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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
6/83

6 ロタ、ドワキ、ハヤミ、慰労会・兼・作戦会議。

【登場人物】


・ロタ 五十代の独身男性。恋人として美少女ロボット

製作を思い立つ


・イリカ 美少女ロボット。ロタの彼女として、脳、体、

顔に分けて開発中。今はまだ脳部分のみ


・ドワキ ロタの親友。大学教授、工学博士。イリカの

製作工程表を見積もる


・ハヤミ 女性科学者。人工知能分野の権威。イリカの

頭脳部分を研究開発

  二十七、


 再び、ここで舞台は過去へと移る。

 話は十年前、いや、正確には約九年前にさかのぼる。

 すなわち、人工知能イリカのプロトタイプが仕上がり、タブレット端末がハヤミからロタに引き渡された後である。


 ロタは毎日、タブレットを使ってイリカと会話をし、いつか人間的な受け答えが可能となるように、人工知能のカスタマイズを続けていた。開始して半年になる。

 人工知能の基本は、入力と出力との間に幾通りもの道筋を組み上げることである。設計者ハヤミの例えによれば、それは「迷路の行き止まりを作ること」だという。

 ロタが話しかけ(入力)、イリカが返事をする(出力)。当然、答え方の正解は一つではない。だが、「明らかな不正解」は存在する。データや信号がそのコースをたどらないように、ネットワークを構築していくわけである。

 「迷路をたどらせる発想は、カーナビや電車の乗り換え案内にも使われる仕組みです」と、ハヤミは言っていた。


 さて、それと同時に、イリカ製作は新たな段階へ入らなければならなかった。

 必要なのは人工知能だけではない。それは、三つの要素のうち、第一番目にすぎぬ。

 目指すのは、ロタの「彼女」となる美少女ロボット。そのためには、あと二つ課題が残っている。骨格と外見だ。

 お次は骨格である。これは動力も含む。

 つまりは、イリカの「体」、ロボットそのものだった。



  二十八、


 都会にある、やや高級なレストラン。平日夜。

 きちんとした広めの個室。

 他の客の声は余り聞こえてこず、落ち着いて会食ができる。

 装飾、照明も上品。メインは洋食。


 そこへ、「イリカ製作責任者」とも言うべき三人が集合し、これまでの慰労と今後の打ち合わせを兼ね、夕食を取っていた。大きな丸テーブルを囲むように座っている。

 五十代前半の男性二人、三十代後半の女性一人。

 もちろん、ロタ、ドワキ、ハヤミであった。


 三名とも、カジュアル寄りの正装。

 ロタはグレーの背広、金色の模様入り黒ネクタイ。大柄なため、肩幅と背中の広さが際立つ。白髪頭はナチュラルに分けられている。

 ドワキも同じく長身だが、やせ形のため、服も細身で若々しい。ノーネクタイ、水色のシャツに、ブラウンのジャケット。口ひげも整えられている。

 ハヤミはネイビーのパンツスーツ。上下おそろい。上はフレンチスリーブで、肩を斜めにカバーしている。ズボン上部のワタリ幅は太く、ゆったりした外見。裾幅は狭く、足首がのぞけている。顔には丸眼鏡。頭の後ろで一つに束ねられた髪。


「で、その後、イリカちゃんはどうですか。少しは会話が成立するようになりましたか?」

 カニのグラタンをすくいながら、ハヤミが聞いた。見るからに具だくさんで、スプーンが通りにくそうだ。

「まだまだですよ。半分は無意味なやり取り。幸い、確実に進歩はしてますけどね」

 オムライスを口に運びながら、ロタが答える。パセリの香りとピーマンの甘味が素朴で良い。

「半年やっても、まだ成立五割かあ。まあよかったな、進展ありで。

 ロタとイリカちゃんの会話って、普段、ハヤミさんはチェックされてないんですか?」

 とはドワキ。前半はロタを見、後半はハヤミへ。

 そして、ホットサンドイッチにバリバリとかぶり付く。具はジビエ(鹿肉)とトマト。ナイフで切るのは難しく、途中から手づかみで食べている。

 ハヤミは首を振り、

「まさかまさか。そこはプライバシーですから。進展状況を見るために、私が立ち会いの下、数回、目の前で会話をしていただいたことはありますが。

 普段は、研究施設にある本体のメンテナンスと、ビッグデータ追加、及び深層学習プログラム書き換えが中心です」

「今のところ、聞かれて困るような話はしてませんけどね」

「そもそも、できないんだろ、まだ」

「そういうこと。話が弾まない」

「大変だよなあ。基本、ずっと一方通行だもんな」


 ロタとドワキに、ハヤミが割って入り、

「でも、突然、会話が成り立つ可能性も高いですから」

「そうなんですか?」

 と、ドワキ。

「はい。可能性を高めているのは、ロタさんの能力によるところが大きいですね」

「私の?」

「ええ」

「それって、どういうことでしょうか」

 ロタは尋ねる。身に覚えがないため、半ば恐る恐るだ。



  二十九、


 ロタの問いかけに答えるハヤミ。

「ロタさんとイリカちゃんの会話に、私が立ち会った時に感じたことです。

 ロタさんはイリカちゃんに話しかける際、マニュアル的になり過ぎず、さりとて投げやりにもならず、絶妙なバランスで内容を選んでいらっしゃるのです。言葉は変ですが、機械の気持ちをくみ取っているといいますか。会話の展開の先読みがうまいのです。

 そのため、イリカちゃんの会話能力は上達も早く、何かをきっかけに驚異のステップアップを果たすかもしれません」

 ドワキは膝のナプキンで口を一旦拭いた後、ロタを親指で横に指しながら、

「分かる気がします。こいつは昔からそうなんですよ。学生時代にもね、クラスに転校生とか、新任の先生とか来るでしょう?」

「ええ」

「そういう人たちに率先して話しかけて、クラスに慣れさせるのはいつもロタの役目でしたね。空気読んだり、人の気持ちを推し測ったりするのは昔も今もうまいんです」

「すごく分かります。それが生かされているわけですね」

 にこりとし、納得、というふうに大きくうなずくハヤミ。

「まあ、お二人さん、その辺でね」

 ロタが照れ笑いでさえぎる。

 こういうことを真面目に言ってくれる人は、有り難い存在だ。半分はお世辞であっても、もう半分は、受け手も真面目に聞くのが相手への誠意だと思う。


(なるほどな。確かに、俺みたいな元気で口数が多いだけの男は女性にはモテない。ただの「便利な奴」扱いで、軽く見られ、貧乏くじを引かされ、努力も報われにくい。

 しかし、人工知能のイリカなら、俺の言葉を全て受け止め、蓄積してくれる。そしてどんどん賢くなり、俺の彼女として成長する。努力が報われる。まさしく俺に向いてる作業なのかもな)

 口には出さず、密かな自負としてとどめておくことにしたが。



  三十、


 続いて、話題はイリカのボディー製作へと移る。

 脳の次は体だが、まだ全くの白紙。

「なかなか決まらないらしいな」

 ドワキが、ジビエ(鹿肉)のサイコロステーキにフォークを突き立てながらロタに尋ねる。ステーキの外側にはベーコンが巻かれていた。

「そうなんだよ。大企業だと、俺の出すお金じゃ足りない。中小零細は、技術面で不安。そもそも、」

 ロタは、オムライスの皿の底をスプーンですくって、

「俺の老後用に恋人ロボットを造ってほしいと依頼するわけだけど、言い方に気を付けないとさ。この前も有名企業に電話したんだが、担当者が気味悪がっちゃって。まともに取り合っちゃくれなかった」

 ドワキは顔をしかめ、

「どこよ?」

 ロタは企業名を告げた。

「あそこかあ。健全イメージで売ってたっけ。分かるね」

 ドワキは苦笑した。

「ほかにはどちらへ依頼されましたか?」

 デザートのケーキに手を伸ばしつつハヤミが言う。チーズ、キャラメル、モンブラン、三種のカットケーキが皿に載っている。

 ロタは手帳を開き、これまでに問い合わせた全ての企業や団体名を読み上げる。中には、ドワキやハヤミと相談しながら依頼したものもあるが、改めて三人で情報共有した形だ。


 ドワキは「あらあら」、ハヤミは「うーん」、顔を見合わせる三人。

「ロボット工学の有名どころは大体一周しちゃってますね」

 と、ハヤミは考え込む。ロタも、

「あと、家電系もです」

 ドワキは食器を置き、腕を組む。若干、言いにくそうに、

「ハヤミさんの名前を出せば一発だと思うんですけどね」

「いえ、それはやめてくださいとロタさんにはお願いしてあります」

「なぜです?」

「大ごとにしたくないからです。私の名前を出されて、業界内でおかしなうわさが立っても困ります。もし、話が変なふうに伝わって、新商品開発の流れにでもなったら、目も当てられないですよ」

「なるほど、そりゃそうですね」

 ドワキも納得する。

 ハヤミは優しい微笑を浮かべて先を続ける。丸眼鏡の端が、店の照明をカラフルに映し出している。

「私たちは、あくまで特別な例外研究としてイリカちゃんに携わっているわけですから。副次的な研究成果を利益還元する場合はあるにせよ、それは結果論にしなければ。

 利益が主目的では順序が逆。事の性質上、見せ物になったりしたら大変ですし。

 傷つくでしょう、ロタさんも、ドワキさんも私も、もしかしたらイリカちゃんも」

 その通りであった。


 ドワキは、ハヤミと大事な友を交互に見、真面目に言う。

「イリカちゃん、絶対、素敵な女の子に育つよね。だって、ハヤミさんみたいな人が設計したんだから」

「ああ、俺もそう思う」

 ロタも力強く同意した。

 今度はハヤミが照れる番であった。

 大きく切り分けたケーキをほおばって、しばし壁の上の方へ目をそらしていた。

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