33 初接触、ロタとクミマル。
八十九、
ロタは、イベントで出会った女性漫画家に、クミマルの連絡先を教えてもらった。
まさか「美少女ロボットを造るためだ」とは言わなかったが、言葉を選びながらも、ある程度、真剣にこの技術を求めているのだ、という旨は伝えた。
手と耳の模型は、元々、少しでも宣伝になればという動機で置いていた物だという。根掘り葉掘り目的を尋ねることもなく、漫画家は快く教えてくれた。
「今まで、この作品を驚かれたり写真を撮られたりはしましたが、今日、作者を紹介してほしい、と真面目におっしゃった方はあなたが初めてですよ」
「まあ、そうでしょうな。分かる気がします」
漫画家とロタは、互いに笑い合った。
このイベントの時、漫画家は似顔絵を描く企画もやっており、ロタも自分の顔を描いてもらった。
少女漫画風の絵柄で美しく描いてくれるという触れ込みで、まさにその通りの見事な出来映え。顔は明らかに美化されているのに、確かに似ているのだ。プロの仕事であった。
(イリカに見せたら、何て言うかな)
ふと、ロタはそんなことを想像した。
記念とお礼に、漫画作品も何冊か購入。思いがけぬ土産が出来た。
さて、後日。
ロタはインターネットなどを用い、クミマルが行っている事業を調べ、ドワキ、ハヤミ、マノウたちにも相談した。
皆、一様に「信用は出来そうだし、話を持ち込むだけなら取りあえず問題ないだろう」との反応。
そこで、ロタはクミマルへコンタクトを取ることにした。
女性漫画家と出会ってから、一月ほど経った頃。
すっかり涼しくなり、秋が深まり始めていた。
九十、
イリカ製作に関わっている者たちの職業は、二通りに大別される。
ロタやドワキ、ハヤミのように、大組織に所属して働いているタイプ。
一方、マノウたちは、小規模ながら組織を仕切っているタイプだ。クミマルも、後者に分類される。
ただ、クミマルは、マノウとはまた形態が違う。
マノウは町工場の社長であり、様々な別会社へ部品などを納入し、業界で高評価を得ていた。
だが、クミマルは、それとは微妙に異なる。幾つかの企業、大学の研究室に、アドバイザーとして参画しているのだ。
同時に、自身も小さな会社を持っている。
いや、会社と呼ぶよりは「自宅に小さな工房を構えている」という表現が適切かもしれない。
異なる点はそれだけではない。
そもそも、経歴からして珍しいのだ。
何と、クミマルは元プロレスラーであった。
現在、四十代初め。
試合中のケガが原因で、約十年前に引退。
一般的な知名度はなく、名前も顔もロタは知らなかった。
だが、一部の格闘技ファンには知られているようで、クミマルの映像や写真は、ネットで探せば容易に見つかった。
もちろん、大半は現役レスラー時代のものだが、引退後の写真もあった。
身長は、ロタより頭一つ分は高い。ロタも長身なのだが、それを明確に超える。
街なかでは目立つはずだ。周囲の通行人が振り向くほどであろう。
いまだ、筋肉も衰えてはいないようだ。
厚着をした写真ですら、首や肩がはち切れそうに盛り上がっている。
このこともあって、ロタがクミマルへ初めて電話をした際には、相当な緊張を強いられた。
だが、用件を伝えると、
「ええっ、女の子型のロボットをお造りなんですか?
それで、私に顔と皮膚を頼みたい、と?
へえ、それはそれは。ははあ、ふむ、なるほど」
と、意外にも、興味を持ったような感触であった。
取りあえず安堵するロタ。
人柄も、怖そうではない。むしろ気さくな印象。
しばらくすると、会話の流れで、「元プロレスラー」の件へ話題が及んだ。そこから、現在の話へ移っていった。
どうやら、クミマルは話し好きな性格のようだ。又は、ロタが気に入られたのかもしれない。
「試合中にケガしましてね、で、引退して。幸い、後遺症はなかったんですよ。多少、脚とか、今も古傷が痛みますけどねえ。
それがきっかけで、医療方面に興味が出まして。まず整体を学んで。それから大学へ入って」
と語るクミマルへ、電話越しにロタが答える。
「貴社のホームページに、クミマルさんのプロフィールも出ておりましたよね。留学もされたとか」
「あら、御覧になってくださったんですねえ。それはそれは、恐縮です。
そう、海外留学もいたしました。三十過ぎてから。いわゆるミッドキャリアという奴ですね。そこで医療器具のことを勉強しまして。で、今に至るという感じで」
「では、学ばれたことを生かされて、現在はそちらのお仕事をされているわけですね」
ロタが尋ねると、クミマルは少し否定した。
「いえいえ。そちらはね、まだ修行中。医療方面はね、時々、アドバイザー的な仕事で呼ばれるくらいなんですよ。
今のところ、主な収入は整体と、プロレスラー時代の財産、つまり試合の解説とか、たまに若手の指導とかね。時々、講演もします。
ですから、まあ、私の本業は何ですかと聞かれると、ちょっと困るんですよねえ」
電話口で、クミマルはのんびりした口調で言うのだった。
細かいことは気にしない性格らしく、初めてしゃべるロタに対しても、余り身構える様子がない。
恐る恐る電話をかけたロタも、固さがどんどん抜けてゆく。
キャラクターとしては、どうやらロタに近いようである。ロタも人見知りをしないからだ。
続けて、クミマルは、
「医療系アドバイザーの仕事も不定期ですしねえ」
「そうなんですか?」
取りあえず、ロタは無難な相づち。
「ええ。まず、企業や大学がですね、あるテーマを決めて、それに沿った人員を集めるわけでして」
「テーマとおっしゃいますと?
例えば、何かを企画して、開発して?」
「そうです、そうです。例えば、障害を持った方々のために、デザイン重視の医療器具を作る場合、各界の専門家を集めるわけです。杖とか、あるいは直接腕や脚に装着する物もね。
機能が良いだけじゃなく、目立たせたくないとか、逆におしゃれに見せるとか、色々な視点がございますでしょ?」
「では、先日イベントで拝見した、腕の模型は……」
受話器越しに、息が吹きかかった音がした。クミマルが笑ったらしかった。
「いかがでした、あれ?」
クミマルの明るい声音が、初めて、かすかに探るような気配をまとった。
「いやあ、驚きましたよ、リアルで。では、あちらも医療器具……」
自信が持てず、ロタの語尾がよどんだ。
「ゆくゆくはね。ゆくゆくは、です」
二回繰り返すクミマル。
「今はまだ、研究中?」
クミマルの話術に乗せられたか、ロタのしゃべり方にもくだけた物が混じりだす。
「そうです、そうです。あれは一応、女性の腕を模してましたけど、特にモデルはおりませんのでね。将来的には、義手のような物へ発展させたいですけど。
でもね、人の体に装着するのはまだまだ先でしょうね。もっと繊細さが必要です。まあ、しばらくは展示用かなあと思っていましたが、そんな矢先に、この電話でしょ。もしかしたら、って思いましたよ」
「もしかしたら、というのは?」
ロタが聞き返した。
クミマルは静かな口調で真意を語り出す。
「先ほどロタさんが、少女タイプのロボットを製作中で、私に外見を担当してほしいとおっしゃった時、」
クミマルは言葉を区切り、続きを述べる。
「ああ、これだったのかなって。私がやりたかったことは。もしかしたら、私は、ロタさんからのこの電話をずっと待ってたのかもしれません。
ロボットの体に取り付ける物だったら、出来るかもしれないなと。人工皮膚の研究もしてますしねえ。人間より先に、ロボット用の物を造ってみる。いいかもしれないなあって」
「なるほど」
そういう発想は、ロタにはなかった。
「それにね、」
と、電話の向こうのクミマルの声が、熱を帯びたように更に速度を落とした。
「うまく言えないけど、他にも何か貢献できることがあるような気もしてます。
ロタさん、お話、詳しく聞かせてください」
クミマルとの交流は、こうして始まったのだった。




