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私の本をもう一度受け取って下さい

「私の本をもう一度受け取って下さい」


 謁見の間にしてそう少女が何やら真剣な表情で本を差し出すと、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様はもう一度という単語に嫌な予感を覚えつつも嫌々受け取った。


「もう二度と足蹴にしないと約束してしまったからな」

「というかネームも本も足蹴にしてはいけないと思う」

「お前が思わず足蹴にしたくなるようなものしか持ってこないのがいけないんだろうが」


 自分の出来を棚に上げるなと言わんばかりに王様は怒った。その怒りの視線はそのまま少女の後ろに向かう。


「で? なんで助手までいるんだ?」


 少女の後ろに助手が控えていた。


「いけませんか?」

「そっちの目的はもう果たしただろう」

「目的とは別に他国の文化を学ぶため長期間滞在予定でしたので」


 若干不機嫌になる王様に、助手は口元に笑みを浮かべる。


「それと祖母にこの国の本(純愛本)を送ったら大変喜ばれまして」


 聞き捨てならない台詞に王様は耳を疑った。


「送ったのかアレ(純愛本)を!?」

「『他の人にも貸したら欲しいという声が多いので、こちら(女帝の国)でも販売できないかしら?』 と打診されたので出版社と交渉中です」


 固まる王様を尻目に、助手は少女に頭を下げる。


「師匠、ありがとうございました。販売中の本を全巻いただいて」


 少女はまた慌てて掌を振った。


「そんな頭下げなくていいよ! まだ手元に数冊ずつあるし」

「でも助かったのは事実ですから。どこの書店でも王様の純愛本第一巻目以外売り切れでしたので祖母を悲しませるところでした。すべての本にサインまで書いていただいて祖母もとても感謝しています。今度ぜひ我が家へお越し下さいと文に書いてありました」


 助手の言葉に少女は照れくさそうに笑った。


「えへへ……助手くんの家ってどんな家なのかな? 楽しみ」


 家ではなくて城ですが、とは宰相は口にしなかった。

 宰相の隣にいる王様は 「我ではなく純愛な我が先に女王に会ったのか……我ではなく……」 と憔悴しきった様子で頭を抱えていた。


「王様、なんかしょげてないで渡した本を読んでみてよ」


 少女のお願いに王様はこれ以上我を追い詰めないでくれと心底願いながら受け取った本を開く。


 十五分後。


「これは……我の英雄譚……?」


 中身を一通り読み終わった王様の一言がそれだった。


「いや、だが前にネームとして読んだものとはずいぶん中身が」

「前に見せた英雄譚のネームを子供でも読めるように中身を読みやすくして内容も簡略化したの」


 驚く王様に少女はドッキリ成功と胸を張った。


「前に言ってたでしょ? 元国王と元王子の本が当人たちの知名度低くて売れてないって。助手くんの国でもあの本(純愛本)を販売するとなると王様の知名度もあげておかないとみんな本を手にとってくれないかなって思って」

「王様就任後からの出来事や功績も有名なものに絞り、王様の性格が前面に出るような内容にしました。王様の実績を知りたいのは(まつりごと)に関わる人たちですが、民衆はそれより人柄を知りたいものですから」

「って助手くんに言われて助手くんと五代目編集者監修の元に作ったの」


 四代目編集者はいつの間にか入院しちゃったんだよねと少女は首を傾げる。


「王様の許可が出たら王様のことを知らない助手くんのお婆さんに送って反応を見る予定なんだ。それ次第で向こうで販売するかどうか決めようってことになったのよ」


 お婆さん(女王)はすでに中身アレな本全巻見てますが、とは宰相は口にしなかった。


「これがもしあちら(女帝の国)で成功すれば元国王バージョンも作り国内外に販売する予定です」

「元国王と元王子の本、個人的にかなり気にいっているから元隣国領地以外でも手にとって欲しいんだよね」


 王様は笑顔の少女と事務的に語る助手を見た。冗談を言っている様子はない。本当の話のようだ。

 王様は感動に打ち震えた。


「わ、我の……我のまともな本がようやく出るのだな!」

「ごめんね。すごく待たせて」


 眉を寄せながら謝る少女に、王様はブンブンと首を左右に振る。

 王様の中身アレな本が出てからどれくらいの月日が経ったのだろう。その間にいろいろな視線が王様を攻撃し苦しませてきた。だがもはやそれも今日で終わりだ。この本が広まればまた昔のように尊敬や親しみのこもった眼差しが王様に降り注がれることだろう。

 王様にとってこの英雄譚は登場を何年も待ち焦がれた本のように感じた。ようやくまともな内容の自分の本を世に送り出せるときが来たのだ!


「我は今、この胸の高鳴りをうまく言葉にできない……」


 よかったですね王様と謁見の間にいた家臣一同も思わず涙する。


「で、内容はどう?」

「問題ないぞ! これなら誰もが読みやすく理解できる本になるだろう」

「よかったー!」


 喜ぶ少女に助手もよかったですね師匠と笑顔を見せる。


「それで? 国内ではいつ販売になるのだ!?」


 わくわく顔の王様の質問に、笑顔だった少女の顔に影が差す。


「な、なんだ? どうした?」

「国内では販売しない予定なの」


 わくわく顔のまま王様が固まった。


「な、なぜ?」


 さきほどと違って少々涙目になっている王様に少女が申し訳ない様子で頭を下げる。


「国内はすでに王様のことみんな知っているし、歴史の授業でも学ぶから販売しても売れないだろうって」


 助手も困った顔で苦笑いする。


「知っていることをまたあえて知ろうとする人なんてよほどの王様のファンでもない限りは……」

「もちろん買ってくれる人たちもいるだろうけどおそらく数売れなくて採算合わないから国外向け専用になりそうって五代目編集者が」


 助手と少女の言葉に王様はまたプルプル震える。さきほどとは違う意味で。


「まさか前に英雄譚の進行を尋ねたとき渋っていたのは」

「前の編集者たちからも英雄譚はねぇ、って苦い顔されてたの。だから王様に販売できないってどうやって言おうか困ってて」


 王様は天に向かって吼えた。


「なんでいつもこうなるのだぁぁぁあああああああ!」





 すっかりしょげて床に蹲った王様とそれを必死に慰める少女を離れたところから見つめながら、宰相は自分のそばに来た助手に小声で尋ねる。


「それで、秘蔵の本の件はどうなりましたか?」

「女王陛下からの返書です」


 助手が差し出した書面を受け取り、宰相は中身を見る。一通り文面を見たあと顔を手で覆った。


「またこのパターンですか」


 小さくため息をつく宰相に助手の片眉が上がる。


「また?」

「いえ、こちらの話です」


 余所を見ることで助手からの視線を避けながら。


「『遠い親戚筋の旅好きの女性が勝手に持って行ってしまった、今どこにいるかわからないから連絡とれるまで待ってくれ』 ですか」


 これはまた時間かかりそうだと宰相は額を抑える。

 視線を動かして王様を見ればまだ蹲っており、慰めるのに疲れた少女がメイドから飲み物を貰って休んでいた。


「私も陛下のように叫びたい気分ですよ」


 変に高い自分のプライドが恨めしいと宰相は思った。

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