18 共通点は「十代女子」、相違点は機械と人間。
五十三、
驚きながらも、ロタは答える。
「いや、しかし無理ですよ。今説明した通り、イリカは私の声しか聞き取れない」
ロタに近づけた顔をリモリは離し、膝を伸ばしてまっすぐに立つ。
軽く伸びをした後、
「分かってます。だから、私の言葉をそのまま、ロタさんが繰り返していただければ」
「あっ、なるほど。それなら」
単なる思いつきではなく、既にそこまで考えた上での提案だったわけか。
リモリは、
「できますよね。今の説明だと、ロタさんはイリカちゃんと気まずくなっちゃって、しばらく話してないんでしょ。もう、丸一日くらい?」
「そういえば、もう、そのぐらい経つなあ」
「やっぱり、それまずいですよ。こういうのってさ、余り長引かせない方がいいと思う。
ちょうどいいタイミングだし、私が間を取り持つってのはどうですか。女の子同士って気楽さもあるし。ね。
お父さんも、イリカちゃんの声とか、聞いてみたいよね?」
マノウは、急に話を振られて困ったように、
「まあ、そりゃあ、興味はあるけども。でも、まだまだネットワーク構築中なのだろうからね。そういうデリケートな時期に、第三者が介入するのは果たしてどうなんだろうか」
「ハヤミ先生は何か言ってるんですか?
まだ他人としゃべらせちゃ駄目だよ、とか」
ロタへ向き直り、リモリが聞いてくる。
次から次へと頭の回転が早い子だなとロタは感心しながら、
「いや。今回、こちらを訪問することはハヤミさんにも言ってあるし、場合によってはイリカを呼び出すかもしれないと言ってあるから、その点は大丈夫」
「じゃあ問題ないじゃん。あとはロタさん次第」
「そうだね。どうしようかなあ」
と、ロタも検討し始める。
自分は明日、この地を離れ、家へ帰ってしまう。
事実上、チャンスは今しかない。
このあと、三人で更に話し合い、やがてロタは結論を出す。
不安材料もあるが、今回はせっかくのタイミングを生かしてみようと。
「イリカ製作を貴社へ依頼することについては、先ほどほぼ腹を固めましたし、近いうちにイリカの声を聞いていただく機会は設けたはずです、いずれにしても。
想定よりは早まったけれど、これも縁なのでしょう。今からイリカを呼び出そうと思います」
ロタはそう宣言し、カバンからタブレット端末を取り出した。
人工知能イリカとつながっている端末である。
さらに、注意事項を伝える。
「さっきも説明しましたが、イリカは自分を現役女子高生だと認識しています。一方、自分に実体がないことへの矛盾にも気づき
始めています。
その辺は余り突っ込まず遠回しに会話しますから、お二人も話を合わせてください。なるべくでいいです」
マノウとリモリは、神妙な面持ちでうなずいた。
五十四、
ロタだけはイスに座ったまま、テーブルに置いた銀色のタブレットを操作する。
三人とも見やすいように(無論、イリカからも見えやすいように)、テーブルに本や書類を重ね置きし、枕の役割をさせた。
タブレット上部をそこへ載せ、斜めに立てるように設置。タブレットの頭が高くなっている形だ。
マノウと、娘のリモリはイスの背後に立ち、ロタの肩越しにタブレット画面をのぞき込んでいる。
ロタによって、電源ボタンが押される。
ブーン……という鈍い起動音。
すぐに端末の画面に光がともり、三人の顔を映し出した。
画面を見下ろすロタと、後ろのマノウ、リモリ、更にはその後ろ(上)の蛍光灯や天井も映っていた。
タブレット上部のレンズで動画撮影をしているわけだ。イリカ自身の視界として。
「あっ、私も映ってる。イリカちゃーん、見えてるー?」
はしゃいだリモリが画面へブンブン手を振る。
「こらっ、静かに」
マノウがやや慌てて、小声で制する。
「やると思ったよ」
と、ロタも苦笑する。振り向かなくても、画面に映る光景で、背後の二人の様子はもちろん見えている。
もっとも、重苦しい緊張の中、リモリの明るさが正直有り難かったし、実はリモリ本人も気を遣ってわざとそうしてくれたのかもしれない。
そして、このせりふが、図らずもイリカへ届いた最初の一言となった。気まずくなった昨日の列車内からの、初めての会話。
「ナニヲヤルト思ったノ?」
端末の向こうからイリカが答えた。
いつも通りの合成音。柔らかな高い声。
ロタは涙が出そうだった。
とりあえずイリカが普通に返事をしてくれた。みるみる気持ちがほぐれていく。
「わあっ、しゃべったしゃべった」
「静かに」
ロタの後ろで言葉を交わす二人も、親子そろって、うわずったひそひそ声に変わっていた。