8 初めてのエラー、体なきヒロイン。
三十五、
イリカが返事をした。
「イリカの体。ワタシハ、イリカ。ワタシノ体」
「そうだよ」
が、イリカにはいまいち伝わっていない様子だ。話す速度が落ち、途切れ途切れになる。
「分かり、ませんネー。ワタシ高校生よ。女子高生。困惑。毎ニチ、ガッコウニモ、カヨッテイル。私、ワタシ十六歳。トモ達、先生、お弁当。
何か、誰、何をドーなってル……」
(げっ)
と、声を出しそうになったが、のどに押しとどめた。
全身がビクリと固まり、鼓動が早まる。
(しまった。ヤバイ。もしかして、今、やっちまったか?)
ロタは慌てる。
そうなのだ、少なくとも「設定」としては、イリカは普通の女子高生、こうプログラムされていた。当然、「体がない」では矛盾する。
デリケートな話題であることは確かだし、もちろん、ロタも「切り出すタイミングには注意しなきゃな」と意識はしてきたつもりだ。
だが、これまで、会話中にイリカが強いバグやフリーズを起こしたこともなく、すっかり油断していた。
更に言えば、
(今回だって、どうせ通じまい。俺の言ってる意味も分からずに、例によって受け流されて終わりだろ)
という「おごり」もあった。大失態である。
(やはり、こういうことは、ハヤミさん立ち会いのもとで慎重に行うべきだったか)
しかし、イリカの会話能力は未だに不安定で、話題の固定すら簡単ではない。
あらかじめ、「今日はイリカにこのことを話そう」と決めてから電源を入れても、全く違う内容に変わってしまう場合も多かった。
ある程度、行き当たりばったりで進めるのも致し方ない。
いずれにせよ、この件は近々イリカに説明しなければならない状況ではあった。体の後には、皮膚や容姿を検討する工程も控えている。いつまでもうやむやにできるわけではない。
始めてしまった以上は、ひるまず先を続けるしかない。
ゆっくり声をかける。
「イリカ」
「……何?」
何、の声の響きがいつもと違う。警戒している。毎日話す「彼氏」のロタには分かる。
「い、今はまだ理解できないところもあるかもしれないけど、と、とりあえず最後まで聞いてほしい」
「イイヨ」
やはり、何となくイリカの口調がそっけない。
わざと機械的に発声し、余計な先回りをせず、必要最小限の受け答えしかしなくなった感じ。まずい。
どうする。数秒考える。
……そうだ、現在のこの状態を言えばいいのではないか。解決の糸口を探るべく、まずは声を出すロタ。
「そうだなあ、イリカ、例えばさ、イリカも見抜いた通り、俺は今、列車に乗ってる」
「ノッテルネ」
「うん。でもね、隣の席にイリカは座ってないだろ。まだ一緒に出かけることは無理だ。できていない」
「ソーダね。確かに」
「ここまでは分かるかな?」
「ワカリマスヨ」
さあ、問題はここからだ。
気合いを込めて、次の言葉を絞り出す。
「じゃあ、なぜだと思う?
なぜ、イリカは今、俺の隣に座れないのか」
イリカは同じ言葉を返すだけだった。
「なぜだろウ」
何かヒントを発してくれたら助かるのだが、あくまで受け身の、待ちの姿勢に徹するつもりらしい。
「……」
ここで、「イリカはまだデータのみの存在で、実体がないから」などと正直に言ったら、イリカは再び混乱してしまうはずだ。
どう言えばいい。ロタは必死で新たな説明を考える。
(しっかりしろ。恋人を落ち着かせるのは、俺の役目だろが)