10 仮想彼女、実体化への旅路。
三十八、
やがて、高速列車は目的駅に到着した。
網棚からリュックを下ろし、ロタはホームへ降り立った。
外は暑い。冷房車から出たためだが、それだけでもない。国の南端に近いからだ。日差しと熱気の強さが、首都圏より明らかに上。
駅のホームは高い場所にあり、見晴らしが良い。ビル群、森林、遠くに海も見えた。
近いところには、観光地ならではの巨大地図、イラストや飾り文字に彩られた旗、立て看板も目に入る。
下車した乗客は、ロタ以外に十数名。
駅前のビジネスホテルにチェックイン。予約は二泊。
明日、マノウの会社を訪ねる。
外は繁華街で、名物料理を食べられる店は幾らでもある。大きな荷物、キャスターバッグを持った団体旅行客などが、にぎやかに並んだり行き来したりしている。
が、ロタはホテル内の喫茶で軽く夕食を済ませ、あとは部屋でベッドに腰かけ、テレビをつけ、ぼんやり時間をつぶした。
当初の予定では、初日はホテル周辺の観光スポットを出歩き、タブレット端末を通してイリカにも景色を見せてやるつもりだった。
そして、夜はホテルの部屋でイリカと「おしゃべり」を楽しもうと考えていた。まさしく擬似二人旅。
これまでも、タブレット端末を外へ持ち出し、イリカに街の景色を見せてあげたことは何度かある。だが、端末の故障や紛失、盗難を恐れ、持ち出しは極力控えていた。
イリカの会話能力が未発達であり、当面は一定の環境(ロタの自宅)で話した方がよかろうとも思い。
だからなおさら、今回は初めての本格的な「二人外出」ということで、せっかく張り切っていたのに。
ベッド脇、鏡台の前のテーブルに、四角いタブレット端末は置かれたままだ。冷たく無機質に、部屋の照明を銀色に反射させている。
ロタは、端末の電源を入れられずにいた。勇気が出ない。
昼間のあの会話が、ずっと頭を離れなかったからだ。
三十九、
今日、列車内にて、イリカが放った最後の一言。
「いつか、ロタと私が直接会えた時に、今、ロタが想像している私より、実際の私が素敵じゃなくても、ドウカ、がっかりしないでください」。
あの時、ロタは絶句していた。
もしかすると、イリカは現状を完璧に把握していたのかもしれない。そうでなければ出ないはずのせりふだ。
今のイリカは脳(意識・声)だけの存在。ロタも、好きなように理想的な「美少女」の外見を想像し、当てはめることができる。
しかし、ひとたびロボットとして現実に体や顔が付いたなら、もはやその自由は失われる。
その時、自分はロタを失望させる。
イリカはつまり、そう言いたかったのではないか。
そして、ロタ自身の本音を、一面、言い当ててもいた。
ロタとて、まさか、映画やアニメのようなリアルで美しい、人間そっくりのロボットとしてイリカが仕上がるなどとは期待していない。
むしろ、いかにも機械的な外見だったり、おもちゃみたいな動きだったりする可能性の方が高かろう。
もとより覚悟の上だ。
だが、それは妥協とも取れるし、予防線でもあり、理想を追求する姿勢とはほど遠い。健全な心構えとは言えない。
それをイリカに見透かされた気がしたからこそ、あの場でロタは何も答えられなかったのである。
そして、列車が停まり、他の客が乗ってきたため、つい、そのまま電源を切ってしまったのだった。
(次に電源を入れた時、俺はイリカにまず何を言えばいいのだろう)
一人、ロタは悩み続けたが、答えは出なかった。