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5 再び現在編、完成版イリカと対面。

【登場人物(現在編)】


・ロタ 還暦過ぎの独身男性。定年退職の日、いよいよ

イリカを「引き取り」に行く


・イリカ 美少女ロボット。ロタの「彼女」として、

十年かけて製作された

  二十三、


「さあ、ロタさん、本日より第二の人生ですよ」

「……」


 ここで再び、話は現在へと戻る。すなわち、物語冒頭の場面である。

 還暦を過ぎ、定年退職を迎えたロタ。

 その帰りに寄った、別の企業内の一室。

 椅子に座っている、セーラー服姿の「少女」。コードやチューブをつないだ状態。目を閉じて静止。

 そばに立ち、その「少女」を見下ろしている二人の男。ロタと、もう一人はこの企業の社員。ロタよりやや若い。


 社員が尋ねる。

「では、早速ですが、そろそろ起動いたしましょうか」

 だが、少し間を開け、ロタは首を振り、

「いや、その前に、もう少し眺めてからにしたい。よろしいですかね?」

「なるほど。かしこまりました。もちろん結構です」

 社員はにこやかにうなずいた。

 ロタの気持ちに、彼なりに共感したようだ。そして、

「それでは、私はしばらく外します。廊下の辺りに出ておりましょう。起動しようと思われたらお呼びください。私は、廊下か、そのそばのロビーにおります。急ぎません。どうぞごゆっくり」

 と、気を利かせるように部屋を去る。礼を言うロタ。

 こうして、部屋に「二人きり」になった。

 ロタと、いまだ起きない「イリカ」は。



  二十四、


「イリカ……」


 ロタは呼びかけるが、無論返事はなく、イリカは「眠った」ままである。起こすには、先ほどの社員が手順に沿って電源を入れる必要があった。

 ただ、起動自体にはさほど時間はかからないであろう。

 本日、定年退職の日に引き渡すことが決まっていたので、メンテナンスも充電も終えておく手はずになっていたからだ。

 脳、体、顔は別々の三組織へ発注した。

 困難もあったが、うまく組み合わさったらしい。基本的な動作テストは成功との連絡を受けていた。


 イリカを一人見下ろすロタ。様々なことを思い出す。

 親友のドワキは、見積書を作成し道筋を付けてくれた。

 ハヤミに設計してもらった人工知能。最初の頃は会話がまるで通じなかったっけ。

 そのあと、イリカの体を担当する業者はなかなか決まらなかったな。

 候補の企業見学へ向かう道中、思いがけぬ一言でイリカと気まずくなったこともあった。

 体の目処が立ったあと、お次は顔や肌の開発だった。漫画っぽくてもリアル過ぎても駄目で、何度も微調整をして。「不気味の谷」の克服。シリコーン製の肌の感触。

「キスは、イリカの心と体がくっついてからにしよう」。

 これは、イリカの顔デザインの最終案が決定した時、ロタがイリカへ告げた言葉。

 対するイリカの、あの「返答」は衝撃的だった。


 あとからあとから記憶がよみがえり、あふれてくる。

 ロタにとってこの十年は、職業生活の総仕上げであり、同時に定年後の「青春」へ向けた助走期間でもあった。

 ゴールでイリカが待っている。そう思えたから、仕事もなおさら頑張れた。


 椅子に座ったまま、うつむいた姿勢のイリカ。

 十年を経て、ようやく完成した。

 つややかな長い黒髪が肩や顔に垂れている。

 その向こうにセーラーカラーが見えた。腰の下は紺のミニスカートと白いソックス。靴は、茶色いローファー。

 願い続け、求め続けた憧れが、実体を伴って、ついに目の前に現れたのだ。青春時代から四十年遅れて。

 生まれて初めて、やっと会えた俺の「彼女」。



  二十五、


 ロタは、イリカの座っている椅子へ、更に二、三歩近寄った。もう、手を伸ばせば触ることができる距離。

 「完成」したイリカを、ロタが見たのはこれが初めてだ。

 イリカ製作の現場にロタが立ち会ったのは、実は三年前まで。あとは「定年後のお楽しみ」ということで、あえてロタは関わらないことにしたのだ。

 したがって、イリカと最後に「話した」のも三年前。その後、果たしてどこまで開発が進み、どれほど人間っぽくなったのか、期待と不安の日々であった。


 イリカの人格がどう変わったのかにも興味は尽きないが、それは、後で電源を入れるまでは分からぬ。

 今はとにかく、外見だ。じっくりと見つめる。

「……」

 もし、薄暗い部屋で一瞬眺めただけなら、生身の人間が座って居眠りをしているように見えたかもしれない。

 が、明るい場所では、作り物であることは一目瞭然だ。

 ディスプレイ用のマネキンではなく、実際に動作をするロボットである点が大きい。体のところどころの見た目が、やけに機能的なのである。


 例えば、膝。

 イリカは紺色の制服スカートを履かされていた。スカート丈はミニであり、裾が覆っているのは太ももの途中まで。膝小僧は露出している。

 その膝には、関節の継ぎ目が鮮明に浮き出ていた。手足や肩、首など、曲げたり回したりする部分は、どうしてもそうなってしまうらしい。

 紺色のセーラー服は長袖であるため、ひじは隠れているが、恐らく、ひじの関節も同様であろう。

 それでも、三年前に見た最後の試作段階に比べれば、だいぶ目立たなくなっている。

「随分頑張ってくれたんだなあ、あれから」

 ロタはつぶやいて、しみじみとイリカを眺めた。



  二十六、


 続いて、ロタは、イリカの太ももの辺りに目をやる。

 上半身の細さに比べると、そこはやや不自然に太かった。

 履かせている制服のミニスカートも、実はイリカ専用の特注品。人間の女子高生用のスカートでは、ももや腰の辺りがきつくて、入らないのである。ギャザーも多めに、布をたっぷり使用している。


 二足歩行のロボットでは、腰や脚は太めにならざるを得ない。アニメの美少女のような細い脚では、全身を支え切れないのだ。


 もっとも、脚の太さに関しても、製作陣は頑張って改善し、徐々に細くしてくれた。関節の継ぎ目同様、三年前の最終試作段階より少女らしくなっている。

 前述した通り、薄暗い場所で一瞬見た程度ならば、ギリギリ人間と錯覚しそうなリアルさではあるのだ。


「……」

 座ったまま動かぬイリカを、直立のロタは黙って見下ろす。

 イリカの座高と脚の長さから推測するに、立ち上がったら自分とさほど変わらない身長であろう。ロタはそれなりの長身。つまり、イリカは「少女」にしてはかなり背が高いことになる。

 電源を入れてイリカが目覚めたら、まずは背比べをしようかな。

 いや、それよりも、早速手をつないで歩くべきか。何しろ、二足歩行ロボットは立っているだけでもバッテリー消費が激しい。重心を調節し、転倒せぬように姿勢制御が必要だからだ。

 ゆえに、一回の充電で立っていられる時間は短く、まして歩ける時間は更に短い。背比べなどをして、無駄に遊んでいる余裕はあるまい。

 それに、もしロタよりイリカの方が長身だったら、イリカは少しいじけてしまうかもしれない。


 それを想像したロタは、一人でふっと笑い、不意に過去のことを思い出した。

「人工知能といっても女の子でしょ。脚は細い方がいいよ。高性能な人工知能なら、なおさらね。頭いいんでしょ?

 イリカちゃん、恥ずかしいなと思うかもよ」。

 これは、イリカの骨格(動力)を担当した町工場の、ある者が発したせりふである。

(思えば、あの一言で皆の意識が変わったんだよなあ)

 ロタは、当時を懐かしく思い返していた。

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