私の本を見て下さい
「私の本を見て下さい」
謁見の間にて少女がそう言いながら原稿の束を差し出すと、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は原稿の端に小さく書いてあるタイトルに一瞬手を止めたが、その直後には何事もなかったかのように受け取った。
「これはまだ発売していないものだな?」
王様の質問に少女は素直に頷く。
「うん。王様短編集第二巻」
つまりはまだ誰も未読の純愛本の原稿だ。
「なぜ我に?」
「五代目編集者がまだ返ってこないからどうすればいいか出版者に問い合わせたら 『手が空いている人がいないから、王様が許可したらそのまま印刷所に持っていってくれ』 って言われちゃって」
「我はお前の担当編集者ではないのだぞ」
愚痴をこぼす王様だが、手はちゃんと原稿を一枚一枚めくっていた。
「ネームはすでにオッケーもらっているから」
「そういう問題ではないのだが」
「あ、アレなシーンはちゃんと王妃様と側室様たちに――」
「そういう報告もいらん」
なんだかんだ文句言いながら読み始める王様に、ちょうど謁見の間に来ていた元国王が羨ましそうに原稿を見つめる。
「いいなぁ……私が担当になれるならなりたいよ」
「お前は自分の領地管理があるだろうが」
「息子に譲ってしまおうかな」
冗談かと思ったが目がマジな元国王に王様の頬がひくついた。
元国王はいきなり少女の手をとり真剣な眼差しを向ける。
「お嬢さん」
「な、なんですか?」
年齢不詳のイケメン紳士に間近に迫られ、少女は思わず頬を赤く染めた。
「お願いがあります」
心を射抜くかのような力強い視線に少女の心臓はいつも以上に早鐘を打つ。
「私を新しい担当にどうですか?」
「出版社に就職して下さい」
少女から表情は消え、目は半眼になった。
「その前に自分の仕事を放棄するな」
王様が近くにあった書類を丸めて元国王の頭を叩く。王様と少女の二人に責められて元国王は肩を落とした。
「誰よりも先に生原稿が見られるかと思ったのに」
「お前の場合は確認ではなく熟読になるだろうが」
王様に睨まれ元国王は渋々少女から離れた。少女はどうしてこうなったと虚空を見上げる。
それまで静かに成り行きを見ていた宰相が一つ小さく咳払いをした。
「そろそろ本題よろしいでしょうか?」
「まてまだ読み終わっていな――」
「あとにして下さい」
宰相が王様から原稿を取り上げた。手持ちぶさたになった王様は仕方なく宰相に向き直った。
「東国のことだな」
宰相は神妙な顔つきで頷く。
「諜報部隊から連絡があり、使者がもうすぐこの国に到着するとのこと」
「やはり来たか」
すでに覚悟していたのか王様はわかっていたかのように返事をした。
「で? 潜入した部隊はどうなった?」
宰相は小さく首を横に振る。
「悔しいですが向こうの隠密は格が違いますね。ことごとく追い出されました」
「私の私兵も送ってみましたが編集者がいるらしき箇所まで特定することはできませんでした」
申し訳ありません王様と頭を下げる宰相と元国王に王様は構わんと手を振る。少女が天井を見上げながらポツリと呟いた。
「五代目編集者は無事なのかな」
「心配するな。向こうだって手荒な扱いをすれば外交問題になることくらいわかっている。問題決着に目処がつくまでは生かしておくさ」
「だといいけど」
どうにも表情が暗い少女を近くに呼び、王様はその手を握った。
「お前の担当は必ず我が国に連れ戻すから安心して待っているといい」
小さく頷く少女に、王様は目元を緩ませる。
四代目までことごとく屠ってきた人がぬけぬけと言いますかと宰相は思ったがこの場で口にするのは場違いなので沈黙を貫いた。そもそも出版社の編集者が不足して少女が困っている原因作ったのも王様である。
宰相からの痛いほどの視線に王様は冷や汗をかきつつも気づいていないフリを続けた。
と、そのとき扉を開いていつもの若い騎士がやってくる。敬礼するなり珍しくその場で声を上げる。
「ご会談中に申し訳ありません陛下」
はきはきとした心地よい声が謁見の間に響き渡る。
「許す。用件を言え」
「東国の使者がやってまいりました……のですが」
「どうした?」
語尾を濁した騎士は少し視線を外に向けたあとやがて覚悟を決めたかのように表情を引き締めた。
「使者の方というのがその――」
「この国の王はここか!」
騎士の声を遮るかのように子供のような甲高い声が謁見の間に響いた。
なんかまた聞き覚えがあるかのようなシーンがと思いながら少女が振り向くと、そこには全身を華やかな衣服で纏った幼い少年が衣装を引きずりながら堂々とこちらに向かって歩いて来た。なんか少し怒っている様子だ。その後ろからこの国の兵とは違う変わった鎧を来た家臣らしき人が慌てて走ってくる。
「若! 他国の城で失礼な言動をなされては!」
「先に失礼なことをしたのはあっちだ、そんな国に礼を守る必要はない! あと俺はもう若ではない!」
どう聞いても王様に失礼な発言に家臣らしき人の顔がサッと青ざめる。
「若?」
なんかヤのつく人の後継者みたいな呼び名だなぁと少女は思いながらも王様からそっと離れて成り行きを見守る。なんとなく王様のほうに視線を向ければ、なんだかものすごく嫌そうな顔をしていた。
「まさか貴殿が直接乗り込んでくるとはな……」
王様の横では元国王が苦笑いをし、その反対側では宰相が呆れた顔で少年を見ていた。
「よく来たな東国の王――東王よ」
王様の台詞に謁見の間が一斉にざわついた。少女も驚きのあまり飛び跳ねる。
「この子供が王様ぁ!?」
「子供言うなおん――!?」
少女の言葉に少年である東王は歩きながら怒鳴り――盛大な音とともに障害物も何もない平坦なところでつまづいて転んだ。東王の顔と床がぶつかる鈍い音が周囲に響く。
なんでそんなところでと謁見の間に来て一度も転んだことがない少女は思ったがなんてことはない。自分の足より長い衣服に足をとられて転んだだけである。そら私でも転ぶわと少女は納得した。
「…………」
静寂が訪れた空間で、しばらく動かないでいた東王は突如勢いよく起き上がった。
「よ、余は痛くないぞ!」
「額と鼻先を真っ赤にして目に涙を浮かべているようだが」
「泣いてないからセーフだ!」
王様の指摘に東王は声を大にして答えた。追いついた家臣が慌てて東王を介抱する。その様子を見ていた王様が手をあげると瞬時に救急箱を持ったメイドがどこからともかく登場し、東王を手早く手当てし去っていった。無駄のない動きと作業の早さに東王と家臣が呆気にとられる。
王様はメイドが消えたのを確認してから口を開いた。
「それで? 連絡もなく王自ら突然の訪問とは一体どういうことなのだ?」
王様の質問に我に返った東王は大きく息を吸うとビシッと王様を指差し、
「謝罪を要求する!」
そう堂々と言ってのけたのである。




