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私の本が増えました

「私の本が増えました」


 謁見の間にてそう少女が報告すると、玉座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は嫌々ながら手元に積んである本に視線を向けた。


「把握している。新刊もあるそうだな」

「王様の純愛本の続刊と、元国王と元王子の新刊と、王様と元国王と王弟殿下の三つ巴」

「待て」


 王様から制止が入った。


「一番目は嫌だが、嫌・だ・が・諦めている。二番目は意外だが、最後は一体なんなのだ!?」

「新しい編集者の意見」


 驚愕する王様に少女は真面目に答えた。


「三代目の編集者が急に入院して今は四代目編集者なんだけど」


 三代目意外としぶとかったかと王様は舌打ちした。


「ペアだとありきたりだからもう一人加えて少し話を泥沼化してみましょうかって提案されて作ってみたの。王様を巡って元国王と王弟殿下が――」

「いやいい、それ以上言うな頼むから」


 頭を抱えつつ、王様は脳内ブラックリストに新たな名前を追加した。前回追加した名前には要追撃とマークする。

 王様の隣にいた宰相が口を開いた。


「それにしてもよく元王子が許可しましたね。なんでも許可した元国王はともかく元王子の性格としては本に名前が出ることすら嫌がりそうですが」


 少女は知らないが、秘蔵の本ならぬ処女作を悪魔の本といって毛嫌いしていた人物である。宰相の疑問は王様も同感だった。


「私も雰囲気的に断られるかと思ったんだけど 『あの本は相手が父上のみなら構わない』 って言われちゃった」


 嫌なこと聞いてしまったと王様と宰相の頬が揃ってひくつく。


「さっそくできた新刊を持って行ったら 『次も頼む』 って素直に受け取ってくれたよ」

「そ、そうか……」

「家族親戚一同楽しみに待っててくれた元国王にも五冊ずつ持って行ったら 『わざわざ持って来てくれるなんて嬉しいよ、ありがとう。できたらサインも貰えないかな? あ、今度持ってくるときは三十冊ずつ頼むよ。もちろんお金は出すから』 って言われたよ」

「三十……」

「王弟殿下にも持って行ったら 『読書用と保存用と布教用に五十冊頼む』 って追加注文された」

「あとで絞める」


 静かに殺気を放つ王様に宰相は生暖かい眼差しを向けた。


「けど続刊と新刊合わせて三冊も同時に出したから少し疲れたかも……」


 小さくため息をつく少女の顔を見れば肌が少し荒れて目に隈がうっすらできている。いつもとは違う気だるげな様子に王様は眉を寄せた。


「急いでいるわけではないのだ。無理はするなよ」

「うん。でもみんなから期待されているって思うと頑張らなきゃって思うよ」


 嬉しそうに語る様子からして忙しいこと自体は嫌がっているわけではなさそうだ。だが無理をしているのは明らかで王様は少し心配になった。


「本を作る際の人手が欲しいなら手配するが」

「んー……」


 少女は一瞬少し困ったような表情を作ったあと苦笑いした。


「どうしてもきついと思ったらお願いするよ。編集者も時間あれば手伝ってくれるし」

「そうか」

「ありがとう、王様」


 心からの感謝の気持ちを込めて微笑む少女が疲労のせいかいつもより少し儚く見えて、王様は一瞬目を奪われた。


「……ごほん」

「!」


 宰相のわざとらしい咳払いに王様が我に返る。


「な、なんだ? お前は風邪か?」

「いえ、いい歳した大人が頬を染めている姿を観察するのは趣味ではないので」

「何の話だ?」


 王様が首を傾げるが、気づいていないのかと宰相は呆れた顔を向けた。

 はっきりしない宰相に王様は片眉を上げるが、疲れた状態の少女をこのまま長居させるわけにはいかないと宰相を無視して少女に声をかける。


「早く戻って休むといい。体が資本なのだから」

「うん、わかったそうする」


 素直に頷いた少女は小さく頭を下げると謁見の間を出ていく。王様は扉が閉じられるまで少女の後姿を見つめ続けた。


「彼女が忙しくなったことで処女作のことを質問されずに済みますね」


 宰相の言葉に王様は複雑な気持ちになる。


「それはそれだ。我はあの本を取り戻すと約束したのだ。約束は果たさねばならん」


 宰相はやれやれと首を振った。


「陛下もずいぶん律儀なことだ。昔はそこまで真面目な性格ではなかったはずですが」


 王様は小さく鼻を鳴らした。


「我も歳をとって丸くなったのかもな」

「引退するには早いかと」

「誰もまだ辞めるとは言っていない」


 憮然とする王様に宰相は冷静をよそいつつ内心で安堵した。なんだかんだ言っているがこの王様の隣が自分の居場所だと決めている。他の者の隣に居座るつもりは宰相になかった。

 しばらくして扉側に立っていた若い騎士が声を上げる。


「陛下、女帝の国より使者が参りました」


 とうとう来たかと王様の表情が引き締められる。


「通せ」

「承知しました」


 少女が出て行った謁見の間の扉がゆっくりと開かれる。少しずつ現れる相手の姿に王様と宰相は呆気にとられた。

 使者は二人いた。片方は秘書兼護衛だろうか、少し体格の良い老齢の男性だった。だがその男性に添うように歩いてくる人物の姿に王様は盛大に顔を顰める。


「……顔を隠すとはどういうことだ」


 不満がそのまま口に出たのか、王様の声が一段低かった。

 老齢の男性の隣にいる人物はなぜか顔をベールのような布で隠していた。全身の服も布で覆うようなものを何枚か着ていて体格がわからない。かろうじてわかるのは老齢の男性より身長が低いことだけだ。

 不機嫌さを隠そうともしない王様に老齢の男性が深く頭を下げる。


「見苦しい姿で王様の眼前に立つことお許し下さい」

「訳を話せ」

「申し訳ありません。王様のお願いであっても今はまだお答えできません」


 老齢の男性は王様に臆することなくはっきりと述べた。

 不機嫌な王様に代わり、宰相が口を開く。


「今は、というのは?」

「不躾で恐縮ですが、実は王様にお願いしたいことがございます」


 老齢の男性は一呼吸置くと、ゆっくりと顔を上げ王様を真っ直ぐ見据える。


「この者を、女王陛下の血筋の者をこの本の作者に会わせていただきたい」


 そう言って老齢の男性が懐から取り出したものを見て王様は思わず固まった。


「なぜ国外の者がその本(純愛本)を持っている……!」

「この国の書店に売っておりました」


 老齢の男性はあっさり答えた。そりゃそーだと宰相は内心で舌を出した。


「大好評だそうですね。本を見れば初版からさほど月日が経っていないのに第十七刷と書いてあります」

「……ああ」

「街中を歩けばこの本について若いお嬢さんやご婦人方が楽しそうに話しておられました」

「…………」

「続刊と新作も出たそうですがどの書店でも売り切れで手に入りませんでした」

「探し回ったのかアレを!?」


 さすがの王様も我慢できずに突っ込んだ。

 初老の男性はそれには答えず違うことを質問した。


「王様が求めているこの国の秘蔵の本と手元の本は同じ作者ですね?」


 謁見の間の空気が一段と重いものになる。


「そちらからの書面には我が国の秘蔵の本など知らぬとあったが?」

「嘘ではありません。女王陛下は本当にその本の存在を知らないのです」


 白々しいと王様は内心で舌打ちする。元隣国の崩壊になった原因を知らないなど元国王と同じように賢帝とも噂される女王が知らないなどありえない。だが証明するものがこちらにはないのでそれ以上言及もできない。


「もしこの者の願いを叶えていただけるのであればその秘蔵の本の在り処、お教えしましょう」


 王様の射抜くかのような鋭い視線が初老の男性に突き刺さる。


「秘蔵の本は女帝の国にあるのではないのか」

「それ以上は私の口からは申し上げられません」

「あくまで条件を飲まねばならぬということか」

「こちらも訳あって遠路はるばるこの国まで参りましたので」


 初老の男性は王様の威圧に怯むことなく受け止めている。どうやらこれ以上何を言っても情報は引き出せそうにない。

 王様はそっと天井へ視線を逸らした。


「なぜ作者に会いたいのか、その理由を聞かねば判断できぬ」


 王様は白旗を上げた。初老の男性の表情がかすかに緩む。


「ならば――」

「よい、爺」

「!? ですが!」


 ベールの向こうから初めて声が聞こえた。その声に王様の威圧ですら動じなかった老齢の男性が初めて狼狽する。


「こちらから願い出るのです、私の口から話すべきかと」


 そう言って自身のベールを取る。現れた顔に王様と宰相、そして謁見の間にいた家臣一同は驚愕した。


「男、だと……!?」


 未来の女帝というからには女かと思っていた一同は驚きを隠しきれなかった。

 驚かれることを予測できていたのか、ベールから現れたイケメンの若い青年は動じることなくはっきりと答える。


「私が女王陛下の唯一の孫であり唯一の血族の人間です。見ればわかりますが女ではなく男ですが、ね」

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