68 頭部すげ替え、上半身完成。
百五十八、
それから、およそ二か月後。
マノウの町工場にて製作が続けられていたロボイリカのサイズが、更にもう一段階、縮小された。
体型も少しスリムになり、身長も低くなり、頭も小さくなったのだ。
それにより、ついに、クミマルが造っていたイリカの「頭部の模型」と、ロボイリカの頭の大きさがほぼ一致した。
オブラートにくるまずにズバリ言ってしまうならば、すなわち「首のすげ替え」が可能となったわけである。
そこから先は、マノウとクミマルとで、数回にわたって綿密な協議の場が持たれた。
協議は、時としてロタも交えながら行われたものの、今やロタにはさほどすることもなかった。
イリカの顔デザインは既に決定していたし、ロボットの機能にしても、「なるべく人間っぽく」としか、実質上、ロタには注文の付けようがなかったからである。
したがって、ロタは受け身、任せ切りの姿勢。基本的には、二人からの連絡待ちという状態であった。
やがて、作業工程が決まり、徐々に実行へ移されていった。
まずは、人工皮膚や義眼等でクミマルが造った頭部模型を、マノウの工場へ運び込む。
次に、ロボイリカの頭を取り外す。
そして、ロボット頭部を分解する。
(この時点で、ボコッと飛び出た例の透明なだ円形の瞳は、役割を終える。)
続いて、頭部模型も分割し、そこへ、ロボイリカ頭部に収められていた部品、配線を移し替えてゆく。
最後に、「中身の詰まった」頭部模型を、ロボイリカの首に取り付けるわけである。
マノウの工場において、以上の作業が一通り終了した。
作業は主にマノウ、クミマル、リモリたちが行った。一度だけ、ハヤミも立ち会った。なお、ロタは参加していない。
その後、マノウからロタへ、作業終了の報告がなされた。電話である。
「と言いましても、目や口を動かす機構は、まだまだこれからです。開発には、あと一年ちょっとを要するでしょう」
報告の最後に、マノウが付け足した。
ロタは、
「つまり、これからは部分ごとの製作が中心となるわけでしょうか?」
「さようでございます。例えば、イリカさんのまぶたを開閉するための機構や、口を動かすための機構。そういったものを、別々に造っていくことになるでしょう。全身をつなげて歩かせる実験は、今後は減るものと思われます」
受話器越しに、マノウが答えた。
「そうですか」
さらに、マノウが述べる。口調が少々強くなったように聞こえる。どうやら、ここからが本題か。
「ですが、イリカさんの上半身は、少なくとも外見だけならば、ほぼ完成に近い状態でございます」
「上半身?」
「はい。下半身の、特に脚の部分は未だに太いですから、もし上半身とくっつけますと、アンバランスな外見となります。もちろん、それは今後の課題として、徐々に細くしていくわけですが。
ともあれ、上半身に限っては、この度、かなり完成形に近い外見になりましたので、」
マノウが息を吸う音がした。それに続けて、
「一つの大きな節目ではございます。ロタさん、いかがでしょう、一度御覧になりに、こちらへいらっしゃいませんか」
(なるほどな、そういうことか)
ようやく話が見えたロタは、そのまま口に出し、
「なるほど、確かにそれは重要な局面ですね」
「もし御多忙でありますれば、写真か映像でお送りいたしますが」
「いや、直接伺いましょう」
ロタは迷わず答えた。
マノウの工場は非常に遠いが、今回は自らの目で是非見に行きたい。強くそう思った。
それから、具体的な日程を決めて、電話を切った。
百五十九、
やがて、約束した日の前夜が訪れた。
ロタはタブレット端末を通して、人工知能のイリカにも報告する。
「なあ、イリカ。明日、マノウさんの会社へ行くよ。イリカの上半身が仕上がったらしい」
タブレット越しに、イリカの柔らかな高音が返事をする。響きは明らかな合成音だが、とても「女の子」っぽい優しい声。
「ソレは、外見が、外側が、という意味だヨネ」
(さすがによく分かってるなあ)
と、ロタは感心する。
今や、ロボットのイリカ開発には、人工知能のイリカも「参画」している。
外観への「助言」はもちろん、定期的に一部分をコピーされてロボットと接続の上、操縦の実験も繰り返されていた。
毎回、そのコピーは本体へと戻され、人工知能全体にフィードバックされている。もはや、ロボイリカの現況に関しては、脳イリカはロタ以上に詳しいはずである。
ロタは、スタンドに立て掛けたタブレットへうなずき、
「ああ、その通りだよ。まだまだ、顔の表情は動かせないそうだ。あくまで外見だけ」
「ロタは、もう見たノ?」
今度は首を振るロタ。
「いや、まだ見ていない。写真とかも、俺は一切見てない。せっかくだから、一緒に見よう。二人で同時にね」
ロタの提案に、
「ワカッタ」
イリカは短く即答した。
そのあとは沈黙となったため、ロタは黙ってタブレットの電源を落とす。今夜はもう、これ以上の話題もあるまい、と。
ちなみに、クミマルが造った頭部模型ならば、脳イリカも写真で見ている。すなわち、イリカも、自分にどんな顔が付くのか、最低限のことは知っているのだ。
さて、次にロタがタブレット端末の電源を入れ、脳イリカを起動したのは、翌日の夕方であった。
電源が入ると、「開口一番」にイリカはこう言った。
「あっ、この景色、知ってル。マノウさんの工場だヨネ」
「さすがだな、イリカ。そうだよ。さっき、着いたんだよ」
片手に持ったタブレットに口を近付け、ロタが答える。
タブレットにはストラップが通され、ペンダントみたいに首から下げられていた。よって、たとえロタが手を離しても床には落ちないようになっている。
ロタの言葉通り、本日、ロタは朝早く家を出発し、南方の遠い県にあるマノウの会社へ向かった。高速列車で。
そして、先ほど到着したのである。
応対したのはマノウ一人だ。町工場の片隅には、いつの間にか、白いカーテンで仕切られた一角が出来ていた。
例えば、健康診断などで設置される、簡易版の診察室を思わせた。
「長らくお待たせいたしました。あちらのカーテンの向こうに、クミマルさんと私どもで製作いたしました、イリカさんの外見モデルがございます。どうぞ御覧ください」
若干緊張気味だが、柔和にマノウがそう案内した。
と、ここで、ロタがタブレット端末の電源を入れてイリカを起こした、というわけであった。
「マノウさんモ、いらっしゃルノ?」
イリカの問いに対してロタは、
「ああ、そばにいらっしゃるよ」
近くに立つマノウへと、ロタが「失礼」と目くばせし、タブレットを持ち上げる動作をした。
マノウは「どうぞ」と小声でうなずいた。
そこで、ロタはタブレットをマノウへ向け、イリカに「見せた」。つまり、タブレットのレンズでマノウを撮影したのだ。
「あっ、見えタ。本当だ、マノウさんダ」
「お久しぶりです、イリカさん」
マノウがあいさつする。
「お久しぶりです、イリカさん、っておっしゃってるよ」
ロタが復唱する。
脳イリカは、ロタの声しか聞き取れぬ仕様だからだ。
「お久しぶりでス」
イリカもタブレット越しにあいさつを返した。
ロタは、
「じゃあ、早速だけど、見に行こうか。このカーテンの向こうだそうだよ」
「うん、行こウ」
とイリカ。
「私は、しばらく、この部屋自体からも出ていきますから。どうか、存分に、お二人で御覧になってください」
マノウが告げた。
ロタは礼を述べた後、マノウの今の言葉もイリカへ復唱した。
するとイリカは、
「本当にアリガトうゴザイます、マノウさん。今から見るモデルの中へと、イズレは私ガ入るのかト思うと、不思議デ、ついにココまで来たのかト。怖いトいうのとは違うけれド、人の想像力は無限でも、物質は有限デス。現実トいう世界にハ限りガありまス。
今の私が、今後の私が、どこまで人間に近付けるのかは、分かりません。ロタの見てきタ夢が、どうか少しでも、それに近イ物でありますようニ」
長めのコメント。イリカとしては珍しい。
ロタもマノウも、ただ黙って聞き入っていた。
マノウは神妙な顔。かつて、まともな会話を交わすことが出来なかった、初期の人工知能イリカ。あの頃からイリカを知っているマノウとしては、いつしかここまで自発的にしゃべれるようになっていたイリカに対し、感慨のようなものを抱いていたに違いない。
そして、ロタはカーテンをめくる。それを見届けると、マノウはくるりと背を向け、その場を立ち去る。
カツカツと、マノウの靴音がコンクリートに反響し、遠ざかっていった。
ロタと人工知能イリカは、カーテンに囲まれた一角の、中へと入った。




