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私の本がまた増えました

「私の本がまた増えました」


 謁見の間にてそう少女が報告すると、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は自分のそばにある本に目も向けず諦めた様子で天井を見上げた。


「知っている」

「今度は前回の反省を生かして無理をせず続刊のみのニ冊にしました」

「ニ冊」

「王様の三巻目と、ご婦人方に大人気の王様三つ巴の二巻目――」

「なんで我が出ている本だけなのだ! というかご婦人方に大人気とはなんだ!?」


 我慢しきれず王様は吼えた。


「なんでもご婦人方から来る感想ハガキの大半が三つ巴なんだって。昼ドラもどきでもこの国の一定層に人気あるんだね」

「昼ドラ……? いや、いい。説明せずともなんとなく意図はわかった」


 口を開こうとした少女の口がまた閉じた。


「それでなんで続刊が我の本だけなのだ」

「四代目編集者いわく 『元国王と元王子の本は元隣国領地くらいしか売れ行きがよくないから、どこでもよく売れる王様関連の本に力を入れましょう』 って」


 王様の脳内ブラックリストにある名前に赤く二重線が引かれた。

 少女の近くにいた元王子が不満をあらわにする。


「父上の魅力がわからないとはこの国もまだまだだな」


 少女も同感とばかりに頷いた。


「紳士キャラって絶対受けると思ったんだけどなぁ。元は王様で息子と双子かよと言わんばかりの瓜二つで見た目年齢不詳のイケメン貴族とかいろいろネタ詰め込み過ぎでしょ」


 それともこの国には貴族がいるから紳士が多いのかと頭を悩ませる少女に、少女のそばにいた人物が口を開いた。


「師匠、知名度の問題では? 実物が出る本というのはやはり現実と本とのギャップも受ける要素の一つかと思います」

「そう思う? 助手くん」


 少女がイケメンの若い青年――助手に振り向く。頷く助手の背後には老齢の男性が目元に皺を寄せながら少女と助手を見ていた。

 その様子を玉座から眺めて王様はどうしてこうなったと天井を仰ぐ。そんな王様に多少同情の眼差しを向けつつ、宰相は少女に質問をした。


「助手くんというのは?」

「私のアシスタント――助手だから助手くん」


 少女がドヤ顔で答える。隣の助手はそれでいいのか特に不満をあらわにしている様子はない。


「だってお忍びで来ているから名前は教えられないって言うからさ。執事のお爺さんはいるし言葉遣いやしぐさがなんとなく上品だからどこかの貴族の人だと思うのだけど」


 貴族どころか他国の王族ですとは王様も宰相も口には出せなかった。


「それでどうして助手になるという経緯になったのだ?」

「四代目編集者が 『あなたにぜひとも会わせたい人がいる! 頼む、私の命がかかっているんだ!』 ってよくわからないけどすごく必死だったから会ったらこれまたすごい人でさ。私のトークについてこれるわ、絵の知識はあるわ、絵は上手いわ、私の本に興味津々だわで私の本のアシスタントにする人はこの人しかいないってビビッと直感が!」


 確かにすごい人だと王様と宰相は揃って頷いた。主に少女のアレな話についてこれるだけの知識とアレな本に興味があるという二点において。


「ダメ元でアシスタントお願いしたらまさかのオッケーもらっちゃって。それでネームとか書き方とかいろいろ教えたらすぐ覚えて続刊作りを手伝ってくれたの!」

「師匠にはいろいろ学ばせていただきました」


 頭を下げる助手に少女は慌てて掌を振る。


「私だって助手くんがいなきゃこんな短期間でニ冊なんて作れなかったよ」


 そして無愛想にこちらを見ている元王子に笑顔を向ける。


「元王子も消しゴム駆けとか枠入れとかの作業を手伝ってくれてありがとうね」

「やることがなかっただけだ」


 元王子は王様のそばまで近づいた。少女や助手に聞こえない程度の声で王様に話しかける。


「俺があいつの護衛につく必要はないんじゃないか?」


 不満げな声に王様の片眉が上がる。


「言っただろう、あの二人があいつに何をするかわからないから護衛として頼むと。お前ならあいつと顔見知りな上に武術の心得もあるからな」

「同じ条件なら王弟殿下がいただろ」

「あっちは調子に乗りすぎたから懲らしめたら入院した」


 元王子は呆れた顔で王様を見たが、王様はそっぽを向いてスルーした。


「それにしても何かを作るというのは楽しいものですね」


 助手が少し楽しそうに話し出す。


「自分が作ったものが民衆の手にとられ、人と楽しそうに語られる姿を見るのはなんだか誇らしいです」

「だよね。時々大変だと思うときはあるけど感想ハガキとかで続刊待ってますって期待されるとまた頑張ろうって元気が沸くんだ」


 少女は笑顔で返事をする。そんな少女を見て助手はふと顔を曇らせる。


「でもよくあのような本を出そうと思いましたね。女性には人気のようですが男性からは批判も少なくないとか」


 少女は苦笑いする。


「それはそうだよ。私だってあの本を出したばかりのときは王様に散々文句言われてネームだって何度もボロボロにされたもん」


 今も文句言っていると思いますがと宰相は思ったが口には出さなかった。


「ああいうのはダメって思う人が多いのはわかってる。中身がアレだから目立つし。褒められたり批判されたりするのはどこで本を出そうが付きまとうと思うよ」


 助手の表情に一瞬影が差す。老齢の男性は心配そうな様子を、王様は鋭い視線を助手に投げた。


「……それでも続けるのですか?」

「応援してくれる人がいるからね」


 少女は笑う。嬉しそうに。


「私は私の本に出てくれる人にも感謝してる。だからその人の人となりや過去に起きたことをしっかり調べてお話に組み込むようにしてるんだ。私のそばにいる人たちはこんなにすごくて、かっこよくて、面白くて、私の本に出てもいいよって言ってくれるいい人たちなんだって。こんなにいい人がこの国をよくするために毎日頑張っているんだって少しでも多くの人たちに知ってほしいの」


 助手は知っている。少女が作った人物取材メモとかかれたノートは王様の分だけでも何十冊とたまっている。少ない人でも十冊近くは用意されていた。

 また王宮のことや貴族の風習など必要な資料も山のように読み込んでいる。おそらく知識だけならばそこらにいる貴婦人よりも少女のほうが詳しいだろう。


「でも私にできることはそれくらいしかないから。本当はもっと他の方法があればよかったんだけど」

「師匠……」

「まあ中身がアレな本(純愛本)しか作れないのが辛いところだけどね」


 困った顔でそう少女は言う。子供向けを作って王様に真っ二つにされた記憶はまだ新しい。


「それでも読者に求められる限りは続けたい。ううん、私が続けたいからやるんだ」


 そして続けたからこそ元国王のように男性でも楽しんで読んでくれる人がいる。感想ハガキも女性だけでなく最近は男性からの応援もちらほら入ってきて少女はすごく嬉しかった。

 助手は俯いた。表情が隠れて見えないが、両手にできた握りこぶしが小さく震えている。


「師匠はすごい人だ」

「そうかな? 自分ができることをやっているだけだよ」


 少女は平民どころかこの国の、この世界の人間ですらないから。処女作を返してほしいと訴えていたころは無駄飯食いの邪魔者扱いだったから。周りに知り合いや味方が誰もいない孤独を嫌というほど味わったから。


「自分の力で自分の居場所をしっかりと作っておきたいんだ。自分が必要とされている場所を」


 何の因果か突如やってきた異世界だが、この世界でも自分は生きているんだという証を刻んでおきたいと思う。今の自分ができることを精一杯やって。





 次の仕事があるからと早々に扉の向こうへ消えていった少女を見送ったあと、王様が口を開いた。


「これで満足か?」

「満足どころか改めて師匠の偉大さに感動しているところです」


 そう言って顔をあげた助手の頬は少し湿っていた。


「師匠は凄いですよ。暇があれば資料集め、人物取材の資料は並大抵の量ではない。そして綿密にプロットを練る。ネームでの演出もどう読者が楽しめるか、感動できるかを常に研究し模索している」

「あの父上がファンになるだけはある」


 そこは認めていると元王子も頷く。


「男尊女卑の国であのような本を作れる人物とはどんな人なのかと興味を抱いてやってきましたが、あの人ならば、いえあの人だからこそできるわけですね」

「あいつは負けず嫌いで根性は人一倍あるからな」


 そう言って王様は苦笑する。

 出会ったばかりのころは王様も少女に対して冷たい態度をとっていた。異世界から来た見知らぬ格好をした人間。政のために得られる知識はあるかと思ったが話を聞いても特になく、あとは野となり山となりどこでも行けとばかり放置した。処女作の価値に気づいてからは態度を軟化させたけども。

 だからだろうか、今は仕返しとばかりに自分がアレな本のせいで散々な目に会っているが。

 助手は小さくため息をつく。


「私も師匠のようになれるのだろうか……」


 自分の国は女尊男卑の国。祖母である女王陛下がもし亡くなったら、唯一の直系血族である男の自分はいかように振舞えばいいのかと子供のころから長年考えてきた。そしてその答えはいまだに出ていない。

 この本の作者に会えばその答えが見えてくるかもしれないと藁にもすがる思いでこの国までやってきた。そして少女の強さを見て自分も欲しいと思った。自分もその強さがあれば祖国でももっと堂々と振舞っていけたかもしれないのにと。

 顔も体型も隠すことなく、女ではなく男として表舞台に立てたのかもしれないと。

 少女が出て行った扉をただただ見つめる助手に、王様は口を開いた。


「幼いころから教えられてきた常識や価値観というものは大人になっても早々変えることはできないものだ」


 王様も国のために生きている、いや生かされている人間だ。国のため、政のためになることが一番。それ以外は二の次だと教えられてきた。その方針は間違ってはいないが、確実ではないことくらいは長年生きていれば嫌でもわかる。


「だがすぐは無理でも少しずつ変えていくことはできる。未来のためにどうすればよいかは今するべきことではないのか?」


 王様の声に気遣うような様子が感じられて、助手は思わず王様の顔を見た。


「そう、ですね……」

「なにも焦らずともよい。人はそれぞれのペースがあるしできることも限られている。困ったり躓きそうになったら遠慮なく周りと相談し、助けてもらえばよい」


 王様は助手の背後にいる老齢の男性に視線を向ける。王様につられるように助手も背後を向いた。

 さきほどからずっと、いや子供のころからずっと助手のそばにいてついて守ってきてくれた老齢の男性を。


「お前は一人ではない。一人で抱え込む必要はないのだ」


 王様はそういって珍しく微笑んだ。隣の宰相が驚いて、そして口元を綻ばせる。

 そんな様子を見ていた元王子も口を開く。


「もし逃げたくなったらあの女のところにいけばいい。ずっと助手としていてくれないかと常々言っていた」

「……ありがとうございます」


 そうお礼を言う助手はなんだか嬉しそうな泣きそうな複雑な顔をしていた。

 反対に王様が渋面を作る。


「あまり面倒ごとは持ち込んでほしくないが」

「あの本と女がいる限りそれは無理だろ」


 元王子の言葉に誰からも反論はなかった。

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