19 リモリ・ロタ、二人三脚ガールズトーク。
五十五、
「いや、まあ、こっちの話さ」
ロタは明るく、努めてさりげない口調で返答した。
本当は、急に通話を切った昨日の件をまずイリカに謝る予定でいたが、リモリのファインプレイ(?)で会話が勝手に始まったのだし、流れに任せようと決める。
「コッチ、それはドチラ側?」
「ええと、つまりね……」
ロタは一瞬迷ったが、この際、いきなり本題へ入ることにした。前置きは省略だ。
「後ろに、あと二人、他の人がいるのは見えてる?」
「ハイ、確認デキマス」
ぎこちないものの、今のところ何とか会話が成り立っていることにロタは安堵しつつ、
「イリカから見て、向かって左の男性がマノウさん、俺の右にいる女性がリモリさん」
ほほえんで画面へ会釈するマノウ。まだ戸惑いの表情。
対照的に、
「リモリです。よろしくね。イリカちゃん、私の声、聞こえてるー?」
陽気に叫ぶリモリ。
しかし、イリカは無反応であった。やはり、ロタの声しか聞き取れないようだ。
「ちぇっ、ちょっと期待したのになあー」
リモリが口をとがらせる。
「私はどうかな。イリカさん、聞こえていたら応答してください。イリカさん、マノウです」
と、一応マノウも試してみたが、やはりイリカは応答せず。
マノウはこの時、ロタの肩越しに首を伸ばし、テーブル上のタブレットへ口を近づけ、相当な大声を張り上げていた。
物静かなマノウにしては積極的で、ロタは少々驚いた。理系の専門家としての、抑え難い好奇心なのであろう。
ロタは話を続ける。
「こちらのお二人は、イリカが俺の、ええと、俺のそばに会いに来られるように、それを、そのことを手助けしてくださる方々なんだ」
つっかえながらも、どうにか説明する。
「うん。キノウ話シテいたコトだよね。了解」
覚えていたか。ズキンとロタの胸が痛む。謝るなら今だなと思う。
「ああ、そうだよ。イリカ、昨日は急に話を打ち切っちゃって悪かった。ごめん」
「ゴメンってコトハナイ。大丈夫デスヨ」
「こちらのお二人と色々話して、俺も気持ちの整理をつけてるところだよ」
「整理整トン、大事ヨ。私、マダ、ヨク認識できてないケド、ネ」
「わかってる。無理もない。一つずつ、ゆっくり考えていこうよ」
「ソーダね。いいよ。一つずつネ」
そこへ、リモリがスッと、ごく自然に入ってきた。
「イリカちゃん、心配ないから」
タブレット画面越しに、リモリとロタの目が合う。
リモリがウインクする。
リズムを崩さぬように、ロタもすかさずしゃべる。
「イリカ、あのさ、ちょっとよく聞こえないかもしれないけど、今、リモリさんがイリカに話しかけたんだよ」
「ソウナン、ですカ」
「ああ。リモリさんが言ったこと、繰り返すよ。よく聞いて。
イリカちゃん、心配ないから」
「アリガ、トウ。女の子デスヨネ、リモリさんハ」
イリカはそう答えた。
「きゃあ、超うれしい!」
感激したリモリが飛び上がる。ほほに赤みが差していた。
ロタも、うれしさと驚きで顔が熱くなるのを感じた。
声こそ聞き取れなかったにせよ、ロタ以外の人間を、イリカがちゃんと話し相手として認識したのだ。感動的な瞬間である。
五十六、
この後も、リモリのせりふをロタが繰り返すという形式で、会話は続けられた。
中には、ロタにとっては言うのが恥ずかしい言葉もあったが、約束通り、リモリの言ったことをロタは忠実に繰り返した。
リモリとイリカの会話の様子は、以下の通りである。
まず、リモリがしゃべる。
同じことを、ロタが復唱する。
「改めまして、こんにちは。リモリです。年は十九歳です」
イリカが答える。
「コンニチハ。ワタシハ、イリカ。十六サイです。ヨロシク」
「よろしくね。これから、幾つか質問をします。いいですか?」
「ドウゾ」
「ロタさんと直接会えたら、まず何をしたい?」
「具体テキニハ、分からない。ロタ次第という気モシマス」
「そっかー。じゃあ、どんな服装をしたい?」
「ソコから、フクソ、含みおき、含み、ジャー」
通じなかった。
「ごめん、もっと簡単に言うね。服は、何を着たいですか」
「ロタは、スカートはミジカイノガ好きミタイ」
きゃははと笑うリモリ。
(先日、そんな話もしたっけな)
ロタは思い出して苦笑する。
会話続行。
「男の人はそうだよね。でもさ、ズボンもいいよ。こんなのとか」
ロタは、リモリの言葉を繰り返した後、タブレットを持ち上げ、リモリへ向けて「撮影」した。すなわち、イリカから「見えやすく」したわけだ。
リモリは片膝を曲げ、首をかしげてモデルのようなポーズでおどける。吹き出した父親を横目で軽くにらむ。
(へえ、マノウさんも笑うんだな)
タブレット端末を元通りテーブル上へ戻しながら、ロタは思った。
イリカの返事は、
「似合イ、マスヨ」
「へへへー、ありがとー。イリカちゃんも着れるよ」
「いいえ。タブン、私ハ、キラレない」
場の空気が凍り付く。特に、男性陣二人の顔がこわばる。
いきなり、話が核心に来た。
だが、リモリは余り動じない。ロタとマノウへ目配せし、
「任せて。ここからが、ガールズトーク本領発揮。じゃあ、ロタさん、また通訳お願い」
「あ、ああ」
リモリを信じて、ロタは引き続き、リモリのせりふをそのまま言っていく。
「どうしてそう思うの?」
「ナゼナラ、実感が伴わないカラ。服を着たりスル、イメージがワキマセン。体はアルはずなのニ。原因不明」
「そうか、うん。分かるよ。私もそうだったから。でも、大丈夫だよ」
ロタは、リモリの言ったことをタブレット端末へ復唱しながら、
(本当に大丈夫なのか、そんなこと言い切っちゃって。どう納得させる気なんだ?)
と、内心ハラハラしていた。
しかしながら。
この後にリモリがイリカへ言ったことを、ロタは未だに忘れることができない。




