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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
67/83

65 イリカの顔、三つ。不気味の谷。

  百五十三、


 そこからは早かった。


 脳イリカの機能強化や、サーバーの規模を縮小する作業は、ハヤミによって継続された。

 一方、ロボイリカを人間らしくスリムに改造してゆく作業も、マノウによって進められた。

 クミマルは、ロボイリカの外側へ人工皮膚を付けてゆく。


 それら工程が一段落する度に、脳イリカの一部がコピーされ、マノウの工場にて、ロボイリカとの合体実験が行われた。

 すなわち、一回目のドッキング実験で行われたことが、その後、数回にわたって繰り返されることとなったのである。

 実験にはロタもなるべく立ち会ったが、スケジュールの調整が付かない時には欠席することもあった。

 それは、ほかの者も同じであった。毎回参加したのは、立場上やむを得ないがハヤミとマノウ。あとは、来たり来なかったり。


 結果的に、「イリカ製作チーム」とも言うべき関係者六名が、ああいった形で全員そろったのは、「あの夜」が最初で最後となった。


 毎回、合体実験が終わると、その記憶は脳イリカへ戻され、人工知能はその都度更新された。脳イリカはそのたびにバージョンアップされ、ロボイリカの操縦もうまくなっていった。

 また、人間には気付きにくい機能上の改善点も、脳イリカはロタへ次々に指摘し、それは次回以降の製作工程へ生かされた。

 もはや、イリカは「人間の女子高生」ではなく、「女子高生を模した人工の機械、ロボット」であることを明確に自覚している。そのため、今や何の矛盾もわだかまりもなく、脳イリカ自身も開発に加わることが出来る。この点は大きかった。

 人間たちと人工知能とが、共通のゴールを目指しているわけである。

 かくして、美少女ロボット・イリカの開発は加速されていった。



  百五十四、


 やがて、イリカの「顔」についての検討も始まった。


 クミマルには、イラストレーターやデザイナーの人脈もあり、また、クミマル自身にも顔を造形する技能は備わっている。

 クミマルは美容整形分野も学んでおり、将来的には、顔部分も含め、バイオニクス技術へ発展させるのが目標なのである。

 それらの絵や図案を組み合わせつつ、ロタの好みに合わせ、イリカの顔を描き出してゆくのだ。

 細かな著作権等については書類を交わし、金銭のやり取りもした上で、一つ一つクリアした。


「まさか、美少女ロボットの顔に使うとは言えないわよね。ビックリされるに決まってるし、それ以前に守秘義務もあるしさ」

 クミマルは、カカカカッと豪快に笑いながら、ロタに説明した。

「だから、イラストレーターなどへ発注する時には、いずれ私の医療器具への参考にしたいから、とか説明してます。まあ、うそは言ってないしねえ」

 と、クミマル。


 こうして、ネットなどを通じて、時々は直接会いもしながら、ロタとクミマルは調整を続け、ようやく、イリカの顔候補として三案が仕上がった。

 時期としては、脳イリカとロボイリカの最初の合体実験を行った日から、およそ一年半後のことである。

 季節は冬。年末になりかけていた。


 ロタとクミマルは、最後の選択をすべく、二人で話し合っていた。

 場所は、クミマルの自宅兼事務所である。

 首都圏。ロタの家から、電車で三時間ほどの距離。近くもなく、遠過ぎもせずといった感じで、ロタも数度目の訪問。

 広いフローリングの部屋にて、応接用のソファーの隅で、垂直の角度に向き合う二人。

 間のテーブルには、人の頭を模した造形物が三個、並べられていた。

 マネキン人形の頭部といえば、思い浮かべやすかろう。

 もっとも、マネキンにしてはリアル過ぎる。ホラー映画の生首のセットにすら、流用が出来そうである。


「いやあ、三つとも見事な出来映えですな」

 ロタが驚嘆の声を上げる。

 どれも、下ろした黒いロングヘアという点では共通。あとは顔のつくりが異なっていた。

「ロタさんと私で、イラストとか立体の図案とかを見比べながら、ここまで絞り込みましたからねえ」

 と、クミマルもほほえんで、少し身を乗り出して三個の「頭部」を眺める。

 これら頭部は、クミマルの頭よりわずかに大きなサイズ。

 クミマルの大きな体に、ソファーの布が深く沈み込んでいる。

 クミマルは、ラフなセーター姿。ロタも私服である。


「それでも、まだ三案もあるわけで。まさか、これほど凝った模型を三つも造ってくださるとは」

 とのロタの言葉に、クミマルは、

「だって、顔はとても大事でしょう。ちゃんと細部まで造って、慎重に選んでいただかなきゃ」

「有り難いことです」

 座ったまま、ロタは頭を下げた。


「で、どれになさいます?」

 尋ねられたロタは、三つをしばらく見比べ、クミマルへ幾つかの質問もした後、結論を出す。

「やはり、真ん中ですかね」

 ロタが答えた。

 頭部模型は、左から右へ「リアルな順」に並んでいた。

 すなわち、左へ行くほど本物の人間っぽい顔立ちである。


 右端は、漫画を思わせる顔。キラキラと「星」のような白抜きの照り返しが表現された、大きな瞳。まつげも長い。

 顔のしわも鼻の穴もなく、デフォルメされている。

 ロタはまず、これに対するコメントをした。

「右端もかわいいんですけど、若干、アニメ顔に寄り過ぎているかなと」

「アニメ顔、そうね。それは言えますよね。最近、ネットやテレビで、まさしく人工知能の美少女が活躍するキャラが人気だけど、あの子がもしも実体化したら、こんな感じかもしれませんねえ」

 ロタも笑って、

「知ってます、知ってます。あのキャラも、髪型は同じですし。ただ、あのような子を連れて歩きたいかといえば、それはまた別問題ですからね」

「恥ずかしい?」

「んー、それもあるし、あと、まるで等身大の美少女フィギュアが歩いてる感じがね、私の求めてる物とはちょっと違うのかなと。

 私は、青春をやり直したいわけでね。うまく言えない部分もあるんですけど」

「いいえ、分からなくもないですわよ。で、だからといって、左端のやつは逆にリアル過ぎるということ?」

 ロタはうなずいて、

「ええ、そうなんです」


 左端の頭部模型は、一見すると生身の人間の顔にすら思えるほどのリアルさ。耳の造形も細かい。かつて、あのホビーイベントで見た耳の模型と全く同じクオリティーである。

 唇も作り込まれ、かすかに前歯ものぞけている。

 顔つきは若く、確かに「少女」なのだが、少々怖い感じがする。


「これがいわゆる、不気味の谷というやつですかね」

 ロタがつぶやく。

「そうかもしれませんねえ。まあ、不気味の谷にも諸説あって、顔自体の仕上がりというよりも、まぶたのちょっとした動き方で随分印象も変わる、という研究もありますけどねえ」

「そうなんですね」

 クミマルの解説に、ロタが相づちを打つ。


 不気味の谷。

 ロボットなどが人間に似てくると人は親近感を抱くが、ある段階を超えると嫌悪感を抱く現象のことである。

 その更に先へ進めたなら、再び親近感を覚える顔になるのだという。なお、その際には、ほとんど人間と区別が付かぬロボットになっているとされる。

 いまだ仮説であり、確立した理論ではないが、人型ロボットを造る際には避けて通れぬ話題ではあろう。まして、自分専用の恋人ロボットを特注で造るような場合には、なおさらのことである。

 ロボットに限らず、人形や人物画などにおいても「ほどほどのリアルさにとどめてくれた方がかわいい、見ていて心地よい」という経験は、多くの者が共有しているはずだ。


 ロタにとっても、目の前に並べられた三パターンの顔模型を見比べ、今、その境目を自覚したわけである。

 それがすなわち、真ん中に置かれた模型である。

 アニメ顔でもなく、リアル寄りの顔でもない、その中間の顔だ。

 仮に「不気味の谷」があるとして、その谷を越えるというより、かなり手前で引き返した形である。

 真ん中に置かれたその模型を、ロタもクミマルも眺めている。


「じゃあ、今おっしゃった通り、イリカちゃんの顔は、この顔で

決まりね」

「はい、やはり」

 ロタは言い切り、うなずいた。


 ロタは改めて、その顔の模型と正面から向き合った。

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