15 二足歩行ロボット、最後の課題……。
四十七、
ロタの決意を聞き、マノウも強くうなずいた。
「承知いたしました。それでは、イリカさんは二足歩行タイプで設計いたします」
ロタは安堵の表情で、
「ありがとうございます。無理を言って済みません」
「とんでもない」
最大の山は越した感じだ。
とはいえ、まだ気は抜けない。さっき、問題は二つあると聞いたはずだ。
「それで、二つ目の問題と言いますのは?」
「あっ、覚えていらっしゃいましたか」
今度はマノウがホッとしたように、
「そうなのです。実は、もう一つ問題点がございまして」
「予算の関係でしょうか」
「いえ、それは大丈夫です。外見にかかわることでして」
「外見?」
「はい。イリカさんは美少女型のロボットということでしたが、単刀直入に結論から申し上げますと、二足歩行タイプとして設計する場合は、脚が相当な太さとなってしまいます」
「はい、ああ、なるほど」
ロタはゆるゆると間の抜けたような返事をした。
先ほどの緊張とは打って変わり、安心感すら漂う。
なぜなら、さすがにそれは予期していたことだからだ。
ロタは、
「ええと、それはですね、ええ、構いません。大丈夫です」
「そうなんですか?」
マノウは目を丸くし、少々意外そうに、念を押すように、
「デザイン画や設計図はこれから起こしますが、恐らくは並じゃない太さになりますよ。しっかり直立して、しかも転ばずに歩くとなると、人間の脚の、倍以上にはなるかと」
「つまり、アンドロイドと呼ぶには外見がちょっと、という意味でしょうか」
マノウは肯定するように顔を少ししかめ、大きく二回うなずいて、静かな声音で説明を加える。
「はい、そういうことなのです。はたから見ても、本物の人間のようには全く見えないでしょうね。失礼ですけれど、大変申し上げにくい部分なのですけど、ロタさんが、そのような外見のロボットへ上手に感情移入し、恋人として見ることが可能なのかという課題があるわけです」
四十八、
マノウの誠実な説明は有り難かった。
ますます、この男にこそイリカを任せたいなと思った。
ただ、イリカの脚の太さに関しては、正直、ロタにとってそれほど深刻な問題ではなく、
「お気遣い、感謝いたします。でも、その点ならば御心配には及びません。元々、美少女ロボット製作について最初に思い付いた時から、それは覚悟の上でした。SF映画とかアニメには、確かに、人間と見分けが付かないほどリアルな女の子ロボットも出てきます」
ロタは軽く深呼吸を挟み、更に心情を打ち明ける。
「でも、現実には無理だと、今の文明では不可能だと、私にも分かっておりました。現に、ドワキ教授の見積書でもそのことは明言されていました。二足歩行や、会話が交わせることなど、幾つか譲れないところもありますけど、それ以外は余り強くはこだわらないつもりです。
基本は家で過ごしますし。毎日、イリカと一緒に部屋でまったりとします。私は、老後のひとときをかわいいロボットと過ごして、擬似的に青春をやり直せれば十分です。それで私は満足です。ぜいたくは言いません」
身を乗り出すようにしてじっと聞き入っていたマノウは、
納得したように、
「承知いたしました。お気持ちはよく伝わりました。それでは、脚の細さにつきましては、さほど優先順位は高くいたしません。機能性、安全性重視で、頑丈でがっしりした造りにいたします」
「はい、それでお願いします。細い脚や、外見のリアルさにはこだわりません」
と、ロタ。
その時であった。
「ちょっと待ってくださいよ。それはないでしょ」
と、大声が突然二人へ浴びせられた。
びっくりして、ロタとマノウは、声のした方を同時に振り返る。
今、工場一階のこの部屋にいるのは、というより、ここの建物にいる人間は、あと一人だけだ。
先ほどから、奥の整理棚でチェック作業をしていた若者。マノウの部下の社員である。
その者は、いつの間にかロタたちのテーブルのそばまで近寄ってきていた。チェックリストらしき紙を片手に持ったままだ。
マノウと同じく、青い作業着姿。長袖、長ズボン。
どうやら、仕事を続けながら、ロタとマノウの会話が聞くとはなしに耳に入っていたようだ。
よほど気に食わない内容だったのか、眉間にしわを寄せて二人を見下ろしている。ほとんど仁王立ちと言ってもよかった。
その者は、かすかに怒気すら含んだ声で続ける。
「それじゃあ、イリカちゃんの気持ちはどうなるんですかっ!」
「イリカの、気持ち?」
「こらっ、リモリ、お客様に失礼だろう」
ロタ、そしてマノウが、ほぼ同時に、困惑気味に答える。
だが、その若者はおさまらない。
マノウと目を合わせながら、片手でロタを示し、
「確かに、依頼人はこちらの方かもしれない。けど、本当のお客様って誰ですかね?」
「それは……」
マノウは口ごもる。
この社員を上司として叱るのが先か、質問の答えを考えるのが先か、迷っているのがうかがえた。
「……イリカか」
はっとしたロタの口から、ほぼ無意識にその名が出ていた。
若社員は、勢いよくバッとロタを振り返る。ロタは不意を突かれ、肩がビクリと小さく跳ねる。
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃん」
と、若者は、しゃべる速度は落としつつも、年配のロタたち相手に気後れせず、先を続ける。
「あのね。
人工知能といっても女の子でしょ。脚は細い方がいいよ。高性能な人工知能なら、なおさらね。頭いいんでしょ?
イリカちゃん、恥ずかしいなと思うかもよ」
ロタはあっけに取られ、ポカーンと若者を見上げていた。
迫力に圧倒されたから、だけではない。主な理由は別のところにあった。
何と、その若者が女の子だったからだ。
今、声を浴びせられるまでは全く気付かなかった。
先ほどまで、てっきり男性だとばかり思っていたのだが。