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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
23/83

22 リモリ慰労会、うなぎの部。

  六十三、


 夕方になり、先ほど下見をしておいたモニュメントの前へロタは向かう。駅前広場である。マノウ、リモリとの待ち合わせ場所。真夏なので、まだ空は明るい。

 金色のモニュメント周辺では、学生や家族連れが談笑し、たむろしていた。少し離れてロタも立つ。


 約束の二十分前にロタは着いたが、マノウたち二人も十五分前に現れた。

 ロタが二人に気づいた時、リモリはマノウの数歩先を歩いていて、

「ロタさーん」

 と、右腕を高く上げ、左右に大きく手を振った。


 親子とも、私服に着替えて来ていた。

 リモリは、白いロングギャザーのワンピースガウンを羽織っていた。もし、そのまま前を閉じれば、普通にスカートにもなりそうに見える。裾の下部はレース地。袖は太めで、ひじまでの丈。

 ガウンの中は、水色と白の横じまシャツ。風でガウンがずれ、左肩が一瞬あらわになった。ノースリーブだと分かる。

 下は黒いショートパンツ。


 マノウも小ぎれいな服装。

 勝手な想像だが、娘のリモリが選んであげているのではないだろうか。

 編み目の粗い、夏用の半袖ニットセーター。白。

 ズボンはスキニーパンツ。カーキ色。マノウのようなやせ形でなければ履けまい。


 自然と、ロタの第一声も服装への賛辞となる。

「良いですね、お二人とも。親子しておしゃれで」

 ふへへとリモリは笑い、

「さっきイリカちゃんに、同じ女の子として気持ちは分かる、とか言っちゃった手前もあるしね」

「どういうこと?」

 真意がつかめないロタへ、リモリは、

「ほら、ロタさんは作業着の私しか見てないじゃん。女子っぽい服、持ってるのかなとか心配してるんじゃないかなって」

 予想外の言葉にロタは首を振り、

「えっ。そんなこと。作業着も十分、女性らしかったですよ」

「その割には、男と間違われた気もするけどねえ」

「面目ない」

 ロタは指でほほをポリポリかく。リモリが吹き出した。マノウもほほえんで見守っている。


 何となくその場にとどまり、しばし立ち話。

 品のない目付きにならぬよう気遣いつつも、ロタはリモリの服装を軽く眺め回す。

 シャツやショートパンツ越しに体のラインも出ていて、これなら女性としか見えない。

 リモリのアッシュブラウンの髪はとても短く、外の風が当たっても前髪が跳ねる程度だ。首筋も耳も完全に露出している。

(おしゃれするとしたら、出来るのは髪留めとピアスくらいかな)

 などと考えるロタ。今のリモリは、どちらも付けていないが。


「イリカちゃんは、長い黒髪だっけ?」

 ロタの視線に気付いてか、リモリが指先で自分の前髪をつまみ、軽く整えながら聞いてきた。

「えっ。あ、ああ、うん。そうです」

 突然の問いかけに少々ロタは面食らう。

「ドワキ教授の見積書にそう書いてあったから」

「なるほど、そこで見たのか」

 ロタは納得した。

 リモリは横目で、明るくニヤッと、

「黒髪ロングが好み?」

 今度はもう、次の会話へ心の準備が出来ていたロタは、余裕を持ってゆったり答える。

「んー。どうだろね。何か、青春って感じがするでしょ。懐かしさ、みたいなさ」

 無難な回答だが、実際、そのくらいしか考えていないのだ。

 リモリもここは軽く流し、

「なるほどー」


 また風が吹く。

 リモリは、風で腰に巻き付いたガウンの裾を、片手で元に戻しつつ、

「こんなに脚出したの久々」

 と、右膝を上げ、左手でするりと撫で上げる。確かに、顔の日焼けの割に、太ももから下は肌が白い。

 ロタは尋ねる。

「普段は余り着ない?」

「着ないです。仕事着と、あとは家で勉強」

「勉強?」

「ずっと頑張ってるもんな」

 マノウが口を挟む。リモリは、

「うん。資格を取ろうと思って」

「情報処理系の。あと、法律も」

 と、マノウが付け足す。

 お世辞抜きで感心したロタは、

「理系も文系もか。すごいですね」

「父の会社で早く働きたかったし、仕事も好きなんだけど、理論も学んでおきたくて」

「高校出て、すぐ働いた感じ?」

「そうです。大学も考えたけど、単位とか面倒かなって」

 そんな会話を交わしつつ、三人で繁華街の方へ向かった。



  六十四、


 一軒目はうなぎ店。

 リモリが「行ってみたい名店が近所にある」とのことだったので、席の予約は任せておいた。

 繁華街の少し外れ、川沿い。武家屋敷のような赤い瓦屋根の二階建て。

 入り口には、高い位置に、覆い被さるように斜めに取り付けられた大看板。年輪が太く浮き出た、つややかな木製だ。引き戸のそばには、低い石碑も建っている。

 分厚い紺色ののれんをくぐる。炭火焼きの香り。


 夕食にしてはまだ早めだからか、客の入りは三割ほど。

 靴を脱ぎ、お座敷席へ。

 磨き上げられた四角い黒テーブル、繊細な刺しゅうの座布団、いずれも見るからに高級品。周囲は障子。

「すごいな」

 高級店のたたずまい。ロタの表情が引き締まる。

「ちょっと、子供同士じゃ来れないでしょ」

 言いながら、リモリも座布団に腰を下ろす。ロタの真向かい。マノウはロタの左斜め前。

「大人でもびびるよ」

 ロタの本心だった。


 豪華な二段重ねのうな重を食べる。評判通りのおいしさ。

 肉厚だが、脂っこさはない。口に入れた瞬間はやや固いものの、やがてうまみが舌へじんわり移ってくる。

 細かな骨のようなチクチクした歯触りもあるが、ギュッとかむと、歯が一瞬弾むような弾力。瞬間、炭火で焦げた香りが、上品に鼻をくすぐる。適度な野性味が、かえって食欲を刺激する。


 なお、料金は、リモリの分もロタが支払う約束になっていた。

 当初、三人分を全てロタが払おうとしたが、マノウがかたくなに断ったのだ。


 食べながら、話題はイリカに関するものへと移っていく。

「ロタさんの声しか聞き取れないのって、よくない気がするんだけどなあ」

 うなぎへの箸を休め、お吸い物を持ちながらリモリが言う。

「どうして?」

 ロタは首をかしげる。初めて聞く論点。



  六十五、


 リモリはお椀の汁を一口すすり、

「だって偏っちゃうじゃん。話せば話すほど、ロタさんのコピーが出来上がるだけだと思う」

「イリカがそうなる、と?」

「うん。いろんな人と会話ができたら、思想的なものとかもいろいろ混ざるでしょ。でも、ロタさんの声しか聞こえないんじゃ、ロタさんの人格が注ぎ込まれる一方だもん」

「なるほどな……」

 ロタの語尾がよどんだ。

「ですが、」

 マノウが会話に加わりながら、口の中のうなぎを飲み込み、

「必然性があってのことなんですよね。ロタさんと自由な会話ができるようになるために、他人の声を拾わせない、ひたすらロタさんへ意識を集中させる」

 ロタはマノウに視線を移し、

「はい。それと、ハヤミさんの説明では、他人に勝手な命令を出させないためのセキュリティー上の理由もあるそうで」

「ふーん」

 リモリは箸の先をくわえたまま、上目使いに考え込む。


 そして、箸をお重に渡すようにして置いた。

 ロタとマノウを交互に見て、

「まあ、じゃあさ、当分は、今日やったみたいに、私がしゃべってロタさんが繰り返す方法しかないか。

 なんにせよ、私は関わらないとね。男性陣に任せておくと、すぐ、メカの性能がどうとか、そっちの話に夢中になっちゃって、女の子の気持ちが置いてきぼりにされちゃうから」

 ロタ、マノウは苦笑して顔を見合わせ、順に言った。

「昼の件もありますし、まあ正論、」

「でしょうね。確かに、ええ」

「ふっふふー」

 本日最大の功労者は、ニマニマ笑うと、お重を持ち上げ、得意げにうなぎの続きへ取りかかるのだった。

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