からの殺意にも似た威圧感に恐怖で固まる東国の王。口をポカーンと開けたまま、目はずっと王様を見ていた、いや視線を逸らすことはできなかった。
緊張という沈黙が続く謁見の間に、どこか場違いなのんびりとした声が響く。
「それくらいにしませんか? 陛下」
元国王だった。
「子供相手に容赦ありませんね」
「子供でも一国を背負う王だ。勝手に人質をとり勝手に乗り込んで勝手に難癖をつけて喚かれたのだぞ」
「彼には十分良い勉強になったではありませんか。身を持って体感したのですから、陛下の偉大さを」
話の中心が中心なだけにあまり紀伝に残したくありませんがねと宰相は思った。その中心を作った少女は謁見の間の隅で大人しくこちらをじっと見ているだけだ。
宰相は愚痴の代わりに別なことを口にする。王座のとなりという高みから東王を見下ろしながら。
「東王はきっと国の混乱の原因として人質をとり、混乱の責任と人質を使い何かを要求するつもりだった。だが実際それは誤りであり陛下に現実を突きつけられ、反論すらできず今は肩身の狭い思いをしている」
東王は一瞬ピクッと体を揺らした。どうやら図星らしい。宰相だけでなく王様も元国王もそれを見逃さなかった。
「当然だ。我に喧嘩を売ったのだぞ。売られたものは買う主義だ」
怒りを隠さない王様に、元国王は苦笑いをしつつも恐れることなく提案する。
「少しは事情を聞きませんか? せっかく遠路はるばるこの国までやってきたのですから」
ふと東王の視線が元国王に向かう。その顔をじっと見て東王は何かに気づいた。
「その顔、今は亡き隣国の国王か!」
「お久しぶりですね、東王。即位式以来ですか」
元国王は東王に微笑む。東王は苦虫を噛み潰したかのような表情で元国王を睨んだ。
「ふん、自分の国を亡くして今はこの国の王にこびへつらうか」
「私の国は亡くなっていませんよ。私の国は土地ではなく民。元隣国領地の民は亡くなることなく元気に生活していますからね」
元国王の口元に笑みが浮かぶ。
「王は民がいなければ成り立ちませんが民は王がいなくても問題ありません。私の命は民のもの。民が元気でいてくれるだけで私は幸せなのですから」
その言葉を邪推すれば元隣国領地で何かあれば王とて許さないという宣言にも聞こえるが、ただただ笑みを浮かべる元国王の表情からは一切の感情すら読み取れなかった。
油断はならぬと王様は気を引き締める。怖いのは遠くの他人より近くの身内だ。王から貴族に格下げになっても元隣国領地の貴族、平民からの元国王への信頼はなぜか厚いままなのだから。
「東王、何を要求しようとしていたのか話してみませんか? その要求を呑むかどうかは陛下のお心次第ですが、このまま拘束され祖国の人質と交換材料となり何も功績を残さずおめおめと祖国へ帰るよりはマシでしょう」
無言で俯いてしまった東王に元国王は目元を緩ませる。
「大丈夫ですよ。陛下は戦争相手の王でさえこうやって自分の懐に入れていただけるくらい寛容な方なのですから、きっと悪いようにはしません」
しばらくの静寂のうち、俯いたままの東王はポツリと呟くように言った。
「縁を結ぼうと思ったのだ」
王様は目を瞬かせる。
「縁?」
「この国の王族の女性を余の妻として貰い、縁を強固なものにしたかった」
東王は俯いたままたんたんと無機質な声で話し続ける。
「余の国である東国は海を隔てた向こうにある小さな島国。海という自然要塞のおかげであまり大陸からの干渉は受けなかったが、その分交流も浅い」
本の影響で国が乱れている間でもこうして王自ら海を渡ってやってこれるくらいには外からの干渉は薄い。
「軍事面では大陸の国の力に到底及ばぬ。貴殿の国のような大国に攻められたら一環の終わりだ。だから余は大陸の国と縁を結び、交流を活発化させ自国をより強化しようと考えた」
「それだけではないでしょう」
宰相は口を挟む。
「聞いた話では東王がまだ成人になっていないため実際の権限を握っているのは生母、王太后だとか」
東王の体がピクッと動く。
「東王が成人するまで王太后が国を動かし、東王は未来の王という象徴として存在する。……ですが王太后がいる限り政で自由に発言ができず操り人形になっている東王自身はその現状に不満がある」
なるほどなと王様も納得する。
「つまり混乱の責任と人質との交換条件で我が国と縁を結び、いざというときの自分の後ろ盾を作ろうという腹づもりか。母親と敵対した場合のな」
「東王自身が直接陛下の元に乗り込んできたのもおそらく自分の周囲にはほとんど王太后の手のものしかいなく、使者として信頼できるものがいなかったためでしょう。自分の力で自分の道を少しでも切り開く、信念としては立派ですが相手を間違えましたね」
宰相の言葉に小刻みに震える東王。その様子を見て元国王はまぁまぁと手を振る。
「これ以上いじめたって可哀想ですよ。少し休憩にしませんか?」
「いじめてはいない、追求しているだけだ」
「陛下や宰相のお二方に睨まれては大の大人だって腰抜かしますよ。それを俯きながらもあのように地に足をつけながら耐えているのですから東王はご立派です」
元国王は東王に近づくと懐から手ぬぐいを取り出し、涙で濡れる東王の顔を優しく拭う。東王は多少のプライドがあるのか元国王の手を払おうとするが元国王はそれをうまく交わしながら顔をふき取った。
「少し外へ出ましょうか。天気もいいですし気分も晴れますよ。その後は東王の家臣の方へお見舞いに行きましょう」
元国王の提案に東王は慌てる。
「だ、だがまだ返答が」
「今日明日すぐに返答できる内容ではないでしょう。陛下とて考える時間は必要です」
そう言うと元国王は壁の飾りとなっていた少女にも声をかけた。
「一緒にいきませんか? そこにいてもお暇でしょうし」
「いいんですか?」
「はい、アナタなら大歓迎ですよ」
一ファンとしてという言葉は胸にしまっておく。
元国王たちのところまで走ってきた少女は、何かひらめいたようにポンと手を叩いた。
「ならあとで私の部屋で私の本を読みますか? 市販本だけでなく作成中のネームや原稿があるんですよ」
編集者がいないので第三者の意見がほしくてという少女のお願いに元国王の瞳が輝いた。
「それはぜひ――」
「それはやめろ、東王が可哀想だ」
黙って聞いていた王様の忠告に、元国王は至極残念そうに肩を落とした。




