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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
36/83

35 イリカ製作パズル、最後のピース。

  九十四、


 元女子プロレスラー、クミマル。

 現役を退いてからも節制とトレーニングを欠かさず、体つきに衰えはない。

「とはいいましても、今や試合も巡業もないですからねえ。減りましたよ、筋肉も、食べる量もね」

 体型に関する話題はまだ続いていた。

 クミマルへ、ロタは相づちを打つ。

「へえ、召し上がる量も減るものなんですか」

 クミマルはニコリとしてうなずき、

「ええ。レスラーは食べて、鍛えて、食べて、鍛えて、ですからね。カロリーは筋肉へ換えて、脂肪も摂取してね。体を大きくするんです。

 若い頃なんか、随分無茶しましたよ。一日六食とか。おなかが一杯なのに食べるのって、本当につらい。筋肉だけの引き締まった体だと、パンチや蹴りなどの衝撃を吸収しにくいんですね。脂肪もなきゃ。まあ、最近は、もっと科学的に栄養を分析して、丁寧に体を作るレスラーも多いですが。

 それに、私はいわゆるアイドルタイプでもなかったですしねえ。お客さんも、私の真面目な殴る蹴るを見にいらしてたから」


 クミマルが笑うと、切れ長の瞳がスッと細まり、太い直線のようになる。しかし、まつげが長いこともあり、愛嬌のある「女性の笑顔」だ。

 顔はパンパンに丸く張っていて、ひたいには傷跡も残り、迫力ある顔つき。今でも、もし怒った顔をしたら、ロタも震え上がってしまうに違いない。

 実際、ロタは昔の試合動画も見たが、闘い中のクミマルの表情は恐ろしかった。殺気と流血で、あれはまさに鬼の形相であった。

 だが、現在は優しい顔つき。

 髪は濃い茶色で、ウェーブがかかっている。後ろで結んでいる。ほどけば、セミロングにはなりそうである。


 体から漂う雰囲気や話し方、表情も含め、全体的にとても女性らしい。

 あえて比較するなら、リモリの方が数段、中性的、男性的である。もし、リモリ本人にそれを言おうものなら、しばらく口も聞いてくれぬほど不機嫌になるだろうけれど。


 クミマルは話を続行し、

「お話を聞いてると、なんか似てますよねえ、私とイリカちゃんって」

 スルリと真顔になる。ここからが本題よ、と言いたげに。

「えっ。イリカと?

 ああ、ロボットの方か」

 ロタが困惑したのは一瞬であり、すぐにクミマルの言いたいことを理解した。

(あっ、話はつながってるわけか。なるほどな)

 内心、ロタは感心する。

「そう、ロボットの方とね。人工知能の方じゃなくてよ」

 と、クミマルは説明し始め、

「ロタさんのお話だと、あれでしょ、まずはロタさんより背が高くてさ、横幅もがっしり、脚もがっしり。性別も女でさ。もう、まさに私そのものじゃないの」

「言われてみれば。まあ確かに」

 認めたら失礼な気もしたが、もはやそういう段階でもないと察したロタは、素直に同調した。

「でしょ?

 いろいろ、参考になると思いますよ」

「参考?」

「そう、参考。私の歩き方を録画したりスキャンしたり、バランスの取り方とか、データを取れるでしょう?

 私自身が資料になるわけです」

「ああっ、そうか」

 ロタは口をあんぐりあける。その発想はなかったからだ。


 クミマルの手先は器用であり、バイオニクス造形の技術力は折り紙付きだ。イベントで見た「腕」の模型、この部屋で見た「頭部」の模型。

 これを美少女ロボットへ応用すれば、ハイレベルな出来映えとなるであろうことは、想像に難くない。

 ところが、それだけではなかった。

 クミマルの身体や生き様そのものさえ、多大に貢献し得るわけである。


 クミマルは、

「そうです。で、体のどこをスリムに出来るかを検討しつつ、外側の皮膚も作っていく。人工皮膚で、機械を徐々に包み込んでいく。ね。どうかしら?」

 ロタは二の句が継げなかった。感心どころか、圧倒されてしまう。

「いや、何といいますか……。既にそこまで考えておいでとは」

 ロタは舌を巻いた。この前の初電話から、まだ、そう何日も経ってはいないのだ。


「ロタさんからのあの電話を切ってから、私、色々考えたんですよ。でね、考えれば考えるほど、これって相当やりがいあるぜって思ったの。私も、得るものが多そうですからねえ」

「得るもの?」

 ロタがまた問い返す。

 クミマルは真面目にうなずいて、

「元はといえば、私、自分のケガがきっかけで、医療器具とかバイオニクスに興味を持ったわけで。自分と同じ境遇の、元アスリートを助けたいなあって。整体だって、発想は同じことなんですよ。

 で、あとは体を支える道具とか、傷付いた部分をカバーする方法とか、義手、義足。リハビリ、社会復帰。他にもね。

 そうなるとさ、イリカちゃんが上手に歩いたり動いたり出来て、外見も人間らしくなって、ね、そういうことを研究するってことは、」


「そういうことか!」

 相づちではとても足りず、ロタは叫んでしまう。

 続けて、

「イリカ改良の過程で得たデータ、教訓、技術。全部使えるわけだな、いずれは。人にも応用できるんだ。そうですね?」

「その通りです」

 クミマルはまたうなずいた。


「……」

 知的興奮と、将来への希望と、自身が抱いてきた恋への憧れと。それらが胸の奥でグラグラと煮え立ち、ロタの内部で混ざり合った。

 ロタの体は、小刻みに震え始めてすらいた。

 女性からの恋愛対象にはなりにくい、自分の特性。叶わなかった恋への憧れ。次善の策として始めた、美少女ロボットづくり。

 人間そっくりのロボットは、現在の文明ではつくれない。それでも、出来る箇所から、徐々に似せていった。

 ドワキは、脳・体・外見を並行製作することを提案。きめ細かなプランを練ってくれた。

 人工知能の開発。ハヤミからは現実の厳しさを、リモリからは

思い遣りの大切さを学んだ。

 続いては、体だ。機械では再現が困難な二足歩行。省エネ。騒音の軽減。巨体の縮小化。曲がりなりにも「美少女ロボット」と呼べる物にするべく、マノウは日々奮闘している。


 心と体と。

 「人間」を、人工の技術力でつくり出す試み。

 気が付けば、随分とこの旅路は遠出をしていて、機械の方へ、人工の領域へ分け入っていた。

 だが、今回。

 旅の一行は、再び、生命の方へ、人間の方へ、帰り支度を始めたのかもしれない。たくさんの発見と思い出と、お土産を抱えて。

 イリカ製作のために皆がつないできた道筋が、今、出発点まで立ち返り、きれいに円環を閉じた。そう思えた瞬間であった。


「すげえな。クミマルさん、それ、いいよ。なんか、やれそうな気がしてきましたよ。もしかして、うまくいくんじゃないの?」

 クミマルも、太い首を力強く縦に振り、

「とりあえず、ロボットのイリカちゃんに早く会いたいかな。外見とか、体の動きとか、見てみたいわ」

「近いうちに、それぞれの担当者へ連絡して、顔つなぎをいたします。で、正式に話が固まり次第、すぐにでも」

 と、ロタが答える。

「よろしくお願いいたします。楽しみにしておりますよ」

 ロタを見下ろし、クミマルは穏やかに言った。

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