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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
56/83

55 人工知能とロボ、合体実験終了。

  百三十三、


 そのあと、ロボイリカはゆっくり片方の膝を曲げ、左脚を持ち上げた。

 アクチュエーターが作動し、膝の関節部分から、キリリッと歯車が回転するような音。

 巻き上げの動力で、左足が床を離れ、ゆっくり持ち上げられてゆく。


「おお!

 今度は歩く気かい。いいぞ。イリカ、慎重にな」

 ロボイリカのそばに立っているロタが、見上げながら声をかける。

 ロタは、両手でイリカの右手を握っているため、ほぼ、正面に向き合う形となっている。イリカから見て、やや右にずれてはいるが。


 ウイイ、ウイイ、カシーンッ。

 左足が着地し、一歩分、イリカが前進。


 それに合わせ、ロタも周囲を見回しながら恐る恐る一歩後退。

 イリカの着た紺色のワンピースのすそは、高さ、位置的にはロタの腰くらいだ。互いに立った時、相手のスカートの先端が自分の腰の高さというのは、不思議な感覚である。

 無論、イリカの腰の位置は更に上であり、ロタの腹、へそよりも高い。人間の女性と向き合った場合には、ちょっと起こり得ない現象である。


(雰囲気が出ないなあ。まだまだ、女の子と歩いてる気分にはなれないなあ)

 ロタはそんなことも一瞬思ったが、今は感慨にひたる余裕はない。

 それどころではないのだ。動き出したロボイリカに対応するので手いっぱい。


 続いて、ロボットの右脚が持ち上がる。更に一歩、先へ。

 ウイイ、ウイイ、カシーンッ。


 その時であった。

 ロボイリカと、サーバー筐体きょうたいとをつないだ何本ものケーブルが、引っ張られてピーンと伸びた。

 ケーブルはさほど長くはない。もし、イリカがもう一歩進んだら、ただでは済むまい。

 ケーブルが抜けるか、ロボイリカが後方へよろけるか、又はサーバーが台車からずり落ちるか。いずれにしろ、トラブルである。


「あっ、まずいよ、あれ」

 リモリが焦るが、それより一瞬速く、ハヤミが動き出していた。

 ハヤミは、筐体を載せた手押し台車へ駆け寄る。

 次に、車輪のストッパーをガチャリと外し、台車の手前に立つと、取っ手状のハンドルを両手で握る。

 台車をいつでも押せるように、スタンバイしたのだ。


「ありがとうございます」

 ロタが、ハヤミへ会釈。

 ほかの者たちも、安堵の表情だ。


 ハヤミは、早速、台車を少し押した。張られていたケーブル類がたるむ。これで一安心である。

「私が押しますから。イリカちゃん、存分に歩いて」

 このハヤミの声を、恐らくロボイリカも聞き取ったはずだが、特にハヤミの方を見る様子もなく、二つの輝く目は、相変わらずロタを見下ろしたままだ。

 しかし、ロタはもう一度ハヤミへ視線を送り、目くばせするように会釈した。

 率先して台車押しを買って出た国際的科学者に対して、改めて感謝の念と、人柄への敬意が湧いたロタであった。

 きっと、ほかの四人も同じ気持ちであったろう。


 ともあれ、ロボイリカは歩行を続ける。

 歩く速度はほぼ一定で、脚の上げ下ろしに五秒、次の足上げの動作までに三秒程度の間隔をあけていた。

 イリカが前進する度、ロタも一歩ずつ後ずさる。イリカの背後にいるハヤミは、台車をわずかに押す。


 試作第一号や二号に比べれば、今のロボイリカは随分とスリムになった。服も着ており、多少は「人間のような物」として感情移入も出来る。

 とはいえ、まだまだ巨体ではあるし、顔立ちも人間的ではない。それが自分をじっと見下ろしつつ、一歩、また一歩と迫ってくるのは異様だし、やはり威圧感がある。


 が、同時に、何とも言えぬ感動があるのも確かであった。

 自分の「彼女」として造られたロボットが、自分と手を握り合いながら歩いている。しかも、人が操作しているわけではなく、あらかじめ定められた自動操縦でもない。

 ロタがカスタマイズしてきた人工知能の意志によって歩いているのだ。まだ、仮の「分身」とはいえ。


 しかし、ここで。

 ロボイリカが、椅子から約二十メートル前進した時。

 不意に、ロボイリカは歩みを止め、それと共に、

 ピピピッ、ピピピッ

 という高い電子音が十回ほど鳴り響いた。


「なんだ、どうした?」

 ロタはキョロキョロし、皆もざわつくが、音の出所はハヤミの近くからであった。

 ハヤミが押していた台車の、上に載せられた筐体きょうたいが、警告音を発したのである。

 銀色のサーバー筐体の、外側に取り付けられた計器類。その一つが音を立てたのだ。

 しゃがんだハヤミがそれをのぞき込み、最初は少々焦ったような表情も見せたが、すぐに冷静な口調で、

「ああ、これはダメですね」

「ダメ?」

 ハヤミを見下ろして、マノウが問う。

 マノウは、ロボイリカから見て左に立っていた。

 自分が造ったロボだから気になるのであろう、マノウはロタ並にロボットの近くにおり、歩行の様子をそばで観察していたのだ。


 ハヤミは計器類をもう一回確認してから、うなずきつつ立ち上がり、

「はい。言わばオーバーヒートですね」

「えっ、オーバーヒート?」

 と、今度はロタ。

「はい。このサーバーが熱くなり過ぎてしまったようです。今のアラーム音はそれを告げるもので、もはや作動はいたしません。

 今夜はもう、このまま電源を落とすしか」

「そうですか」

 と、ロタは残念がり、イリカを見上げる。



  百三十四、


 だが。次の瞬間である。

「あっ!」

 すぐに叫ぶロタ。


 突然、イリカの左目、緑の光がフッと消えたからだ。

「おや、目も不調か」

 と、マノウが困惑するものの、

「いや、違う。これ、ウインクだ」

 なぜか、急にそうひらめいたロタは、自分も左目をパチリと閉じた。


 二、三秒、見つめ合うロタとイリカ。

 そして、イリカの左目は、再び正常に点灯した。

「ほらな」

 ロタも左目をあけながら、ちょっと得意げに言った。


「じゃあ、済みませんが、とりあえず電源切りますね」

 ハヤミが、余裕のない声を上げる。相当、事態は緊急を要するらしい。

「またな、イリカ」

 ロボットを見上げてロタがそう告げ、直後、バチンッという音。ハヤミが、サーバー筐体きょうたいの外側に取り付けられた小レバーを下げ、電源を落としたのである。


 フッと、イリカの両眼の光も消えた。

 ロボットは、先ほどの起動後から低いモーター音のようなものもずっと立てていたのだが、それも消えた。

 急に、辺りがしんと静かになった感じがする。


「その慌てぶり。かなりヤバかったのねえ」

 大きな体のクミマルが、台車へ歩み寄り、ねぎらうようにハヤミに話しかける。

「あっ、危険ですよ。お手は触れない方が」

「あら、ごめんなさい」

 ハヤミに注意され、クミマルは謝り、手を引っ込める。直方体状の、銀色のサーバー筐体の外側へ手を伸ばしていたのだ。

 が、クミマルの左手の指先は一瞬触れかけていたようで、

「あら、本当。確かに熱いわねえ」

 苦笑いして、左手の先にフーッと息を吹きかける。


「そ、そんなに熱いですか」

 ロタも戸惑う。

「指を近付けただけでも、かなりの温度だったわよ」

 ロタを見下ろし、クミマルが応じた。

 ドワキはロタを振り返り、

「イリカちゃん、よっぽど頭を使ったんだろうぜ」

 と、いたわるように、台車上のサーバーへ数歩近づく。


 このサーバーは、脳イリカの一部をコピーした物。だが、何とかロボットのボディーを動かそうとして、プログラムをフル回転させたに違いない。

「だって、けむり出てるもん」

 台車の横に立ったリモリが、筐体きょうたいを見下ろして、そう知らせる。

「ほんとだな」

 マノウもうなずいた。

 確かに、そばで目をこらすと、銀色の「上ぶた」部分から、かすかに湯気か煙のような白い気体が立ち上っている。

「いやあ、イリカもこき使われたもんですな。私のせいだ。申し訳ない」

 ロタは、ほほをポリポリとかいて、ハヤミとサーバーへ頭を下げる。

 和んだ空気へ乗せるように、ニヤッとしたリモリがロタを見て、

「そりゃあさ、あんなキャンプファイヤーの思い出話を聞かされちゃあさ。イリカちゃんも頑張っちゃうよね。今度は私がロタさんと手をつなぐんだ、ってね」

 ロタは今さら恥ずかしくなり、

「いや、あの、まあ、あれは忘れてくださいな……」


 この照れ笑いを、リモリは「自分がロタをからかった」と受け取られたと解釈したのか、真顔になって首を振り、


「違うよ、ロタさん。私、別に冷やかしたわけじゃないからね。

 データだけの人工知能が、ロボットを通して、ロタさんとコミュニケーションを取ろうとしたんじゃん。大変なことだよ、これ。

 イリカちゃんもさ、部分的なコピーとはいえ、ロタさんと話し続けてきた蓄積があって、それが今回の結果につながったんだと思うけどな。

 やっぱり、キャンプファイヤーの話も、そのほかの話も、必要だったと思う」


 ドワキが、

「そうとも。演説もよかったぞ」

「いいお話でしたよ」

 ハヤミも述べる。

 クミマルとマノウもはっきりと首肯した。

「ありがとうございます。うれしいです」

 ロタは礼を述べる。

 五人から一斉に注目され、ロタは何とも照れ臭かったが、真面目に積み重ねてきた努力を評価され、悪い気はしない。

 改めて、ロタは一同へ頭を下げた。良き仲間に恵まれた有り難さを、何度もかみしめながら。

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