67 ロタとリモリ、人生のゴールについて。
百五十六、
やがて、さらなる月日が流れていった。
いつしか、美少女ロボット・イリカ製作も、開始から六年目に入っていた。
ロボイリカは、マノウが改良を続け、全身のサイズも徐々に縮小されていった。
かつては巨大な壁のようにそびえていた上半身は、いつしか薄くなり、ところどころ丸みを帯びて、形は人間の体へ近付いてゆく。
大木の幹のように太かった脚も、細くなってゆく。
時折、ロタはマノウの町工場を訪ね、刻々と仕上がってゆくロボイリカの様子を直接見学した。
ある秋晴れの夕方も、そのうちの一回であった。
工場内。コンクリートの広い床。
電源を落とされ、立った状態のロボイリカ。
相変わらず、紺色のワンピース姿だ。
もはや、「そびえ立っている」感じは全くない。人間に近い「小ささ」になりつつあるのだ。
のぞけている腕も脚も、今や肌に似せた色。いや、正確には、クミマル特製の人工皮膚がかぶせられているのである。
人工皮膚も、ロボイリカの体型が変えられるたび、新たに付け直されているのだ。
頭部だけは、サイズこそ縮小されたが、まだ人工皮膚は装着されてはおらず、基本は試作第二号の頃と変わっていない。
外側は金色。顔面のみベージュ。髪の毛はない。
ボコッと飛び出た、だ円形の透明な目。鼻は、顔の中央が小さくとがっているのみ。口はない。
耳は、丸い出っ張りが頭の両側に付いている。
「ところどころはまだごついけれど、いよいよ完成像も見えてきましたよね」
ロボイリカの正面に立ち、ロタが話しかける。相手はリモリだ。
リモリは二十代の若者で、ロタよりはるかに年下だが、ロタは敬語で話す。この方針は、職場の部下に対しても同様である。
電源を切られたロボイリカのそばには低めの脚立が設置されている。イリカ側から見て右。
その脚立に上ったリモリが、先ほどからロボイリカの首周りのネジなどを手入れしている。
「うん、そうですね。身長も、思いっ切り背伸びすれば、顔にさわれるようになりましたしね」
リモリがにこやかに返事をして、工場内のコンクリートの壁に声が反響する。
リモリは青い作業着姿。
ズボンの両脚を脚立へ器用に絡め、中腰のような姿勢。ロタよりやや高い位置に、右の横顔が見える。
ロタは、
「イリカが着てるそのワンピースも、リモリさんが毎回手直ししてるんでしょ?」
「そうだよ。もう、かれこれ五回目になるかなあ。ロボイリカちゃんが小さく改良されるたびに、裾上げとか、してるからね。型紙を描くのも、ミシンも手縫いも、すっかり達者になっちゃった」
「いやあ、なんか、お疲れさまです」
「いーえー」
リモリが多少おどけたように語尾を伸ばしたので、二人して同時にプッと笑い合った。
リモリは、ロボイリカの頭部のつなぎ目などを点検しつつ、
「この頭の部分だけは、なかなか外見が変わらなかったけど、もうすぐ髪の毛や皮膚が付くんでしょ?
クミマルさんがおっしゃってたけど」
ロタはうなずいて、
「ああ、そうなんだよ。ロボイリカもどんどん縮小されてるからね。あと一段階、頭のサイズが小さくなったら、いよいよ、クミマルさん特製の頭部模型と合体するらしい」
「この、飛び出た透明の目とも、お別れだね」
「ああ。愛嬌があって、実は俺、結構好きだったんだけどね、この顔」
「私もー」
二人は、ここでまた互いに笑った。
ロタは付け足して、
「もっとも、お父様のマノウさんから聞いてると思うけど、合体しても、口は当分動かせないらしいけどね」
その説明は、だいぶ前に、ロタはマノウから受けていた。
なお、今、マノウは社内の別室にて他の仕事をしているので、ここの部屋にはいない。
脚立に乗ったまま、リモリはこちらを振り向き、申し訳なさそうにまゆ毛の両端を下げ、
「ごめんねえ。お父さんも頑張ったんだけどさあ。やっぱり、口を開閉させるのって難しいの。何せ、イリカちゃんが自発的にしゃべった音声に、口の動きをぴったり合わせなきゃいけないから。
あとさあ、喜怒哀楽なんだよね、課題としては。笑うにしても、ほほえみなのか、苦笑いなのか、大笑いなのかとかね。脳イリカちゃんとの連携が大変。
もうちょっと時間がかかると思う」
「ああ、いいよいいよ」
ロタは明るく答えた。
いずれにせよ、完成までの見通しは十分に立っていると聞いているからだ。
別に、口の部分の製作に遅れが生じているわけではなく、作業工程が複雑であるというだけなのだ。
百五十七、
「ふう、休憩」
と、リモリは脚立からぴょんと飛び降りた。
ロタの方へ、二、三歩寄ってくる。
同じ姿勢を取り続けて疲れたのか、リモリが首をグルンと一回、左右に振る仕草をすると、後ろに結んでいた髪の毛もパサリと揺れ、ロタの視界に入る。
先端まで茶髪だ。きれいに染められている。
(そうか、リモリさんは最近、髪の毛、伸ばしてるんだっけ)
ロタは、改めて思い出す。
初対面の頃からしばらくは、父親のマノウ以上に短い髪だったが、ある時期から伸ばし始めており、ほどいて下ろすと、以前とはだいぶ印象が異なる。
髪型を変えた理由までは、ロタも知らない。
ただ、いつだったか、
「このごろ、大企業やお役所でスーツ着てプレゼンする機会も増えてさあ。そうすると、刈り込んだ短髪だと、なんか決まらないんだよね」
などとリモリは述べていた気がする。
もし、これが本音だとするなら、社会人のたしなみということになるのであろうか。
あるいは、これはただの方便で、何か別の美容上の理由とか、又は、単なる気まぐれかもしれぬ。
いずれにせよ、短髪で活動的で、言動が少々とがっていたリモリは、もういない。時の流れ、移り変わりを感じさせるのは確かである。
(考えてみれば、初めて会った時、リモリさんはまだ十代だったんだもんなあ。それが今や、立派な大人の女性になられて。俺だって、もうすぐ還暦だ。信じられんなあ、そろそろ六十か)
ロタはややうつむいて、フーッとため息をつき、ぼそり、ぼそりとぼやくように、
「時は短い。人生ってのは。人は変わる。イリカも、変わる」
「どうしたの、急にしんみりしちゃって」
ロタの傍らに来たリモリが、両手を腰の後ろ辺りに組んだポーズで、上目づかいで笑いかける。
「いや、つい。独り言だよう」
ロタは、照れ笑いを返しては顔を上げ、真正面のロボイリカを眺める。
つられるように、リモリもそちらへ目をやる。
ロボイリカは、背丈も幅も、今やロタより一回りちょっと大きい程度だ。
もうすぐこちら側、すなわち人間社会の側へ招き入れ、仲間に加えることが出来るはずである。
ロタは、ロボイリカの透明なだ円形の両眼を見上げて、
「なんかさ、俺の人生のゴールが見えた気がしてな」
「えー、人生のゴール?
いきなり壮大じゃん」
ロタは、ちらりとリモリを見てから首を振り、
「あなたはまだお若いから。俺にとっては、もはや壮大とは言えないんですよ。人生の終着点はすぐそこだもの。結構、切実だわさ」
さすがに、とっさには返す言葉が浮かばなかったか、リモリは黙っていた。
ロタは大きめに息を吸い込み、
「こうやってさ、イリカも実体化して、目に見える形で出来上がってくるとさ。ああ、俺はあれと老後を過ごすんだなあ、ってね。やり残した青春を疑似体験しながら、あのロボットと一緒に、あと十年か二十年……。こうして、改めてそれを実感して、なんだか感慨深いというかね。
夢が叶う時って、もしかすると、こういう気分なのかもしれない。失うものは失って。妥協も覚えて。うれしいし楽しいんだけど、なんだろうな。例えばお祭りの後みたいな……」
ロタは、何となく、ここいら辺りでしみじみと会話を締めくくるつもりだった。
しかし、リモリが強い調子で話をつないだので、ロタは驚く。
「何言ってんの。まだまだ終わんないでしょ」
ロタは、
「えっ、どういう意味?」
リモリは真剣な眼差しで、
「今後、イリカちゃんが完成して、ロタさんと暮らすようになってもさ、私たちとの関係は続くんだから。
だって、そうでしょ?
イリカちゃんのメンテナンスは誰がやるの?
私たちでしょ。
改良だってやっていくわけだよね。これも、私らがやるんだよ。ハヤミ先生もクミマルさんも、ドワキさんもさ。みんなでやるんでしょ」
「なるほどな……」
ポカンとしつつも、肯定の言葉だけはどうにか返すロタ。それがマナーだと思ったのだ。
リモリは止まらない。
「たまには、イリカちゃんも交えて、製作に費やしたこの十年の思い出話もしようよ。そりゃあさ、そんな日々が、今後四十年も五十年も続くとは思わないけど。でも、続くんだよ、一定期間は。何も終わってなんかいないよ。違う?」
「違わない」
ロタは即答した。
心の中いっぱいに、温かいものが拡散し、液体のようににじんでゆく。
ロタはもう、呆然とはしていない。リモリがロタを元気付けてくれた。そのことをしっかり受け止めている。
「うれしいこと言ってくれるねえ。ありがとうございます。あと、済まなかった。後ろ向きなことを言っちゃって」
と、ロタは頭を下げた。
「これ、ロタさんから教わったことでもあるんだよ」
またも意外なせりふに、ロタは首をかしげ、
「俺から?」
「そ」
「何を?」
「人生の楽しみ方。あきらめない。でも、無茶はしない。それから、」
リモリは唇に片手の指を添え、二秒ほど考えてから、
「話す時には、相手の目を見る。専門外のことは、敬意を払って
しっかり聞く。人をつなげる。その際には、なるべく明るく、楽しく。元気になれそうなことは、みんなで分かち合う。全部、ロタさんから学びましたよ」
ロタはフッと笑い声を立てる。
たとえ大部分がお世辞だったとしても、だ。何割かは本音もあろう。そちらを大事にしたい。
ロタは、
「なかなかいませんよ、そこまでおっしゃってくださる人は。どうもありがとう。フォローまでさせて、済まない。
リモリさんたちと、ここまでイリカを造ってきて、本当によかった」
ロタは、真正面のロボイリカを、改めて見上げた。
金色の頭。
電源が入れば左目が緑色、右目が青に輝く、透明な瞳。
あくまでも、これは試作段階の「仮」の顔である。
実際、ワンピース衣装で隠れた部分を除けば、首から上のパーツ以外は、今やほとんどが人工皮膚に包まれている。
だが、この顔の期間が長かったため、リモリとも話した通り、妙に親近感があるのも確かだ。
しばらくの間、ロタは、イリカの顔をじっと見上げていた。
工場の高い窓から夕焼けが差し込み、イリカの金色の頭や透明な瞳へと優しく照り返し始めた。
そして、この顔のロボイリカをロタが直接見たのは、これが最後となった。




