私の本の担当編集者が
「私の本の担当編集者が――!?」
謁見の間にて少女がそう言いながら顔を上げたとき、玉座に偉そうにふんぞりかえっているはずの少々お歳を召したイケメン王様は爽やかな笑顔で少女の本を読んでいた。
そう、少女が描いた純愛本を。
「どうした? 何か言いかけたが」
「……えっと……」
少女は目の前に入った光景が信じられなくて、王様の隣にいた宰相に声をかけた。
「なんで王様、ご乱心することなくあの本読んでいるというか読めているの?」
「ちょっと教育したら想像以上に効いてしまいまして」
宰相は頬を掻きながら少し言い辛そうに話す。
「どれも話の完成度は高い本ですからね。何度も読み込んだら陛下も感情移入したらしく本自体に抵抗がなくなったようです」
「なくなった」
「さすがにアレな部分は読み飛ばしているようですが」
宰相はどこか遠い目をした。
「諜報部隊を私用に使いすぎなのですよ。出版社から人がいなくなるとクレーム来てますし、諜報部隊からも罪もない一般人に手をかけ続けるのはちょっと、と愚痴が出てますし。それを止めるために強行手段を用いたのですが……なかなか調整が難しいですね」
「はぁ……なんだかよくわからないですがご苦労様です」
どこか疲れたような様子の宰相に少女はとりあえず労った。その話を聞いていた王様がムッとした表情を作る。
「お前ら我が王だということを忘れていないか?」
「忘れていたら陛下の隣に立っていませんよ」
何の悪気もなくしれっと答える宰相に王様は諦めた様子で肩を落とす。そして自分を見上げる少女に向き直った。
「お前もストーリーがこれだけしっかりしているのだから、少年少女でも読めるような本を作ればもっと沢山の人間に読まれるだろうに」
少女はどこか遠い目をした。
「恋愛話のプロット考えたりネーム描いているとどうしてもそっち行っちゃうのよね……」
「お前の趣味も難儀すぎるぞ」
「う……自覚しているからそれ以上言わないで」
嫌々と頭を抱えながら首を左右に振る少女に、王様は呆れた表情を向けた。
二人の様子を見ていた宰相が最近少女の後ろにいた人物がいないのにようやく気づく。
「あの助手の方は?」
「なんでも用事を思い出したそうでお爺さん連れて一時帰国したよ」
少女の言葉に宰相は苦い顔をした。
「そのような報告受けておりませんが」
珍しく不機嫌な感情をあらわにする宰相に王様は小さく吹き出す。
「ま、本人はいろいろ学べることがあったようだからいいのではないか」
「急でしたからおもてなしもおざなりですし、手土産もなにも持たせていませんよ」
「向こうにとっては十分すぎるほどの土産を貰ったらしいがな」
そう言って王様が差し出した一通の書状は少し前に届いた女王からのものだった。
「感謝の言葉が長々綴られている。どうやらあちらも自分の孫のことはずいぶんと悩みの種だったらしい」
「では恩は作れたということですか」
「なかなかにでかい魚を釣れたようだ」
久々に不敵な笑みを浮かべる王様に、宰相はいつもの調子が戻ってきましたねと口元に笑みを浮かべる。
なんだかんだ言いながらも信頼し合っている主従のような雰囲気を出す二人を見て、少女は王様と宰相の本もいつか作りたいなと思う。二人並ぶととても絵になるし。宰相に何されるかわからないからネームすら怖くて作れないが。
王様と宰相をジッと見ていると、その視線に気づいたのか宰相が少女に向いた。
「ところでさきほど何か言いかけたようですが」
「あ、そうそう」
思い出したかのようにひとつ手を叩いたあと、少女は尋ねた。
「私の本の担当編集者が行方不明なんだけど知らない? 五代目の人なんだけど」
宰相は王様を見た。王様は高速で首を左右に振った。
「五代目には手をつけていない!」
「には?」
少女の問いかけに王様は慌てて口を閉ざした。代わりに宰相が口を開く。
「こちらは事情を把握していませんね」
「そう」
少女はがっかりして肩を落とす。
「もう帰国してもおかしくないんだけど帰って来るどころかいまだ連絡すらないの」
少女の話を聞いて宰相の眉間に皺が入る。
「確か聖王国と東国に出張しているのですよね?」
「うん。東国行って聖王国行く予定だったんだけど東国着いたっていう連絡貰ってからぷっつり」
王様が顎に手を添える。
「東国で何かあったな」
「やっぱそう思う?」
少女は不安そうな顔をする。
「もう何日も連絡がとれていないの。出版社も今はそちらに回せる編集者がいないと言うし、本の製作が滞ってしまって」
「今は何を描いているのですか?」
「思ったより人気だった王様短編集第二巻」
一瞬だけ王様の表情が硬くなったが、すぐさま優しい笑みを浮かべた。不安げな少女を少しでも安心させるよう少女の手を強く握る。
「こちらでも行方を調べてみよう。お前はお前のできることをして大船に乗ったつもりで待っているといい」
「うん、お願いします」
手を放した少女は頭を下げ、ふと思い出したかのようにまた頭を上げた。
「ところで私の処女作はまだ?」
王様は微笑んだ。内心の動揺を隠すかのごとく。
「元国王の妹の娘の旦那の姉が借りているらしい」
「またその流れ?」
ちゃんと取り戻しておいてよと言い残して少女が扉の向こうに去って行くのを見届けて、宰相は口を開いた。
「いつの間に元国王に話を通しておいたのですか」
「時間稼ぎのために相談したらあっさり許可してくれたぞ」
「見返りは?」
王様は天井を見上げた。
「国外限定販売の我の短編集三十冊すべて初版」
「やはり」
相変わらず抜け目あるようでないですねあの人と宰相はどこか遠くを見るような目つきになる。
そして少女が持ってきたもう一つの問題。
「編集者の状態次第では外交問題になりますね」
宰相の言葉に王様が渋い顔になる。
「外交問題というか……こっちがすでに事を起こしているというか」
「どういうことです?」
宰相の質問に王様はさきほどの女王の書状を見せた。受け取った宰相はそれを最初から順に読み、最後の追伸のところで固まる。
「『どうやらお探しの秘蔵の本は東国へと渡ったようです』……ですか」
「そこに同じ絵柄の本を持った編集者が売り込みに来ればどうなると思う?」
処女作が元隣国に与えた影響を思い出し、宰相はどこか虚ろな表情で返事をした。
「私なら拘束して事情を聞きます」
「おそらくあの国でも同じことをしているはずだ」
王様はでかいため息をついた。
「どうするのですか」
「どうしようか」
頭を抱える王様に過去にも同じやりとりしましたなと宰相は額を押さえた。




