21 チップセット、ロタの恋愛観、ミニ散策。
六十、
時刻は、そろそろお昼時であった。
マノウたちには既に昼食の用意があるとのことで、ならばと、夕食を三人で一緒に取ろうということになった。
「駅前に食べるところが色々ありますから、一旦お別れし、夕方、改めてそこで落ち合いましょうか」
と、マノウが提案し、そうすることにした。
ただ、別れる前に一時間半ほど、ロタは更に社内へとどまり、書類作成をしたり、マノウの案内で工場内を見学したりした。
イリカの腕を少しずつ試作し始めているとのことで、それも見せてもらった。
場所は別室。
テーブルの上に一本だけ固定されており、かろうじて「指」が五本ある他は、形状も角張っており、色も鈍い銀色で、まだまだ人間の腕には見えぬ。
部品工場などで見かける小型ロボットアームという趣。
しかし、マノウの合図でリモリが電源を入れると、テーブル上の箱に入った積み木やブロックをつかんでは、そばの別の箱へ次々にそっと移してゆく。ウイイ、ウイイ、と動作音を立てながら。
ロタは感心し、
「優しくつかむんですね。つかむ場所も一個ずつ違うようだし」
「おっ、鋭い。そう、その通りなんですよ」
と、リモリがうれしそうに。
マノウも明るくほほえんで、
「手首に小型カメラが設置されてございまして、つかむ対象を立体的に画像解析し、持ちやすい箇所を調べてからつかんでおるのです」
「ということは、腕が自ら考えて?」
マノウはうなずいて、
「さようでございます。実は、このアームの動力部には人工知能が取り付けられております。ハヤミ先生の物に比べれば初歩レベルですが」
「マノウさんも、人工知能の開発をされるのですね」
ロタが尋ねると、マノウは微笑しながら首を横に振り、
「いいえ。私はチップセットを利用することが多いですね」
「チップセット?」
聞き返すロタに、マノウは、
「はい。各種機能を統合させた半導体チップのことです。回路が詰め込まれた基板をイメージしていただければ。
ポイントは、改造が不要なことです。様々な機械の心臓部にそのまま使えます。スマホやドローンなどに共通で。
初歩的人工知能は、中央の司令塔やクラウドから切り離され、独立して働くようになりつつあるのです」
「今や人工知能の機能は、分割され、切り売りされる時代だということですか?」
専門外のロタは、感嘆するばかり。
「それに近いですね」
マノウは答えた。
「最終的には、イリカちゃんの頭脳とつなげるの?」
と、リモリが口を挟むと、マノウは、
「どうだろうね。完成までの仮置きになるかな」
専門家らしく目を輝かせて話す親子を、ロタは頼もしい心持ちで眺めるのだった。
六十一、
次は契約。
正式に書面を交わし、イリカの動力と骨格部分の製作はマノウの会社へ依頼することが確定した。
「何せ、イリカ自身がお二人へお願いしたわけですから」
ロタが言うと、マノウもリモリも笑ってうなずいていた。
リモリの意向を踏まえ、契約書には「女性心理に配慮し、ロボットの脚は出来る限りの細さを追求する」旨も明記。
料金は、ハヤミの時と同じ形式になった。
すなわち、ドワキの見積書の金額を上限とし、仮に赤字となっても追加料金なし、その代わり、イリカの研究開発で得た新技術や特許などは全てマノウたちの利益(取り分)とする、というものである。
「もっとも、当分は余裕がありそうですが」
多額の予算を見て、マノウがぼそりとつぶやき、数字をのぞき込んだ娘のリモリも、
「ロタさん、お金持ちだよねー。失礼だけど、彼女くらい、出来そうな気もするんだけどな」
「こらこら」
マノウがたしなめるも、ロタには明確な答えがあった。
「でもね。
人の気持ちは、お金では買えないんですよ。
じゃあ、この額と同じ大金を持って、どこかの女性に手渡して、この大金をあなたにあげるから俺のことを好きになってください、と言ったって、そうはいかないわけでしょ」
ロタはゆっくり告げた。
「言えてる。なるほど」
リモリも、この点は納得したようだった。
六十二、
夕方にまた会うことにし、待ち合わせ場所と時刻を決め、ロタ一人で工場を後にした。
昼下がり。外は相変わらず快晴。暑い。
まず、駅前広場の待ち合わせ場所を下見する。前衛的な金色モニュメントの前。リモリが「すぐ見つかるよ」と言っていたが、その通りであった。
次に、遅めの昼食。コンビニおにぎりを公園にて。夜のうなぎとケーキに備え、軽めにした。
さて、あと三時間ほど暇である。
せっかくなので、イリカに対し、昨日の埋め合わせをすることにした。つまり、観光スポットを散策するのだ。イリカと「一緒」に。
タブレット端末をカバンから取り出し、電源を入れる。
あとは、端末を口に当ててはイリカと会話をし、数秒間、端末を左右にかざして周囲を撮影し、イリカに景色を「見せてあげる」わけである。これを繰り返しながら歩く。
「ほら、イリカ、見えるか。この石段を上ると、お賽銭箱だ」
「お金を入レル、トコロ」
「そのとおり」
別の場所。
「ここは、昔の町並みが残ってる道だ」
「瓦の屋根ダネ。ランプも、昔フウ」
「そうだね」
イリカが何かに気づくことも。
「ロタ、道のムコウ、食べ物、売っテルね」
「おお、そうだな。アイスキャンデーだな」
「アイスなら、コンビニとかで、売っテルのに」
「あえて、屋台で買うのも風情があるものさ」
「アエル、アエナイ、フゼイ、ネ。どうだろ」
今度は余り通じなかったようだ。
周囲から多少けげんな眼差しも受けたが、テレビ電話の一種と思われたか、じろじろ見られることはなかった。
ロタも、人が少なめのエリアを歩くように気を付けた。
また、地下鉄やバスでの移動中には、タブレット端末にストラップを付け、首から下げた。目立たぬように、画面部分の表示は明かりを弱くして。
こうすれば、イリカにも車内、窓の外などが見られる。
(このやり方、結構、アリかもしれないな)
と、ロタは気が付いた。
将来、イリカが美少女ロボットとして完成したら、たとえ相当な高性能だったとしても、今回のような狭い路地などで、人込みを縫って素早く歩くのは不可能であろう。
すなわち、イリカとのこういう観光地散策は、実は今しか出来ないことなのかもしれない。
(イリカが「脳部分のみ」ってのも、悪くはないのかな。今後は、このような機会も増やしてみようか。
もちろん、イリカの状態を見ながらだけど)
そう感じたロタであった。
やがて、あいさつを交わし、電源を切ってお別れをした。
一風変わった、ロタとイリカの愉快な観光であった。




