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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
21/83

20 イリカちゃん、あのね。

  五十七、


「イリカちゃん、あのね、」

 と、リモリはタブレット端末へ語りかける。

 それを聞いたロタも、

「イリカちゃん、あのね、」

 と、全く同一の言葉を繰り返す。

 イリカが聞き取れるのはロタの声だけ。

 だから、リモリのせりふを再度ロタが言う。


 テーブルに載ったタブレット端末を、椅子に座ったロタと、そばに立つリモリがのぞき込んでいる。マノウはいつしか離れていて、今や画面には映っていない。

 画面中央にリモリ。ロタは画面の端。イリカが混乱しないように、わざとそういう位置関係を取っている。

 イリカは、「自分は今、リモリと会話している」ことを理解していた。ちゃんと、リモリを名指しして返答しているので、そうと分かるのだ。



  五十八、


 リモリとイリカのやり取りは続いてゆく。リモリは、

「私も女の子だからね、今は作業着だけど、普段はスカートも履くよ」

 ロタの復唱を聞いた後、イリカが答える。

「ソウデスカ、普段、スカート、ハイ」

「でもね、最初からそうしてたわけじゃないんだよ。なぜだか分かる?」

「ナゼ、デショウ」

「あのね、私も昔は、今みたいな大きな体がなかったから」

「ナカッタ……」

「そうだよ。私も、イリカちゃんと同じだったんだよ」

「リモリ、サンガ、ワタシト同じ」

「うん。本当だよ。最初は、赤ちゃんだったの。次は幼児期。ちゃんとした服なんか、着られなかった」

「体ガ、小さいカラ、ですヨネ」

「うん。少しずつ成長して、だんだん女の子用の服を着るようになったの」

「スカート、トカ」

「そう、そう。あと、女の子特有の体の変化もあるからさ。それに合わせた服もあるよ」

「胸にアテルヤツ……」

「そう、ブラね」

「アエテ遠回しニ言ったのデスケド」

 リモリが、ふははっと笑った。無邪気な笑い声だった。

「ごめん。ロタさんも聞いてるもんね。ありがと。実は、私も今、少し恥ずかしかった」

「イイエ。お構い、ナク」


 リモリはふふふと笑った。息継ぎをし、先を話す。

「そういう服を初めて買いに行った時とか、緊張したよ。今も太ったり、体型の変化に戸惑うし、これからも続くんだと思う」

「ソウデスカ。確かに、ソウカモしれませン」

「うん。ねえイリカちゃん、あのね」

 リモリは上半身をやや前へ傾け、タブレット画面をしっかり見つめる。まるで、イリカの「目」をのぞき込むように。


 リモリは、優しい笑顔でゆっくりと言った。

「イリカちゃんには、ちょっと理由があって、私が今まで経験してきたような成長や戸惑いが、一度に来ちゃったんだよ」

 ロタは、リモリのせりふを復唱しつつ、

(あっ、なるほど。そうつながるわけか)

 と、納得していた。


 対するイリカは、

「私ハ、一度にキテしまッタ」

「そう。私はゆっくりだったけど」

「私は、イチ度に来てシマった」

「そう。イリカちゃんは、まさに今なの」

「ワタシハ、早かっタ。早かッた。今だ。すなわチ。

 そしテ、リモリさんは子供ノ頃カラ段階的に経験シタ。

 そこガ違うのダ。多分ダが、ペースが違ウ」

 独り言のように、イリカは長めの返答。

 今までの情報を統合し、何かを分析中なのだろうか。


「そう、そう、そうだよ。そういうこと」

 リモリはうれしそうに言った。

 よほど手応えを感じたらしく、この一言をロタが繰り返している間も、横でリモリは何度もうなずいていた。

 ロタも、

(あっ、今、少し理解してくれたかもしれないな)

 と直感していた。


 リモリは言葉を続けた。

「だからね、イリカちゃんが戸惑ったり、データや記憶とつじつまが合わなかったりするのは当然なの」

「トウゼン、なのカ」

「うん。今、いろんな気持ちを知って、言葉も覚えて、そして、そして体もね。体も……」

 リモリはここで言葉に詰まる。

 ロタも、ごまかさずに、一旦ここまで復唱した。


 リモリはスーッと息を吸い込み、

「いつかは立ち上がって、物をつかんで、服も着て、おしゃれして、歩いて、こっちに来れるよ」

「コラレマスカネ」

「来られる。必ずしも、私たちと同じ順番ではないかもしれないけど。でも心配は要らない」

 イリカはぽつりと繰り返す。

「……シンパイ、イラナイ」

「そうだよ。

 もちろん、イリカちゃんの理想通りに行かない部分もあるかもだけど」

 この一言は、リモリも恐る恐るという感じであった。

 流れを途切れさせるかもしれない、少々危険な言葉。

 思わず父親の方をちらりと見るリモリ。

 が、マノウは力強くうなずいていた。

「リモリ、それでいいよ。今の一言は必要。言っとくべき」

 と、マノウ。

(ああ、いいな)

 ロタは思った。二人のこの信頼関係。

 そして、ロタも同じ気持ちであった。

 「限界」があることも説明しておくべきであろう。

 本当は、ロタもリモリに「それでいい」と言いたかったが、出来なかった。無論、イリカが聞き取ってしまうからである。


 さあ、イリカは。

「ハイ、ソレハ、分かってル、つもり、デス」

 区切りながらも明言した。

 ロタは、イリカから大きなボールを投げ返されたような気持ちでそれを聞いていた。


 リモリはホッと表情を緩めたが、それは一瞬にすぎなかった。

 すぐさま、元の引き締まった面持ちへ戻り、

「ありがとう。私は、あなたの気持ちを分かってるから」

 と、真剣な眼差しをタブレット画面へ向けた。

 イリカは、

「オンナノコとして、カナ」

 リモリはうなずき、

「そうだよ、女の子としてね。

 これから、イリカちゃんとロタさんが直接会えるように、私と、父のマノウがお手伝いをします」

「会エルカナ。会イタイナ」

「きっと会える。それが素敵な出会いとなるように、イリカちゃんの気持ちには配慮します」

「配慮シテ、くれるの、デスネ」

「約束する。女の子として、これはちょっとどうかな、という時には、私が間に入ります。クッションになるよ。

 信じてください。私は、あなたと同じ、女の子だから」



  五十九、


 イリカは答えた。

「承知し、マシタ。まだ、若干ノ懸念もアリマスが、オ任せシようと、思イます。どうぞヨロシク」

 やり取りは見事に、一つの着地点を見たのだった。


 同時に、

(今回はここまでだな)

 と直感したロタは、ストップをかけることにした。

 数秒だけ画面の外へ顔をずらし、イリカには見えない角度でリモリを振り返り、ロタは声を出さずに、口の動きだけで

(ありがとう)

 と伝えたのだ。

 それを見て、リモリも、あごを引いてうなずく仕草。

 リモリも疲れ切っているに違いないし、イリカも一度にたくさんの思考をして負担になっているだろう。この話題は、今日のところはもうやめておこう。


 最後に、マノウもタブレット端末のそばへ寄る。

 画面(イリカの視界)に三人並んで映り、お辞儀をした。

 締めくくるように、ロタが言う。

「お疲れ、イリカ。またな」

 イリカが言う。

「またネ、ロタ」

 ひとまず電源を落とす。

 画面の映像がぼやけ、光が薄れ、フッと消えた。


 しばらくは誰も声や音を立てなかったが、場の緊張は急速に緩んでいく。

 やがて、ロタが沈黙を破り、

「リモリさん、本当にありがとう。助かりました」

 と、椅子から立ち、リモリに深々と頭を下げた。

「見事だったよ」

 マノウも娘を褒める。

 安心したのか、

「ぷっはあ、疲れたあー!」

 リモリは大声をあげ、椅子にも座らず、コンクリートの床へドスンと、尻餅を突くように座り込んだ。

「ああ緊張した。……実はちょっと怖かったんだ」

 リモリが、マノウ、ロタ、どちらとも目を合わせずに、天井をぼんやり見上げ、ぽつりとそう打ち明ける。


 マノウが、

「怖かった?」

 リモリは天井を見つめたまま、

「怖いよ。相手は人間じゃないんだから。人間以外と会話したことある?」

「ないね。なるほど」

 と、マノウがうなずく。

 言われてみればだ。

「いやもう、本当にお疲れとしか、というかまあ」

 ロタはコメントがまとまらない。今さら再認識したが、十代の女の子に随分な大役を負わせてしまった。 


 体の横に両手を突いて座り込んだリモリは、呆然と背中をそらし、両脚を広げ「ぐったり」のポーズ。よく見れば、冷房が効いているのに、ひたいやほほが汗で光っている。明らかに冷や汗の類いであろう。


 ただ、やり遂げた充実感か、徐々に口元へ得意げな笑みも浮かんでくる。

「ロタさん」

 ロタを見上げ、リモリが声をかける。白い歯が見えた。

「なんですか」

「ケーキごちそうしてよ」

 リモリの唐突な申し出。しかし、ロタは即答した。おどけたような力強さでうなずきながら。

「当然、ごちそうします」

「当然、って」

 少し驚いたのか、ぶはっと吹き出すリモリ。

 ロタは続ける。

「うなぎも付けますよ。お寿司でもいい」

「うなぎがいいな」

「分かりました」

「こらこら」

 と、マノウが割って入り、苦笑いしてリモリをたしなめた。

 だが、目は怒っていない。

 我が子がそれだけの働きをしたことを、マノウも認めているからにほかならなかった。

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