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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第一部 ハヤミ編(人工知能の章)
3/83

3 人工知能イリカ、プロトタイプ完成。

  十三、


 それから、およそ三か月後。

 ロタは再び同研究施設へ出向き、ハヤミに会った。

 人工知能プロトタイプ完成の連絡を受けたのである。


 場所は、今度は応接室ではなく、更に奥の実験棟。ハヤミに案内され、そのうち一つの部屋へ入る。

「おっ、これはすごい。機械だらけですね」

 ロタは声をあげた。

 パソコン画面だけで複数並んでいる、十五畳ほどの室内。壁も床も配線だらけで、そこら中サーバーやパイプ、モジュールなどの機械類が多数取り付けられていた。

 天井も高い。壁の上方までマシンでぎっしり。

 人がいられるスペースは、部屋の中央、椅子二つ分のみ。

 ロタもハヤミも、迷路みたいな機械の狭間をすり抜け、足下のコードを踏まないよう注意しつつ、そこへ向かった。

 互いに向き合って座る。

 間を挟んだ低い丸テーブルには、スマホを二周り大きくしたような、平べったい機械が一つ載っており、銀色に輝いていた。タブレット端末だろうか。

 ハヤミは膝を斜めに崩した。今日はスカートではなく、ベージュのパンツスーツ。上は長袖の白ブラウス。

「まず、こちらの部屋ですが、」

 と、ハヤミが説明を始めた。

「ここにある設備全体で、人工知能のプロトタイプです」

「ええっ、これ全部がですか」

 驚いて、ロタは部屋を再び見回した。

「はい。とりあえず、かき集められる部品で組み上げました。

 これだけ大量の回線をつなげても、人間の女の子一人分の頭脳を再現できるかどうかは、」

「微妙ですか」

 ハヤミは唇をキュッと結び、

「微妙なところですね」

 ロタはため息をついて、

「つくづく、人間の脳っていうのは……」

 偉大なものである。

 ハヤミもうなずいた。

「ですね。まあ、ありあわせのサーバーも使用しており、これは

やや大げさな設備となってはいますが。いずれ、高度なCPUやGPUを導入予定です」

「G、PU?」

「はい。GはグラフィックスのGです。画像や映像の演算処理を行うICチップ。システム縮小が可能です」

「つまり、ゆくゆくは設備もどんどん入れ替わるわけですか」

「その通りです。徐々に別のものに置き換え、縮小します。十年後までには、ロボットの頭部に収める予定です。

 ただ、もしも間に合わなかった場合には、」

 ロタは思い付いて、口を挟んだ。

「遠隔操作にして、脳だけ別の場所に置く、とかですか?」

「おっしゃる通りです。まさに。

 現在のロボット技術も、ネット接続でクラウドと連携し、情報処理機能を移してロボット本体は軽くします。でも、今回はスタンドアローン、単体自律型が理想です。

 造るのはロタさんのプライベートな恋人。複数のロボット間で情報を共有させたり、融通させ合ったりはしませんから。

 脳だけが別の場所にあるというのも……」

 ロタとしても、そこは同意しやすい部分であった。

「まあね。気持ち的には、全てそばに置いておきたいですね。秘密も漏れないでしょうし」

「ですよね」



  十四、


 続いて、話題はテーブル上のタブレット端末へ移る。

「で、これは?

 スマホみたいに見えますね。にしては大きいようですが」

 ロタが尋ねると、ハヤミは、

「こちらは、人工知能とダイレクトにつながっている装置。確かに、スマホに似ております。通信機みたいなもの。

 できるだけ頻繁に声をかけてあげてください。話しかければかけるほど、徐々にですが賢くなります」

 ここまで来ると、どうしても気にかかる点がある。

「しかしですね、とてつもなくお金が掛かりませんかね。私に支払えるでしょうか。この部屋の設備もすごいですし」

 ロタは、改めて周囲を眺め回す。

 巨大なサーバー、大量の配線、パソコン、その他機械類。しかも、今後、最新機器へどんどん入れ替わるという。

 だが、ハヤミは真顔になり、即座に言い切った。

「御心配なく。契約書は追って作成いたしますが、ドワキ教授の見積書にあった御予算以上の料金はいただきません。

 私どもは現在、様々な研究を並行しており、ロタさんの件もその一環だからです」

「つまり、どこからどこまでが私の依頼の件なのかが……」

 大きくうなずき、先を続けるハヤミ。

「はっきりしないわけです。

 これから先、何年もかけてロタさん用の人工知能を開発していくわけですが、その過程で生まれる新技術は他の研究にも応用できるはず。言わば波及効果ですね。

 また、私どもは特許も取得するでしょうし、論文も発表するでしょう。我々にとっても利益をもたらします」

「なるほど。で、その逆もあると」

「まさに。別の研究が偶然役立つ場合も出てきますよね。

 あっ、もちろん、」

 ハヤミは話を一旦区切り、声をひそめ付け足す。

「ロタさんの彼女を造っていることは、一切公表いたしません。守秘義務があり、内容もデリケートですので」

 これに言及してくれた気遣いがうれしい。

「どうもありがとう。そうしていただけると助かります」



  十五、


 ロタは、丸テーブルに置かれていた機械を手に取る。重さも、スマホより若干あるように感じる。

「このボタンを押すわけですか」

「はい。そうしますと、人工知能も起動いたします。ロタさんの指紋認証付き。他人には起動できません」

「すごいですね。で、起動したら……」

「電話みたいに、人工知能本体といつでも話せるわけです」

 言わば、擬似的な声だけの恋人か。悪くないかな。寂しい時にも、話し相手になってくれるであろう。問題は、まともな会話になるのかだが。

「そして、もう一度押すと切れるわけですか」

「はい。本体の電源も連動して落とされます。内容は蓄積されますし、私どもも日々改良を加えますので、」

「学習してどんどん賢くなる、と」

「ということです。ただ、」

 ハヤミは少々申し訳なさそうに続ける。

「最初は、ちょっとイライラするかもしれません」

「イライラ……?」

「会話がかみ合わないからです。

 最終的には人間並みの会話能力の習得を目指しているため、多方面の要素を組み合わせ、じっくり成長するようプログラムされておるのです」

「ゴールが遠い分だけ……」

 ハヤミはうなずきながら、一瞬にっこりした。ロタの相づちが適切だったのだろう。

「ということです。それだけプログラムに空きスペースを設けてあるわけです。自由度が高いとも言えます」

「分かりました。辛抱しましょう」



  十六、


「もう一つ。この人工知能には、ロタさんの生い立ちや人生観など、基礎的な情報が既にインプットされています。

 それから、ロタさんの声に最優先で反応するように設計してあります」

「そうなんですか。他の人の声には反応しないんですか?」

「若干はします。ただ、優先順位はかなり低いです。無視されることも多いです」

「風邪引いたりして、声がかれても……」

「大丈夫です。精密に声紋等を登録してございますから」

「そこまでする意味は?」

 ハヤミは優しく笑った。

「もちろん、ロタさんの情報を最優先に吸収し、蓄積するためです。そうすることによって、少なくともロタさんとは人間並みの会話が可能となるかもしれないのです」

「俺だけのロボット……」

「まさに。

 ここから先の作業は、ロタさん以外には不可能です」

「どういうことでしょうか」

「基礎プログラム作成は完了したのです。あとはロタさん御自身の声でやっていただくしかありません」

「なるほど。私の声にしか反応しないからか」

「そうです。だからこそ、今日お呼び立てしたわけです」



  十七、


「ええと、それで、起動した後、最初はどうすれば?」

「そうですね、まずは名前を呼んであげてください。

 ロボットのお名前は、ドワキ教授の見積書にありました。イリカちゃん、でしたよね」

 ハヤミの口元が緩んだ。

 場が和み、ロタもほほえんだ。

 言うまでもなく、「名付け親」はロタ自身だ。

 かつて片想いした女の子や、語感などを参考にした。

 イリカ。それなりに思い入れはある名前。

 何しろ、今後、人生初となる恋人の名前なのだ。


「そうです、イリカです」

「当然、そのお名前はインプット済みですから。

 名前を呼んだ後、次に自己紹介をしていただければと思います」

「分かりました」

「あとは、自動的に初期設定が始まるはずです。ただ、ロタさんの声でしか動かせない以上、私どもとしても、対話のテストはほとんどできてはおりません。若干、ぶっつけ本番の観はあります。申し訳ないですが」

「ちょっと怖いですね。でも、楽しみでもありますよ」

「ではそろそろ、御説明も済んだところで」

 ハヤミが片手をロタの方へ差し出し、どうぞ、と促す。

 ロタは「よし」とうなずいて、タブレット端末のボタンへ指を近づけた。



  十八、


 銀色に光る平べったいタブレット端末。

 ロタはそれを持ち上げ、片方の手のひらに載せた。

 下部中央、丸い大きめの黒ボタンを押す。

 ロタの指は、柔らかいボタンへ沈み込む。カチッと、確かに押された感触がした。

 ブーン……と鈍い起動音。端末の液晶画面に明かりがともった。文字や画像は映らず、ぼうっと光るのみである。

「初めてなので起動に時間が掛かります。次回以降は、この段階でもう会話が始められますから」

 説明しながら、ハヤミはパンツスーツの膝の上に両拳を握り、唇もキュッと結ぶ。もう目が笑っていない。

 これから何が起きるか、設計者ハヤミにも予測は付かない。人工知能の第一人者として責任もある。


 次の瞬間であった。

 不意に、ロタの全身を異様な感覚が包み込んだ。

「うぐっ、ぐぐぐっ……」

 口の奥でうめくロタ。

 眼前のハヤミに聞こえるほどではないが、顔をしかめたことには気付かれた。

「えっ、どうされたんですか?」

「いや、何でも。ちょっと」

 普通にしゃべることはできる。が、背中に汗がにじむ。

 恐らく、生まれて初めての感覚。

 何と言ったらいいのだろうか。まるで、部屋中から視線を浴びているような、探られているような。

 自分を取り囲んでいる機械。

 高い天井までびっしり埋め尽くしたパソコン画面やサーバー、モジュールの一つ一つが、上から、横からロタを眺め回し、読み取ろうとし、じっと見つめている。

 なぜか、そのような気配、熱気をはっきりと感じるのだ。

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