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私の本を返して下さい

短編「私の本を返して下さい」の転載となります。

「私の本を返して下さい」


 そう少女が手を出して願い出ても、ゴージャスな衣装を着て王座に偉そうにふんぞりかえっている少々お歳を召したイケメン王様は冷たい視線を向けるだけだった。


「今は妃の従兄弟の嫁の妹が読んでおる」


 少女は思わず詰め寄って襟首をガッチリ掴んだ。

 わぁシルクって滑らかで手触りよくってキレー……なんて言うわけがない。


「ちょっと! この前は王様のはとこの彼氏の母親に貸してるから今日まで待てって言ったじゃない!」


 ここが謁見の間だということも忘れて少女は王様に怒鳴る。

 王様の胸元を掴んで持ち上げても王様は何の抵抗もしない。それどころか周囲にいる宰相や護衛であろう騎士たちも何も動かない。むしろ生暖かい目で見られてるような気がしていたたまれない。

 でもそれもこれもこの王様が悪いのだ。もう何ヶ月も貸したものを返さないこの王様が。


「いい加減私の本を返せ!」


 王様は自分の両耳に指を突っ込んだ。うるさいと思うならさっさと返せばいいのに。

 ふと顔を見れば少し苦しそうな表情をしていたので渋々手を放して距離をとる。少女から解放された王様は乱れた襟首を直しながら小さくため息をついた。


「王族に密かに読まれている秘蔵の本があると王宮内ではもっぱらの噂だ。それを聞きつけて盗みを働く者がいるようでな。返すように家臣の者が迎えを寄越せばいつの間にか手元にないと言いよる」

「……オイ」

「そう睨むな。我が王家に代々伝わる秘宝ならいざしらず、なんの身分もない平民の所有物なぞ我の口から命懸けでも守れなどと言えるか」

「王様なんだからそれくらいは言おうよ! 言ってみようよ!」


 痛い子を見る目で王様は玉座から少女を見下ろす。


「あの中身の本をか? 男の、王である我の口から?」

「ごめんなさい」


 ものすごく低い声でゆっくりと威圧をかけるかのごとく言うものだから、少女は怖くなってつい頭を下げた。

 そして我に返る。


「いやいやいや! あれ私の本ですから! 返してくれないと非常に困りますから!」


 少女は切羽詰っていた。


「あれ私の処女作ですから! ものすごく見られたくないんですがっ!」


 そう、漫画研究部にて回し読み用に作った漫画。趣味をこれでもかってほど詰め込んだ手書きの一冊。今年の漫画研究部の部員は全員女子だった。なおかつ皆同じ道に目覚めていた。

 それが少女の悲劇の始まりだった。


「まさか完成した直後に本ごと異世界に飛ばされるなんて聞いてませんよ!」

「しかも我の妃がお前が後生大事に抱えていたその本に興味を示して読み出さなければな」

「そりゃ後生大事に抱えますよ! 処女作ですもん! 中身アレですもん!」


 その趣味の人用に作ったのであって、その趣味に興味ない人やまったく知らない人に見せる用ではない。


「まさかとても穏やかでお淑やかで聡明な人が隈作ってまで何度も読みふけるなんて……」


 おかしい。処女作だからストーリーやコマ割りなんてめちゃくちゃの趣味丸出し本だったはずなのに。


「王室御用達本になるなんて」


 少女は悲嘆に暮れていた。


「早く続きを描いてくれと要望が出ているが」

「まず本を返してください。それから考えます」


 続きを待ってくれているというのは嬉しいがなんだかいろいろ複雑である。これなら王道ラブストーリーとかまともなシナリオにすればよかったと後悔しても後の祭り。


「とにかく、読み終わったら我に返すよう伝えてはある。また後日尋ねてくるがよい」


 シッシッと手を払われた。


「私ゃ犬か」


 少女はキレそうになったが残念ながら何の身分もない平民。無償でお城に滞在できているだけ幸運な立場である。王様から出ていくように言われたら素直に出ていかないといけない。騎士たちに強制退出されるのはもう勘弁だ。

 異世界に来て数ヶ月。未だに処女作は戻ってこないし、帰る方法すらわからない。タダ飯食らい続けるのも精神的ストレスになっているしもう諦めてこちらで漫画家としてデビューするべきか。需要があるうちが華とも言うし。

 毎日悩みの尽きない少女は鉛のように重い足を引きずりながら謁見の間を退出していった。





 王様と並べば眼福と少女に密かに思われている宰相は、少女が去った扉を哀れみの目で見ていた。


「彼女も可哀想に」


 心から同情する宰相に王様は口の端を上げて笑う。


「あの本のおかげで繋がりが弱かった王族の結束が強まったり、怪しい行動をしているものを窃盗罪で捕まえたりできるのでな。アイツには悪いがもう少し泳がせてもらおう」

「いい加減返さないと彼女に嫌われますよ。あんなに堂々と意見を言える女性なんて陛下の周りにまずいないタイプですからね」


 宰相の指摘に王様の表情が固まった。


「…………。考えておく」


 王様はため息をついた。

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