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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
26/83

25 人工知能も、機械の塊。

  七十、


「それにしても、」

 と、改めてロタは部屋を見回し、

「イリカも随分、規模が縮小されたものですね」

 ハヤミも笑って、

「ですね。スリムになりましたよね。最初の頃は、この部屋全体、床も壁も、サーバーや配線でいっぱいでしたからね」

 そう、今二人がいる場所は、実は人工知能イリカの本体が置かれた例の部屋なのだった。

 ロタが初めてイリカ本体を見て、さらには初めてイリカと会話した記念すべき場所。

 あれ以来、ロタも数回訪れている。ハヤミ立ち会いのもとでイリカと会話をし、イリカの状態を確認することなどが目的だ。

 未だに、イリカ本体は同じ部屋に設置され続けているのだった。移動させる予定は特にないという。


 室内にはだいぶ空きスペースができていた。

 かつて、部屋全体を埋め尽くしていた大量の機械類は、もはやその面影もない。室内の片側にまとめられており、占有率は四割に満たない。

 ロタに余り専門知識はないが、平たい段ボールのような形状の、鈍い銀色の直方体が積み重なっているのは、いわゆるサーバーである。これがシステムの中心。

 サーバーが積まれたラックは、人の背丈より高い。

 温度を一定に保つために、ラックの外側は、棚のような巨大冷却装置に囲まれている。

 データ処理が高度になるほど、機械は熱を帯びる。いかに熱を排出させ、冷却するかが課題の一つだ。

 人工知能イリカ本体の規模は、ロタが見学に訪れる度に小さくなり、初期に姿を消した機械類もあった。だが、ロタが見る限り、ここ冷却系のエリアは余り変わっていない印象を受ける。


 ロタは何となく聞いてみる。

「見た限り、まだまだ冷却装置がごつい感じですね。これが縮小されないと、脳をイリカのボディーに収めるのは難しそうですけど」

 ハヤミは、

「そうですね。ただ、現在は、サーバーラック内に収納できるマウント式の薄型クーラーも開発されています。あるいは、サーバーの廃熱をエネルギーとして再利用する冷却技術もできつつあり、今後数年間で更なる縮小も可能だと思われます」

「よかったです。希望はある感じなんですね」

「ええ。あとはですね、今後、イリカちゃんの脳と体がドッキングしましたら、今、この部屋にある装置の中でも、必要がなくなる部分も出てきますので、もっと縮小ができるでしょう」

「どういうことでしょうか」

「例えば、目や耳です。

今のイリカちゃんは脳だけですから、仮の視覚や聴覚を持たせています」

「仮?」

 ハヤミは首肯し、

「はい。主なものはやはり、ネット接続ですね。電源を落とされている間、イリカちゃんは完全に眠っているわけではなく、インターネットと緩やかにつながって、外の世界のことを学習しています。映像や音声によって。

 もちろん、その全てを蓄積してしまうと膨大な量になりますから、適度に受け流したり捨てたりしながら、ではありますが。

 それに、人間らしくさせるための情報は、第一義的には、やはりロタさんから教わり、吸収するのが理想ですしね」

 ロタは照れ笑いをした。

 ハヤミの唇も、笑みの形になる。


 ハヤミは解説を続ける。

「でも、イリカちゃんに体が付いたら、もはやそういう機能は不要です」

「混乱しちゃいますもんね」

「ということです。ひとたび目と耳を持ったなら、それを通じて見える物、聞こえる音のみを認識させなければいけません。つまり、外部の物理的なセンサーに移し替えればよいので、その分、脳のスペースは少なくて済むのです」

「なるほど」


「それから、脳を分散させてボディーに収納する案も検討中です」

 ロタは自分の頭を指差し、

「分散、ですか。つまり、頭部だけでなく?」

 ハヤミも、自分の後頭部を片手でゆっくり撫でる仕草をしながらうなずき、

「ここに入り切らない部分を、別の部位へ移すわけです。例えば、頭、腰、脚に分散するとか」

 手を元へ下ろすハヤミ。結んだ髪の下へ手を差し入れていたため、後頭部の髪がパサリと跳ねて、戻った。

 ハヤミは説明を続け、

「個人的には、脳の基幹部分、コイルやケーブルが凝縮された最も重たい箇所を腰へ収納したい気がしていますね。重心が下へ集中しますので、安定すると思います。

 この辺は、いずれマノウさんと話し合うことになるでしょう。恐らく、マノウさんの方がアイデアをお持ちのはずです」

 ロタも思い出して、

「そういえば、マノウさんもおっしゃっていました。イリカの体の内部には、動力部以外にも、人工知能を収納するスペースが必要だと。試作品はそれも踏まえたものになると」

「最初の試作品はいつ頃できそうとか、もう、そういうのはあるんですか?」

 と尋ねるハヤミに、ロタは、

「一応、年度内には仕上がるそうです、試作第一号がね」

 と応じる。

 ハヤミはほほえんで、

「年度内ですか、意外と早い。あと半年。楽しみですね」

 と、丸眼鏡越しの大きな瞳を輝かせる。

 ロタも微笑して、

「そうですね」

 とだけ答えた。


 実を言えば、この件に関してロタの内心は複雑であり、さまざま思うところがあるのだが、

(まあ、わざわざ今言うことでもないしな)

 と、ハヤミには黙っておくことにした。

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