7 イリカ機構設計、南方の町工場。
三十一、
夕食会の後も、ロタ、ドワキ、ハヤミの三人は、主にネット経由で連絡を密にし、情報交換を欠かさなかった。
数週間後、イリカの骨格・動力の依頼先として、ようやく候補が浮上した。
零細企業、というよりむしろ町工場と称した方がイメージしやすいであろう。
ロボット本体はもとより、宇宙開発に関する部品も製造。知る人ぞ知る優良メーカーである。従業員二十名未満。
社長の名はマノウといった。
四十代半ばの男性。
ドワキとハヤミの二人から、大体同じ頃に名前が挙がったという。すなわち、それなりの人物ということだ。
「我が国トップの工業大をマノウ氏は首席で卒業したんだが、」
と、電話越しにドワキがロタに説明してゆく。
「学内にも残らず、名だたる大企業の誘いも断って、地元で工場を継いだそうだ」
「継いだ?」
ロタが聞き返す。
「ああ。元々、実家が小さな町工場で、色々造ってたらしい。カメラ、吊り橋、車、飛行機の部品」
「すごいな」
「ああ。マノウ氏の才能も、本やペーパーテストより、まずは現場で実戦的に磨かれたようだね、少年時代から」
「筋金入りだな。で、どこなんだ、地元っていうのは」
「問題はそれなんだよ」
ドワキが電話の向こうでやや重たく息をつく。
「遠いのか」
「うん。実はな、その工場の所在地というのが、」
ドワキは、ある南方の県名を告げた。確かに遠い。日帰りで行き来するのは難しい距離である。
つい、ロタも軽くため息を漏らす。合点がいったからだ。
「道理で、俺が幾ら調べても見つけられなかったわけだ」
「そうだね。探したのは首都圏近郊の企業や大学だからね」
と、ドワキが同意する。
「まあ、一応地方の情報も集めたんだけど」
「それだけじゃ、まず見つからんよ。マノウ氏の会社はネットでも余り宣伝してないしね。僕たち関係者じゃないと、見つけ出すのは無理かも。
だいたい、ハヤミさんも僕も忘れてたくらいなんだから。最近になって、ああそういえばマノウ氏がいたねって、ほぼ同時に思い出したんだけどね」
「旅行も兼ねて、見に行ってみようかな」
「ほう、珍しいね、出不精のお前さんが」
二人の笑い声が、同時に電話を交錯する。
確かに、ロタは休日にはさほど外出をしない。ドワキはアウトドア派だが。
ロタは、
「まあね。でも、直接会って、施設もこの目で見なきゃだろ」
「そうだな。連絡取って、感触を確かめて、それからだけど」
「面識はあるのか?」
「ない。ハヤミさんもね」
「話を聞いてると、意志が強そうだし、気難しい性格かも。職人かたぎだったら怒られるかもなあ。美少女ロボットなんて言ったら、あんたふざけてんのか、って」
「そうやって、すぐ悪い方に考えるなよ」
「そうだね。済まん」
親友の諭すような苦笑いが目に浮かんで、ロタは謝った。
「疲れてるのさ、お前さんも。あちこちでさんざん断られたしな」
ドワキがねぎらう。
「とんでもない。
ドワキとハヤミさんがいたから、ここまで来れたんだ」
「お前さんの熱意さ。じゃあ、具体的な話はまたメールで。
イリカちゃんによろしく」
「ああ」
ともあれ、一歩前進だ。
三十二、
さらに、二か月の時が流れた。季節は夏。
ロタは、マノウに直接会いに行くことになった。あれから、話はスムーズに進んだのである。
メールや電話で何往復かのやり取りをした結果、イリカの骨格(動力)部分の制作は、マノウへ依頼する方向へ徐々に固まり始めていた。
最初の連絡は、ハヤミの時と同様、ドワキがやってくれた。
面識こそないが、同じ業界同士、話もしやすかろうし、ロタがコンタクトを取るより自然に依頼できるのではと。
「友人のために美少女ロボットを造ってほしい。なお、人工知能部分は既に開発中、皮膚やルックスについてはいずれ別機関(未定)へ依頼予定である。」
あいさつの後、電話で以上の内容をドワキは告げた。
マノウは、話の出だしこそ驚いていたが、やがて、
「周到に準備してるんですね。そのロタさんという方、本気なんですね。きっと真面目な方なのでしょう」
と電話越しに答え、かすかに笑ったような音も聞こえた。物静かな、ゆっくりとささやくような声であった。
(おっ、つかみとしては好感触だな)
ドワキも研究者。その辺の匂いは勘で分かるのだ。
その後、頃合いを見て、窓口はロタ本人に交代した。
ロタも、電話やネットでやり取りする限り、マノウを感じのいい男性だと思った。寡黙でソフトなイメージ。
美少女ロボット制作にプロとしてどう関われるのかを、マノウも興味深く検討している様子だ。
そして、すり合わせを行うために、一度、ロタ自身がマノウの会社を訪れることになったというわけである。
出発前、ロタとマノウは電話で話した。
電話での会話も既に数回目。お互い、今やそれなりに打ち解けている。
「飛行機でいらっしゃるのですか」
「いえ、高速列車を使います。指定席も取りました」
ロタが答えた。
マノウは少し意外そうに、
「列車ですと、半日近くかかるでしょう」
「列車の方が慣れていますから。初日は宿に泊まり、翌日お伺いする予定です」
「分かりました。お待ちしております」
三十三、
マノウの会社は、南の暑い地方にある。
県の中心街は海沿い。観光地として栄えている。海水浴やダイビング、シュノーケリングが盛んだ。海産物もおいしい。
そして、実は宇宙開発、精密機器で有名な県でもある。
関連の大企業・工業大学もある一方で、一般認知度は低いものの、業界で一目置かれる中小零細企業も多い。まさに、マノウの会社もその一つだ。
晴れた真夏の朝、早起きしたロタは、高速列車でその県へ向かう。マノウと面会するために。
列車は大混雑、当初は満席であった。
夏休みシーズンなので無理もない。ロタは一人旅だが、周囲には家族連れも目につく。子供たちの声。
そういえば、ドワキやハヤミにもそれぞれ配偶者と子供がいる。今頃は、各自で家族サービス中かもしれない。
ロタも、今回は職場の夏季休暇を利用している。
高速列車は、西の地方都市へ停車する度に大勢の乗客を降ろしていった。
車窓の景色も、首都圏のビル街から田園、国一番の標高を誇る山を挟み、神社や寺、タワー、森林、再び田園と、様々に移り変わってゆく。
やがて、気が付けば車両にはロタ一名となっていた。目的駅は三つ先で、次の駅まではまだ二十分以上かかる。
(よし、ちょっとイリカに話しかけてみようか)
車内では携帯電話の通話は禁止。だが、厳密には電話ではないし、当面、車両にはロタしかいないのだ。問題なかろう。
イリカとは毎日話しており、昨夜も話したが、今日は旅行の準備で忙しく、一度もまだ電源を入れていない。
人工知能イリカとつながったタブレット端末をカバンから取り出すと、ロタは電源ボタンを押した。
三十四、
ブーン……という、おなじみの起動音。
タブレット端末の画面も点灯し、現時点のロタの顔が映る。
端末上部のレンズ越しに、イリカが「見て」いるのだ。
「おはよう、イリカ」
いつもの呼び掛け。
今なお、イリカとは毎日長い会話を続けているが、未だに、今回のマノウの件は全く言っていない。話しておくには、今が良いタイミングかもしれぬ。
「モウ、お昼だヨ、ロタ」
タブレットからイリカが返事をする。
合成音だが、女の子っぽい柔らかな高い声。
発音は、当初より大分クリアに、滑らかになっている。
ロタは苦笑し、
「最近、ツッコミが厳しくなってきたじゃないか」
「厳しい、優し。何に、誰ガナニヲ、突っ込むのダロウカ」
やっぱりダメか。ロタの苦笑は大きくなる。なかなか会話が続かない。一言目はよかったのだが。
「まあ、それはいいや」
「ソーカ、いいなら、それがイーやね」
「ああ。ところで、本題なんだが、」
「メイン。そのままキイテイマス、どうぞ」
「うん。実は今、俺は外出中なんだ」
「デモ、今、コウヤッテ私と話してる。ロタはいなくナイ」
(えっ。何言ってるんだ?
……ああ、なるほどね)
ロタは留守中だという意味に捉えたのか。
そうじゃなくて、
「俺自身が今、家にはおらず、外にいて、イリカとしゃべっているんだよ、という意味さ」
さあ、今度はどれくらい通じるか。
すると、
「ドウリデ。後ろノ景色が違うヨね。いつものロタのお部屋とは違う。景色、流れてる、マドの外ガ走ってる。イマ、列車に乗車中でしょ」
(うわっ、通じた。完璧だ)
感激の余り、ロタは叫びそうになった。
ロタが、イリカのカスタマイズを始めて十か月。最近、会話がぴったりかみ合う時がある。今のような、多少込み入った内容であっても。
初期の頃には全くなかった現象である。明らかな進歩だ。
さて、会話の流れとしては、次は「どこ行くの?」だが、できるか。早速、ロタは試してみる。
「そうだよ。今、列車に乗ってる」
「声、迷惑シてナイカナ。シュウイに人はイナイノ?」
そう来たか。
が、受け答えとしては大正解である。ロタはまたもうれしくなった。
「ああ、大丈夫。この車両には、今、俺だけ」
「アアそれはそれは、ヨカッタネ」
後の言葉はなく、沈黙。ロタの次の問いかけを待つ姿勢。やっぱり、そうそううまくもいかないようだ。
そこで、ロタは、今向かっている駅名、県名を告げ、
「その県に、精密機械の会社があるんだよ。その会社でね、イリカの体を造ってもらおうと思ってるんだ」
と、旅の目的を教えた。