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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
71/83

69 イリカからロタへのお願い。

  百六十、


 白いカーテンで囲まれたスペースは、まさしく医者と患者が一対一で診察をする程度の広さであった。


 コンクリートの床は、他の場所と変わらぬ。ここだけに臨時のカーペットやシートが敷かれているというようなことはなかった。


 中央に、低い柱のような黒い物体。言わば台座であった。

 その台座の上に、胸像のようにイリカの外見の模型が載っていた。

 いや、模型は頭から腹までの区切りであった。ゆえに、胸像という表現は正確ではない。厳密には「半身像」である。


「身長は、俺より少し低いな」

 これが、ロタの第一声。

「もっとも、コレはマダ、あくまでモ仮の高サなんだヨネ。理想はコウでアリたいという」

 タブレット端末越しに、これがイリカの第一声。端末はロタの首から下げられている。

 ロタは端末から両手を放しており、この時、端末はロタの胸の位置にあった。よって、イリカの声も、ロタの胸の高さから聞こえてくる感じだ。


 ロタは答える。

「そうだね。実際のロボイリカは、まだ脚が相当な長さで、この上半身に取り付けると、身長は俺をかなり越してしまう。まあ、今後の改良が待たれるね」

「コノ上半身ニ、もう、下半身モくっつけられるノカナ?」

「ああ、それは出来るそうだよ。歩かせることも、腕や手や、首を動かすことも可能だ。ただし、顔の表情は、まだ動かせない」

「ジャあ、この上半身は模型というヨリ、ロボットそのものというコトだネ。内側には、機械がギッシリ詰まってル」

「まさにそうだよ」

 と、ロタ。

 以上のロタの説明は、先日、マノウから聞いた内容である。


 人工知能イリカの視点は、外見へと移る。

「かわいい顔だネ。私、気に入ッタよ」

「ほんとか。そりゃ良かった」

 ロタもホッと胸をなで下ろす。

「ロタは?」

「もちろん、かわいいと思うよ。知的な顔つきでもあるし、素晴らしい。満足だ」

 と、ロタ。本音であった。


 ロタの首から下げられたタブレットには、おもて面にレンズが付いており、人工知能のイリカは、そのレンズを通して外を見ている。

 ゆえに、イリカは今、ロタの胸の高さが視界になっている。

 もっとも、レンズは広角であるため、ロタとイリカには、今、ほぼ同じ光景が見えているはずだ。


 さて、イリカの体の模型。

 半身像の顔は、普通に両目をあけ、口もとは緩めに閉じていた。穏やかな真顔、という形容がぴったりだ。

 以前、クミマルの自宅兼会社にて頭部模型を見せてもらったが、基本はあれと同じ。

 ただ、ロボットとして改造されたため、数か所、機能的な見た目になっている。

 はっきり言うなら、人間的なリアルさとしては後退しており、機械っぽさが強く出てしまっている。

 例を一つ挙げるなら、口の両端からあごにかけて、線が縦に入っている。ちょうど、腹話術の人形のように。

 恐らく、この線を継ぎ目にして、あごが開閉するのであろう。


 瞳は大きく、左右で緑と青のオッドアイ。顔立ちは整っている。

 顔の特徴をあえて例えるなら、少女漫画と萌え絵とアイドル顔をバランス良くミックスした美少女、という感じである。

 世間にこういう顔の女の子が実在し得るかと問われたら、まず、いないと言っていい。しかし、現実離れし過ぎてもいない。


 髪の毛は、下ろした黒髪。背中の方へ垂らされている。


 イリカのコメント。

「胸モ、結構アルんだネ」

 ロタは、軽くコホッとせき払いをして、

「まあ、そうかな」

「エッチ。照れテル、照れテル」

 ロタは苦笑するが、男としては「その部分」に目が行かないといえばうそになるので、

「ちぇっ、からかうない」

 ぼそりと、そう述べるにとどめた。

 半身像には、水色無地のシャツが着せられていた。そではない。いわゆるタンクトップである。

 シャツの裾は、ちょうど台座へ届く長さ。つまり、へそも隠れていた。

 イリカ像のバストは、女性としては平均的なサイズか。自然な形状である。シャツの前部を、二つの丸いふくらみが盛り上げていた。

 首、肩から手先までの肌の外見も、自然な仕上がり。


 もっとも、ひじや手首の関節にははっきりと継ぎ目が入っていた。前述の口もと同様、この継ぎ目を境に、腕や指を動かすわけである。

 ディスプレイ用のマネキンやフィギュアではなく、これはロボットなのだ。致し方あるまい。


 肌の色は、多少日焼けした程度の色白。この辺りには、ロタからクミマルへのリクエストが反映されていた。


 その時である。

 イリカが話しかけてきた。



  百六十一、


「ねえ、ロタ。キスしてよ」

「えっ。い、今、何て言った?」

 驚きの余り、ロタは問い返す。

 とぼけたわけではない。本当に、聞き違いかと思ったのだ。


 視線を自分の胸元へ落とし、首から下げたタブレット端末を凝視する。

 端末からは、イリカのクリアな発音。

「キスして、ロタ」

「ど、どういうこと?」

「お願イ」

「かっ、からかうなよな」

「全くからかってませン。真面目デス」

「この、模型というか、この顔にということかい?」

 ロタは、目の前の半身像へ目を移しつつ、困惑の口調。

 イリカは間髪を入れず、

「ソーダよ」


「なんで」

「私とロタが、キスしてるところ、見てみたイ」

「何言ってんだよ」

 余りのことに、ロタはまともな言葉を返せないが、

「今後、私ガこの中へ入って一体化したラ、モウ、自分がロタとキスとかをしてル場面、見られないでショ。今だけのチャンスだカら。勉強のためにモ、見ておきたいノ」

 と、イリカの言葉は至ってシンプルで、論理的であった。


(な、なるほどな。そういうこと、か。バグでも、俺を試して反応を見ているわけでもないんだな)

 一応、ロタは納得した。

(さて、どうしたものかな)

 内心、ロタは迷う。


 考えてみれば、今までのロボイリカにはそもそも「口」が造形されておらず、口づけの真似事すら不可能だったのだ。

(だからってなあ)

 半身像の唇を見つめる。

 ロタの顔より、やや低い位置にある。キスをしようと思えば、容易だ。

 唇は、ごく自然に閉じられていて、歯は見えない。


 タブレットの向こうの脳イリカも、黙ってロタの返事をじっと待っている。

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