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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
34/83

33 初接触、ロタとクミマル。

  八十九、


 ロタは、イベントで出会った女性漫画家に、クミマルの連絡先を教えてもらった。

 まさか「美少女ロボットを造るためだ」とは言わなかったが、言葉を選びながらも、ある程度、真剣にこの技術を求めているのだ、という旨は伝えた。

 手と耳の模型は、元々、少しでも宣伝になればという動機で置いていた物だという。根掘り葉掘り目的を尋ねることもなく、漫画家は快く教えてくれた。


「今まで、この作品を驚かれたり写真を撮られたりはしましたが、今日、作者を紹介してほしい、と真面目におっしゃった方はあなたが初めてですよ」

「まあ、そうでしょうな。分かる気がします」

 漫画家とロタは、互いに笑い合った。


 このイベントの時、漫画家は似顔絵を描く企画もやっており、ロタも自分の顔を描いてもらった。

 少女漫画風の絵柄で美しく描いてくれるという触れ込みで、まさにその通りの見事な出来映え。顔は明らかに美化されているのに、確かに似ているのだ。プロの仕事であった。

(イリカに見せたら、何て言うかな)

 ふと、ロタはそんなことを想像した。

 記念とお礼に、漫画作品も何冊か購入。思いがけぬ土産が出来た。


 さて、後日。

 ロタはインターネットなどを用い、クミマルが行っている事業を調べ、ドワキ、ハヤミ、マノウたちにも相談した。

 皆、一様に「信用は出来そうだし、話を持ち込むだけなら取りあえず問題ないだろう」との反応。

 そこで、ロタはクミマルへコンタクトを取ることにした。

 女性漫画家と出会ってから、一月ほど経った頃。


 すっかり涼しくなり、秋が深まり始めていた。



  九十、


 イリカ製作に関わっている者たちの職業は、二通りに大別される。

 ロタやドワキ、ハヤミのように、大組織に所属して働いているタイプ。

 一方、マノウたちは、小規模ながら組織を仕切っているタイプだ。クミマルも、後者に分類される。

 ただ、クミマルは、マノウとはまた形態が違う。

 マノウは町工場の社長であり、様々な別会社へ部品などを納入し、業界で高評価を得ていた。

 だが、クミマルは、それとは微妙に異なる。幾つかの企業、大学の研究室に、アドバイザーとして参画しているのだ。

 同時に、自身も小さな会社を持っている。

 いや、会社と呼ぶよりは「自宅に小さな工房を構えている」という表現が適切かもしれない。


 異なる点はそれだけではない。

 そもそも、経歴からして珍しいのだ。

 何と、クミマルは元プロレスラーであった。

 現在、四十代初め。

 試合中のケガが原因で、約十年前に引退。

 一般的な知名度はなく、名前も顔もロタは知らなかった。

 だが、一部の格闘技ファンには知られているようで、クミマルの映像や写真は、ネットで探せば容易に見つかった。

 もちろん、大半は現役レスラー時代のものだが、引退後の写真もあった。


 身長は、ロタより頭一つ分は高い。ロタも長身なのだが、それを明確に超える。

 街なかでは目立つはずだ。周囲の通行人が振り向くほどであろう。

 いまだ、筋肉も衰えてはいないようだ。

 厚着をした写真ですら、首や肩がはち切れそうに盛り上がっている。

 このこともあって、ロタがクミマルへ初めて電話をした際には、相当な緊張を強いられた。


 だが、用件を伝えると、

「ええっ、女の子型のロボットをお造りなんですか?

 それで、私に顔と皮膚を頼みたい、と?

 へえ、それはそれは。ははあ、ふむ、なるほど」

 と、意外にも、興味を持ったような感触であった。

 取りあえず安堵するロタ。

 人柄も、怖そうではない。むしろ気さくな印象。


 しばらくすると、会話の流れで、「元プロレスラー」の件へ話題が及んだ。そこから、現在の話へ移っていった。

 どうやら、クミマルは話し好きな性格のようだ。又は、ロタが気に入られたのかもしれない。


「試合中にケガしましてね、で、引退して。幸い、後遺症はなかったんですよ。多少、脚とか、今も古傷が痛みますけどねえ。

 それがきっかけで、医療方面に興味が出まして。まず整体を学んで。それから大学へ入って」

 と語るクミマルへ、電話越しにロタが答える。

「貴社のホームページに、クミマルさんのプロフィールも出ておりましたよね。留学もされたとか」

「あら、御覧になってくださったんですねえ。それはそれは、恐縮です。

 そう、海外留学もいたしました。三十過ぎてから。いわゆるミッドキャリアという奴ですね。そこで医療器具のことを勉強しまして。で、今に至るという感じで」

「では、学ばれたことを生かされて、現在はそちらのお仕事をされているわけですね」

 ロタが尋ねると、クミマルは少し否定した。 

「いえいえ。そちらはね、まだ修行中。医療方面はね、時々、アドバイザー的な仕事で呼ばれるくらいなんですよ。

 今のところ、主な収入は整体と、プロレスラー時代の財産、つまり試合の解説とか、たまに若手の指導とかね。時々、講演もします。

 ですから、まあ、私の本業は何ですかと聞かれると、ちょっと困るんですよねえ」

 電話口で、クミマルはのんびりした口調で言うのだった。

 細かいことは気にしない性格らしく、初めてしゃべるロタに対しても、余り身構える様子がない。

 恐る恐る電話をかけたロタも、固さがどんどん抜けてゆく。

 キャラクターとしては、どうやらロタに近いようである。ロタも人見知りをしないからだ。


 続けて、クミマルは、

「医療系アドバイザーの仕事も不定期ですしねえ」

「そうなんですか?」

 取りあえず、ロタは無難な相づち。

「ええ。まず、企業や大学がですね、あるテーマを決めて、それに沿った人員を集めるわけでして」

「テーマとおっしゃいますと?

 例えば、何かを企画して、開発して?」

「そうです、そうです。例えば、障害を持った方々のために、デザイン重視の医療器具を作る場合、各界の専門家を集めるわけです。杖とか、あるいは直接腕や脚に装着する物もね。

 機能が良いだけじゃなく、目立たせたくないとか、逆におしゃれに見せるとか、色々な視点がございますでしょ?」


「では、先日イベントで拝見した、腕の模型は……」

 受話器越しに、息が吹きかかった音がした。クミマルが笑ったらしかった。

「いかがでした、あれ?」

 クミマルの明るい声音が、初めて、かすかに探るような気配をまとった。

「いやあ、驚きましたよ、リアルで。では、あちらも医療器具……」

 自信が持てず、ロタの語尾がよどんだ。

「ゆくゆくはね。ゆくゆくは、です」

 二回繰り返すクミマル。

「今はまだ、研究中?」

 クミマルの話術に乗せられたか、ロタのしゃべり方にもくだけた物が混じりだす。

「そうです、そうです。あれは一応、女性の腕を模してましたけど、特にモデルはおりませんのでね。将来的には、義手のような物へ発展させたいですけど。

 でもね、人の体に装着するのはまだまだ先でしょうね。もっと繊細さが必要です。まあ、しばらくは展示用かなあと思っていましたが、そんな矢先に、この電話でしょ。もしかしたら、って思いましたよ」


「もしかしたら、というのは?」

 ロタが聞き返した。

 クミマルは静かな口調で真意を語り出す。

「先ほどロタさんが、少女タイプのロボットを製作中で、私に外見を担当してほしいとおっしゃった時、」

 クミマルは言葉を区切り、続きを述べる。

「ああ、これだったのかなって。私がやりたかったことは。もしかしたら、私は、ロタさんからのこの電話をずっと待ってたのかもしれません。

 ロボットの体に取り付ける物だったら、出来るかもしれないなと。人工皮膚の研究もしてますしねえ。人間より先に、ロボット用の物を造ってみる。いいかもしれないなあって」

「なるほど」

 そういう発想は、ロタにはなかった。

「それにね、」

 と、電話の向こうのクミマルの声が、熱を帯びたように更に速度を落とした。

「うまく言えないけど、他にも何か貢献できることがあるような気もしてます。

 ロタさん、お話、詳しく聞かせてください」

 クミマルとの交流は、こうして始まったのだった。

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