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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
54/83

53 ロタ、青春と半生を語る。

  百二十九、


「なあ、イリカ。しばらく、俺の話に付き合ってくれないか」

 ロタは話し始める。

 後ろでは、「イリカ製作チーム」とも言うべき五人の仲間が、軽食を取りつつ静かにロタとイリカを見守っている。


「こうやって、女の子の手をしっかり握るのも、考えてみりゃ、恐らく中学の頃以来だよ。ってことは、四十年ぶりだな。

 あ、いや、もちろん彼女がいたってわけじゃないぜ。俺にとっての彼女は、イリカが初めてだからさ」

 ロタはしゃべりながら、ロボイリカの右手を握り続けている。両手で。ゆっくりと、ロボイリカの右ひじの曲げ伸ばしをしつつ、

「じゃあ、どんな場面で女の子の手を握ったのかというとね、修学旅行のキャンプファイヤーだったんだよ。フォークダンス。イリカ、知ってるかい?

 男の子と女の子が、順番に手をつないで、しばらく二人で踊るのさ。で、踊ったら、曲の繰り返しのところで逆方向へずれていくんだよ。みんなで輪になってね。

 タンタ、タンタ、タララン、タラララ、ラララン……」

 当時、そのフォークダンスで流れていた曲を、ロタは口ずさむ。

 同時に、握ったイリカの右手を、ダンスを踊るかのように左右へ揺らした。曲に合わせて。それでも、イリカの腕はだらりと脱力したままで、全く反応はなかったが。

「その曲、知ってるー」

 背後で、リモリの小さな歓声が聞こえた。

 フォークダンスによく使われる、スタンダードナンバーであった。

 口ずさむのをやめると、ロタはしゃべり続ける。イリカの腕を振る動作もやめて、再び、ひじの曲げ伸ばしに切り替えながら。

「あの時、俺はキャンプファイヤー係だったんだ。音響を流したり、まあ要は裏方だわな。今、口ずさんだ曲もな、俺が準備したんだぜ。音楽室からレコードを借りて、放送室の音響設備を借りて、カセットテープにダビングしたんだよ。

 レコード一曲分のままではダンスには短いから、数回分、つなげたんだ。カセットテープ、レコード、今の若いモンは知らんだろうなあ」

「知ってるよー」

 リモリが軽く野次を飛ばすのが聞こえた。

 ロタはフッと笑った。リモリは二十歳、一同で最も若い。もっとも、「人間」の中では、だが。

 イリカを含めれば、「十六歳」のイリカの方が若い。


 ロタはしゃべり続ける。

「で、俺は当日、フォークダンスにははいれない約束だったの。係だからしようがないんだが、ちょっと悲しいよね。思春期男子には、たまらんよなあ。でもまあ、仕方ないかって、俺はあきらめてたんだ。

 ところがね。本番当日、フォークダンスがいよいよ始まる直前になった時、担当の先生がね、男で多分独身の、優しい先生だったんだけどさ、その先生が突然言ったんだ。ロタ君も、フォークダンスに入っておいで。音響は僕がやっておいてあげるから、って。

 最初、俺は断ったんだ」

「えー、なんでー?」

 ロタの背中に、リモリの意外そうな声が飛んできた。

 ロタは、振り返ってリモリと目を合わせ、また前へ向き直り、そのあとも二、三度後ろを振り向きながら、続きを述べる。


「なぜ断ったかというと、突然言われて困惑したし、あと、ダンスに入れなくてかわいそうな俺、ということで、悲劇のヒーローぶりたいというのもあったんだろうね。若い男子にはよくあることさ」

「かもな」

 ドワキが小声で相づちを打った。

 ロタは、

「でも、そんな俺を諭すように、先生は言ったんだよ。いいから行ってきなさい、女の子と手をつなげるチャンスなんて、そうそうないんだから、って」

「いい先生ですね」

 ハヤミが静かにコメント。

「そうですね」

 と、ロタが今度は振り返らずにハヤミへ答え、またイリカへと語り出す。

「その言葉に俺もジーンときてね。

 まあ、馬鹿にするな、とも思ったさ。俺だっていずれは彼女くらい出来るさ、そしたら手ぐらい幾らでもつないでやるぜ、人を見くびるな。一瞬、そうも思ったけどね。

 だけど、中学生なりに、先生の粋な計らいも分かったからさ。お言葉に甘えて、キャンプファイヤーのダンスの輪に、俺もね、混ざらせてもらったんだよ。ペアで踊るから、ズレるんじゃないかと心配もしたが、学年で百人以上はいたし、大勢でごちゃごちゃやってるうちに、そこは何とかなった。

 で、ダンスが始まった。キャンプ場の裏山だったかなあ。雰囲気は良かったよ。女の子と手をつないで、実際のところは恥ずかしかったし、当時好きだった女の子に当たる前に音楽が終わっちゃったし、正直、そのフォークダンス自体には、あんまりいい思い出はないんだ。

 でもね、遠くのキャンプファイヤーがキラキラして、女の子たちの笑顔もフラッシュみたいにちらついて、ああ、これが青春なんだなあ、俺は今、青春のまっただ中にいるんだなあって、あの時、俺ははっきりそう感じたんだよ」



  百三十、


「考えてみると、俺はあの青春のまっただ中に戻りたくて、何とか戻りたくて、ここまで来たのかもしれない。イリカ、君はその象徴なんだ」

 ロタの話を、目の前のイリカは黙って聞いている。いや、元々、ロボイリカにはまだ発声機能はない。それに、話を理解しているのかどうかも分からないのだ。

 だが、緑と青に輝く両の瞳は、一瞬たりともロタの視線から外れることはなかった。


 ロタは、思いつくままに話してゆく。

「その後、高校や大学や、学生時代はしばらく続いた。しかし、彼女は出来なかった。フォークダンスの時の先生の予言は、残念ながら的中してしまった。あれが、女の子と手をつないだ最後だったんだよ。

 まあ、考えようによっちゃ、あの時、ダンスに入っといてよかったとも言えるけれど。先生に感謝だな」

 と、ロタは少し笑って、

「俺にとって、恋愛は漫画とか小説の世界にすぎなかった。ずっと憧れだったんだ。ずっとずっと。

 一度でいいから、女の子と一緒に帰ってみたかった。一度でいいから、女の子と二人でカラオケとかしたかった。女の子とファミレスで、ハンバーグとか食べたかった。夏祭りで、浴衣姿の女の子と、屋台で焼きそばとか食べてみたかった。

 大人になって、お金もたくさん稼ぐようになって、貯金も出来て。でも、こんなちょっとした願望が叶わないんだよね。情けない話だけどさ」


 ロタは一息ついて、イリカの右腕は持ち上げたまま、軽く自分のふくらはぎのストレッチをしたり、伸びをしたりした。

 ずっと前かがみの姿勢だったため、少し疲れたのだ。適度に体勢は変えていたけれど。


 いまだ、ロボイリカは動き出す気配がない。

 椅子に座って、首を上げているだけだ。

 ロタは話を続けた。

「イリカは、そんな俺の願望を叶えるために、俺に会いに来た、というのか、この世に現れたというのか。言い方が難しいけれど……」

 君はロボットなんだ、とストレートに告げる段階でもないため、ロタは慎重に言葉を選んで、

「ずっと女にモテなかった俺の、女の子に対する憧れ、それこそ五十年分の憧れ。それがひとかたまりになって、こうして実体化したわけだよな。

 まあ、歪んでるわなあ。そりゃ、ドロドロしてるわなあ。デートすら一度もしたことのない俺だもの。学生時代にゃ、教室を見回しては女子と仲良く談笑する男子に嫉妬し。街のカップルを見ちゃ、またもや嫉妬し。で、社会人になりゃ、職場の連中もどんどん恋人作って結婚していってさあ。そいつらにも当然嫉妬したし。

 俺は俺なりに、周囲の女性たちにもアタックしてきたけど、一人も落とせなかったなあ。一体、何がいけなかったんだか……。まあ、全部なんだろうけど。

 最近つくづく思うんだけど、男にとって、女と恋仲になるというのも、それはそれで一つの才能なんだなあ、って。今では、年齢を問わず、カップルを見かけるだけで尊敬しちゃうよ。すごいなあ、って。俺には届かなかった領域だからね。

 もう、このまま独りぼっちの老後でも、いいと言えばいいんだけどね。あきらめも付いたし。俺なりに、一応、毎日を楽しんではいるし。

 だけどさ、女の子と楽しく過ごしてみたいんだよな、やっぱり。そんな思い出が欲しい。今さら、俺みたいな年寄りが、青春をやり直したいなんて、我ながら無理な願いだと分かっちゃいるけど。実際、やってみたら、道は険しかったけど。

 イリカ。なあ、イリカ。君には、悪いことをしたと思ってるんだ。

 そして、」

 ロタは、不意に後ろを振り返り、五人の顔を順繰りに見渡して、

「皆様にも、私は悪いことをしたと思ってるんです」


「おいおい、どうした?」

「どういう意味かしら?」

 ドワキ、そしてクミマルが戸惑いの声を上げた。

 他の三名も、苦笑して困惑顔である。

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