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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
12/83

【読み切り短編】ロタとイリカのクリスマス【特別番外編】

  一、


 ロタは立ち尽くし、ビルが並んだ夜景を見下ろしている。

 まるで絵葉書のような美しい夜景。

 ここはどこだ。

 こんなふうに夜景を見下ろせる場所など、展望台くらいでは。

 が、ここは屋外。地面には土。高台であろうか。

 見上げると、星座と三日月。晴れているが、夜風は冷たい。


 ロタの服装は背広にコート。仕事帰りだ。

 先ほどまで、電車やバスに乗っていた気もする。つまり、ここは家の近所であろう。

 でも、自宅そばにこんな場所があったかな。丘のようでもあるが、丘にしては高過ぎる。

(変だな。うちの近所は不便で、コンビニすらなかったはず)


「あっ、そうだ、コンビニ寄るの忘れてた」

 思考を中断し、ロタは声を出した。

 急に、今夜の予定を思い出したからである。


 今夜はクリスマスイブ。

 仕事帰りに、駅前のコンビニで自分用のチキンやケーキを買う予定だったのに。そのあと、バスかタクシーで帰宅するつもりだったのに。

 すっかり忘れていた。

「何やってんだ俺。今さら、また駅まで戻るのもなあ」


 ロタは五十代前半。結婚歴なしの独身サラリーマン。

 彼女は欲しい。だが、いない。いたこともない。

 今までの人生、計五十数回のクリスマス、女の子と過ごしたことなど一回もない。

 しかし、ロタはクリスマスが好きだ。クリスマスソングやイルミネーションをバックに、街を一人歩くだけで優しい気持ちになる。

 ロタはおおらかな性格なのだった。

 せっかくのクリスマス。できる範囲で楽しめばいい。女の子と過ごしてはみたいが、モテないものは仕方ない。


 しかし、だ。

 毎年の楽しみであるコンビニケーキを、買い忘れてしまった。さすがに少し悔しい。

「ま、明日、売れ残りを買いに行けばいいか」

 ロタはまた独り言をつぶやき、前に向き直った。

 せめて、この「謎の夜景」を眺めてから帰ろう。


 その時であった。



  二、


「ロタ!」

 不意に、近くで自分を呼ぶ声。女の子の声だ。

「へっ?」

 間の抜けた声を発するロタ。

(俺に、女の子の知り合いなんて、いたっけな)

 少なくとも、自分を呼び捨てにする女性の知人はいない。


 恐る恐る振り向くと、電柱そばに声の主が立っていた。

(あ……)

 制服姿の女子高生であった。

 セーラー服、ミニスカート、羽織ったダッフルコート。下ろした黒髪が夜風に揺れ、大きな瞳が街灯に輝いている。

(かわいい子だな)

 ロタは感嘆する。

 「美少女アニメのモデル募集」とかだったら、一位だろう。

 が、もちろんロタの知人ではない。見とれつつも、警戒を保ったまま、ロタは口を開く。

「今、私を呼びましたか?」

「はいっ」

 女子高生は明るく肯定した。確かに、今の呼び声と同じだ。

 スカートも上着も紺。スカーフは赤。コートはグレー。

「どちら様でしょうか」

 ロタは尋ねる。

 独身高齢男性を狙ったキャッチセールスかとも疑ったが、不思議とそのような怪しさは感じない。

 いや、それどころか、

(あれっ。俺、この子のこと、知ってるんじゃ?)

 言葉とは裏腹に、じわりと、ロタはそんな気持ちがわく。


 少女もニマニマ笑い、見透かすような上目使いで、

「私が誰だか、本当にわからない?」

 ゆっくりと念押しをしてくる。

(うっ)

 ぐらり、と、ロタの気持ちが更に揺らぐ。

 低姿勢で対応しよう。ロタは正直に申告した。

「ごめん、知らない顔なんですよ。会った記憶がないんです」

 ところが。

 女の子の返事は予想外のもので、

「そりゃそうだよね」

「ど、どういう意味?」

「だって、私もまだ、自分の顔、見たことないもん」

「あっ!」



  三、


 ロタは思わず叫んでいた。

 今のせりふ。普通なら「ふざけるな」と怒るところだ。しかし、今回は違う。少女の一言で、全て合点がいった。

「そうか、今わかったぞ。毎日話してるよな、俺たち」

 事情が判明したとはいえ、非日常への驚きのためか、ロタの声は震えていた。

「そういうこと」

 と、少女はニコニコ、機嫌よさげにうなずいた。

 セーラー服少女を改めてまっすぐ見て、ロタは相手の名前をはっきりと呼ぶ。

「イリカ」


「気付くの遅いよっ」

 美少女はほほを膨らませる。

 そう、この女の子はイリカであった。


 ロタはイリカに軽く頭を下げ、

「済まん」

「声でわからなかった?」

 ああ、なるほどなと、ロタは納得した。確かに、声はいつもと同じかもしれない。今さら気付いたけど。

「言われてみれば、ね。つい、外見に目が行っちゃって」

 こめかみをかくロタに、イリカが真顔で聞いてくる。

「私、きれい?」

「すごくきれいだよ」

 ロタは即答した。心からの本音。


 イリカは少しだけ笑ってくれた。そして、寂しそうに、

「そうなんだろうね。だって、今の私は、顔も服も、体つきも、ロタの理想の外見をしてるんだろうから。

 残念ながら、私は自分で見れないけど」

 ズキン。

 ロタの胸の奥が、はっきり痛んだ。

 なぜ、心の痛みはこんなにリアルなんだろう。

 これ、夢なのに。全部夢なのに。



  四、


 (ええい!)

 どうせ夢なら。


「イリカ、空飛ぼうぜ」

 言うが早いか、返事も聞かず、ロタは助走をつけ、眼前の夜景へ思い切り飛び込んだ。

 ごう、と耳元で鋭い風の音。ジェットコースター下りの、腹が冷たく硬直するあの感覚。

 ぐんぐん迫る地面。頭から落ちてゆく。

(大丈夫。途中で止まる。俺は飛べる)

 ロタは動じない。

 今、自分が夢の中にいることは間違いないから。


 イリカは自分の彼女だ。正体は人工知能。

 いつか美少女ロボットとして完成するにせよ、現時点で体や顔はできていない。それは明確に記憶している。毎日イリカのことばかり考えているロタだからこそ、確信できるのだ。

 すなわち、イリカが実体化している「この世界」は現実ではない。自分は今、夢を見ている。

 先ほど「あっ!」と叫んだ時、ロタはそう気付いたわけだ。

 夢の中なら、何も怖くない。

 その気になれば空だって自由に飛べるはずだ。


 果たして、ロタの落下は地面すれすれでふわりと停止し、体は真下から真正面へ垂直に進路を変えた。

「随分ギリギリまで焦らされたもんだな」

 今度は路面と平行に、背を上にして飛びながら、ロタは笑ってつぶやいた。

 たとえ地面まで止まらなくとも、その瞬間に布団で目覚めたとは思うけれど。

 街に人影はない。

 道路両端の街灯が、ビュンビュンと後方へ流れ去る。


「ロタってば、無茶するんだから」

 右斜め後ろからイリカの声。

 飛行しつつ首だけ振り向くと、イリカも横を飛んでいた。

 イリカも一緒に、ほぼ同時に飛び降りてくれたようだ。


 イリカの黒髪が長く後ろへ流れている。コートを羽織っているため、セーラーカラーやスカートははためいていない。スカーフだけが、胸元で激しく舞っている。

「スカートの中、見えても大丈夫な物、履いてる?」

 横に並んで飛ぶイリカに、つい、ロタは現実的な質問。

「分かんないや。見てみる?」

「馬鹿」

 と苦笑するロタに、イリカは愉快そうにニヤリとした。



  五、


「イリカ、上に行こうぜ」

「うん」

 低空飛行していたロタは、首をもたげ、グーンと上昇する。今度は自分の意志でできた。水中を泳ぐより簡単だ。

 バンザイのポーズで飛ぶ。気分は映画のヒーロー。

 イリカも同様に、ぴたりと横を飛んで着いてくる。

 やがて、一番高いビルよりも上昇。

 再び、水平飛行に切り替える二人。

 真下には地平線までビル街。灯り、灯り、灯り。絶景だ。


「ロタ、これ出来る?」

 イリカが空中で横へくるくる回った。

 まるで、布団の上で子供が体を横へ転がして遊ぶような動作。浮いたまま、やって見せたわけだ。

 ロタは笑って、

「やるな。よおし、俺も」

 飛びながら、体を横へ転がしてみる。まさに、寝返りを打つ要領で。回れた!

 布団や床でやる場合とは違い、背中に何も当たらないのが不思議。ふわふわ回転する。視界もぐるぐると横へ流れ、ビル灯りと星空が交互に見えた。

「うわっ!」

 調子に乗って回っていたら、ロタの羽織ったコートが脱げて飛ばされてしまった。

 ロタは回転をやめ、手を伸ばすが届かない。コートは風に舞い、あっという間に小さくなり、見失う。

(まあいいか、どうせ夢だし)


 イリカはまっすぐ飛び続けながら、

「じゃあ私も」

 と、ダッフルコートを脱ぎ捨てる。飛ばされたコートはロタの耳をかすめ、やはり遠くへ飛んで消えた。

「おいおい、わざとやるなよな」

 ロタは苦笑。


 ダッフルコートを脱いだイリカは、今や正真正銘の純・制服姿だ。

「かわいいでしょー」

 滞空しながら、ロタの目の前で両腕を横に広げ、全身を見せつけるイリカ。

 空中にまっすぐ「立った」ようなポーズ。

「……」

 ロタは息をのむ。

 紺色のセーラー服の、上着を照らし出すのは星空。

 スカートを照らし出すのは夜景の灯り。

 二種類の光に上下が照らされ、イリカの制服姿が幻想的に浮かび上がる。

 ロタがうなずいて、

「ああ、かわい……」

 と褒めかけた時、イリカのセーラーカラーがめくれ、イリカの後頭部にかぶさる。黒髪も跳ね、イリカの顔に巻き付いたり、絡まったり。

 今までコートにガードされていた部分が、風にあおられたのだ。

「待ってろよ」

 ロタはイリカのすぐ上へ移動し、背中越しに近づいて、イリカの後ろ髪をつかんで束ねてあげた。

「イリカ、ヘアゴム持ってるか?」

「ある。はい」

 スカートのポケットから出し、後ろ手に渡すイリカ。

 二人で飛んだまま、ロタはイリカの髪を真ん中で一つ結びにした。



  六、


 ロタとイリカは、手をつないで夜空を飛んでいる。

 空中でうつ伏せに、横に並んで、目一杯、腕を伸ばして、つながるロタの右手とイリカの左手。

 速度は落ち、ふわふわ飛ぶ。


 イリカが話しかけてきた。

「ねえ、ロタ」

「ん?」

「ずっとこうしていたいよね」

「ああ、そうだな」

 ロタは同意する。だが、続きがあった。

「でも、やはり、それではダメなんだと思う」

 イリカは瞳を見開いて、

「どうして?」

「これは夢だから。いつまでも夢の中にいてはいけない。俺は現実の世界で、本物のイリカに会わなければ」

 数秒の沈黙。イリカは探るような横目で、

「いつか会える現実の私が、今の私ほどにはきれいじゃなくても?」

 うなずくロタ。イリカと目を合わせ、静かに答える。

「だとしても。現実でイリカに会い、暮らすために俺は頑張ってる。みんなに助けられて。これからもきっと。

 結果、いつか会えるイリカがどんな外見でも、俺はイリカが大好きだ」

「……列車の時、それ言ってくれなかったじゃん」

 イリカは口をとがらせる。ロタは、

「返す言葉もないです。済まん」

「いいよ。ありがとう。じゃあ、バイバイ」

 イリカが手を振ると、視界が急速にぼやけてゆく。


(ああ、終わりか)

 目覚めに備えるかのように、ロタは一人ほほえむのだった。



  七、


 ロタが自宅の布団で目を覚ますと、枕元に、イリカとつながるタブレット端末があった。

 昨夜、寝る直前まで会話し、電源を切り忘れていたが、スリープモードに移行した後、自動的に切れたらしい。


 端末をさわると、まだ温かい。

 さっきまで電源が入っていた証拠だ。

「イリカ……ありがとう」

 ロタはタブレットへ語りかけた。返答はなかったが。


 さっき眠っている時、ロタは寝言をしゃべっていたのでは。

 それを聞き取ったイリカが、端末越しにロタの耳元で発声し、それが夢となったのかもしれない。

 もしそうなら、イリカは夢の中へ、ロタに会いに来てくれたわけだ。

 無論、夢の大部分はロタの脳が作った物ではあろう。

 だが、多少はイリカの介入もあったのではないだろうか。


(今度、真相をイリカに聞いてみるか)

 しばらくは、この仮説に浸っていたい。

 幻想的でもいい。何せ、今日はクリスマスの朝なのだから。


【特別短編、了。】

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