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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第一部 ハヤミ編(人工知能の章)
1/83

1 美少女ロボット計画、始動。

【登場人物】


・ロタ 五十代の独身男性。恋人として美少女ロボット

製作を思い立つ


・イリカ 美少女ロボット。ロタの彼女として、脳、体、

顔に分けて開発中。今はまだ脳部分のみ


・ドワキ ロタの親友。大学教授、工学博士。イリカの

製作工程表を見積もる


・ハヤミ 女性科学者。人工知能分野の権威。イリカの

頭脳部分を研究開発

  一、


 今日は、ロタの「彼女」が完成し「納品」される日である。


 企業内の一室に、二人の男が入ってきた。

 初老の男を招き入れる、やや年下の社員。そこは壁一面がメカに囲まれた、研究室のような部屋だった。

 社員が、初老の男へ語りかける。

「長らくお待たせいたしました。こちらが、御注文いただいていた彼女でございます」

「あれが……」

 初老の方がロタである。背広にネクタイ姿。

 長身。広いひたい、大きな目。なかなかの男前である。重ねた年齢や優しさを漂わせる、存在感のある面構え。

 ロタは、手にした花束をグッと握り直す。

 乾いた唇から、思わず声がほとばしる。

「イリカ。やっと会えた。俺のイリカ」

「それ、イリカちゃんへのお花ですか?」

 社員の男は、花束へちらりと目をやり、ロタに尋ねる。

「いや、違います」

 と、ロタは首を振り、

「さっきね、定年退職のお祝いに、後輩たちからもらったんですよ」

「なるほど、そういうことですか。

 おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「じゃあ、そのまま御帰宅なさらず、勤務先からこちらへ直行されて?」

 ロタはにっこりしてうなずき、

「はい。待ち遠しくてね。

 それにほら、服装もちょうど背広だし」

「花束もあるし」

 ノリ良く、社員が合いの手を入れる。

 ロタもうれしくなり、

「そうですね。

 このまま、イリカへ手渡そうと思います。お迎えに上がりましたよ、姫君、って」

 ロタは少し膝を曲げ、花束を前へ差し出し、うやうやしく気取るポーズでおどけた。

「ハハハッ、いいですねえ」

 社員が吹き出した。

(いい奴だな)

 と、ロタは思った。

 客である自分と、同じテンションになろうとしてくれている。その気遣いが有り難かった。


 すぐに、再びの緊張。胸が高鳴った。

 いよいよだ。待ちに待った特別な瞬間。

「さあ、ロタさん、本日より第二の人生ですよ」

「……」


 立ち尽くす二人の目の前には、紺色のセーラー服を着た、長い黒髪の少女が椅子に座っていた。

 うつむくように、目は閉じたままだ。動かない。

 ミニスカートからのぞけた膝小僧がかわいらしい。

 靴は茶色いローファーである。

 そして、少女のこめかみ、首、背中にはチューブやコードが取り付けられており、周囲の機械につながれていた。



  二、


  話は十年前にさかのぼる。


 多くの少年たちがそうであるように、ロタも子供の頃から恋に憧れ、彼女が欲しかった。

 しかし、いつまで経っても叶えられなかった。


 クラスの委員や部活なども、なぜか一緒に活動したのは男子ばかりで、その他、体育祭、文化祭、修学旅行等も含め、女子との思い出、イベント、一切なし。

 ずっと男女共学だったのに、だ。

 ロタの性格は内気ではなく、むしろおしゃべりで陽気。

 しかし、スポーツは不得意、勉強もそこそこ。

 突き放した言い方をしてしまえば、「明るいだけの口だけ人間」である。

 学芸会の主役とか、学校行事の司会などには重宝されたが、これとて、悪い言い方で評すれば「便利屋」である。

「なんか俺、いいように扱われてるなあ」

 と、ある時期からロタは自覚し始めていた。

 こういう男が、意外と、一番モテずに最後まで余ってしまうものだ。

 寡黙な男を好む女はいる。だが、うるさいだけの男を好む女はいない。

 少なくとも、ロタは出会ったことがない。

 現実世界はもとより、小説や漫画の世界でもだ。

 「ペラペラよくしゃべる男が、私、タイプなの」

 こんなセリフを言う女性登場人物など、ロタは見たことがない。


 ただ、幸い、大人になると、この明るさは「社交性、対人スキル」として世間から評価された。

 また、努力も運もあり、ロタは安定した高収入の仕事に就くことが出来た。

 だが、女性からモテないのも、便利屋的な位置づけも、変わらなかった。

 周囲の女性たちのロタ評は、「明るくていい人なんだけど、恋愛対象としては見られない」が多かった。

 これは、学生時代にも女子からさんざん言われ続けてきたことだ。

 大人になっても何も変わらなかったわけである。

 特に道楽もなく、貯金は増える一方。時々、若い奴らにおごったり、あちこちへ募金したりもした。

 でも、それで彼女ができるわけでもない。

 仕事は楽しく、毎日はそれなりに充実していた。

 だが、彼女は出来ない。ロタの心はずっと、どこか満たされなかった。


 やがて月日は流れ、気が付けば、デートすらしたことがないまま、ロタは五十代となっていた。

 その頃には、身近な親兄弟もいなくなってしまっていた。

 もはや、自分は独りぼっちの老後を迎えるのだろうと、ロタは覚悟を固めつつあった。

 しかし、だ。

 一度も彼女ができず、寂しかった過去。

 このまま終わっていいのか。

 我が人生に、青春に、一矢報いたいではないか。

 定年退職まであと十年。何か、やれることはないだろうか。



  三、


 ロタは、「今後十年で俺が彼女を作る方法」と題し、自分の現況を、なるべく客観的に書き出してみた。


・女性から恋愛対象として見られないのは天性の物だろうから、恐らく治せない


・つまり、今後も若い女性と付き合うのは無理だし、年の差婚も当然叶わない


・シルバー向けの婚活パーティー等へ参加し、選り好みしなければ、今後十年かければ、同い年くらいの彼女なら一人くらい出来るかも(最も実現性ありか)


・でも、それが幸せか?

否。少なくとも俺は望まない。まだ独居老人の方がマシ


 では、他の手段はあるだろうか。

 ロタは、メモを書き続ける。


・幸い、手元には、長年蓄えた貯金がある。お金で買える物で、自分の願望になるべく近い物

(もちろん、合法的で社会的リスクも小さい物)


・風俗系はどうか?

金銭を介して、女の子、女性と擬似的な恋愛関係になる


・いや、やはり、風俗系は危険だ。今や職場でかなりの地位なのだ。それを脅かされかねない


・道徳的にもどうか。モテないなりに真面目に生きてきた。それを台無しにして、晩節を汚すのか?

否。それは断じて許されぬ


 このメモは、一日で書いたわけではない。それどころか、何日も悩み、考え続けた。

 そうして、やがて新たな発想が生まれた。

 第三の選択肢である。すなわち、


・人間の女性をあきらめて、「人間以外」を模索する


 ということである。


 まず浮かんだのは、


・ゲーム等、仮想空間でのバーチャルな女の子はどうか?


・悪くはない。年齢も好きなだけ若く出来るし、どんな禁断の恋も可能


・ただし欠点としては、実際に触れたり、部屋で一緒に過ごしたりは出来ない。それも寂しい。何かしら実体は欲しい


・生身とバーチャルとの中間辺りにある物。何かないか?


 あっ、待てよ。

 メモをここまで書き上げた時、ロタの頭に、一つのひらめきが湧き起こった。


「……そうだ、ロボットだ、ロボットはどうだろう」



  四、


 ロボットなら、俺だけを愛してくれて、年も取らず、ルックスも理想通りにできる。悪くないかもしれぬ。

 少年時代の思い出を埋め合わせし、わずかでも青春をやり直したいから、ロボットは少女タイプにしたいなとロタは考えた。

 よし、美少女ロボットを造ろう。

 徐々に構想が固まってゆく。


 言うまでもなく、アニメやSF映画のようにはいくまい。

 せいぜい、美少女フィギュアをマネキンサイズに拡大し、手足や顔が多少動く程度のレベルではないか。

 でも、取りあえずは調べてみよう。

 ロタは資料集めを開始した。

 ロボット類を販売している企業を調べたり、関連の新聞、書籍を読んだりしたわけである。

 結論としては、残念ながら予想通り。

 やはり、現時点の文明では、恋人代わりにできるほど優秀なロボットは製造されていない。

 たとえ多めにお金を払ってどこかへ特注したとしても、現実的に望めそうなのは、簡単な受け答えができる程度のロボットが限度だろう。

 果たして、それを恋人と呼べるのか。

 またしても、ロタは何日も検討を続けた。

 そして、ついに出した一つの結論。

「それでも構わない。独りぼっちよりいい」

 さんざん迷った末、ロタの気持ちは固まった。

 ベストではないが、ベターな選択。これに賭けてみよう。


「ロタ、変な気を起こすな。このまま慎ましく暮らせば、老後の資金はたっぷり残る。豪華な老人ホームにも入れる。

 今さら素敵な恋なんて、もう、いいじゃないか。何が美少女ロボットだ。馬鹿げてる。後悔することになるぞ」

 もし親が生きていたなら、きっと、こう諭したに違いない。

 正論だと思う。

 だが、女の子と遊んだことも暮らしたこともない人生なんて。

 理想の形でなくてもいい、俺は叶えたい。少年時代から現在まで、多分、何万回も夢見たこと。

 人生一度きり、最後にひと花、少しだけ冒険してみよう。



  五、


 ロタはまず、自分の預金額と、十年後の定年退職までに得られそうな収入額とを算定した。退職金も含め。

 ロボット制作費に充てられそうな金額を割り出したのだ。


 次に、友人のドワキを訪ねた。工学博士で、大学教授でもあり、この分野には詳しいのだ。

 高校時代からの付き合いである。

 二人とも背は高いが、ロタはがっしり、ドワキはやせ形。

 これは三十年変わらない。

 今でも年に一度は会っており、形式張った挨拶は不要であった。

 早速、ロタは、家で作成してきた簡単なメモを見せながら切り出した。

「これだけの予算で、開発期間十年で、俺の恋人となる美少女ロボットを造るとしたら、どれほどの物が実現可能だろうか」

「面白そうだな。うちの研究室で見積もってみるよ。調査のネタにもなるしな」

 と、ドワキは茶化さずに聞いてくれた。

 早くも、メモの内容を机のパソコンへ入力し始める。

 ドワキの座った回転椅子がギシッと鳴った。

 片手には、微糖の缶コーヒーを持っている。

 ロタの差し入れだ。

 パイプ椅子に腰かけたロタが、そばで見守る。

 ロタの缶コーヒーはブラック無糖。この好みも昔から同じ。


 場所は、ドワキの勤務先の大学構内。夕食前の時間帯。

 ロタは仕事帰り。キャンパスは、学生たちの下校やサークル活動で浮かれた空気である。

 現在まで、ドワキも順調に出世してきた。今や研究室もあてがわれている。

 ここは、その奥の小部屋である。片付いた書類や資料。

 なお、ロタとは違い、ドワキには妻子がいる。最近、初孫もできた。にぎやかな家族に囲まれている。

 そして、独身のロタのことを、ドワキはずっと案じていた。


 パソコン画面からロタへ振り返ったドワキは、感慨深げに、

「常々、お前さんには幸せになってほしいと思っていたが、まさかロボットとはな。正直、そう来たか、と思ったよ」

 と、自分のひげをさすりながら笑った。

 からかい等はなく、優しい笑い方だった。

 ロタは白髪頭をかいて、

「なんか済まんな。俺も、いい年して、とは思うんだがな」

 と、缶コーヒーを一口すすった。

 苦く感じたのは、無糖のためだけではあるまい。

 ドワキは首を振り、真顔になった。

「お前さんだって真面目に生きてきたんだし、社会貢献もしてきただろ。若い頃、婚活もお見合いもしていたし。

 老後にこれぐらいごほうびがあったって、誰がそれを責められる。

 僕もお前さんには世話になってるし、協力させてもらうさ。少しでも理想に近いものを造ろうぜ」

 ドワキの本心であることは、言葉の強さから伝わった。



  六、


 ドワキの研究室は、ロタから聞き取りをしつつ、各方面への意見聴取も実施し、およそ二か月を掛けて見積書(報告書)を作成した。

 ロタは謝礼を支払ったが、金銭だけでは得られぬほど詳細で親切な内容であった。

 それは二人の友情によるところが大きかった。

 加えて、研究室のメンバー十数人が皆、ロタの人柄にひかれ、「この人のためなら一肌脱いであげてもよかろう」と感じたからでもある。


 さて、完成した見積書の中身としては、

 「人間と見分けが付かないほど精巧なロボットを今後十年以内に開発することは困難。

 一方、依頼者の恋愛感情を満たす水準にまでは到達可能。」

 とし、その上で、

 「脳(人工知能)、骨格(動力)、外見(容姿)は別機関へ依頼し、三つ同時並行で開発するのが効率的」

 だと指摘。


「中でも特に、」

 と、大学の研究室にて解説をしつつドワキが強調したのは、

「恐らく、脳部分の開発が最も時間が掛かる。まずは脳から先行して、すぐにでも始めた方がいい」

 という点だった。

 ロタもうなずき、

「だろうな。俺は素人だけど、分かる気はする。機械に人間並みの会話能力を持たせるのは大変だからな」

「そういうことだ」

「でも、どうしたらいいかな」

 が、既にその当てもあるようで、

「心配は要らない。人工知能の権威を紹介してあげる」



  七、


 ドワキが口にした名は、ハヤミという科学者。

 ロタは驚いた。今回の件で最初に調べ物をした際にも、本や新聞で何度か名前を見かけた人物であったからだ。

 国際的にも著名な、人工知能研究の最先端を行く者の一人。ドワキの紹介なしには、まず会えまい。

 ロタやドワキより一回り年下の、三十代後半の女性科学者であった。


「しかし、俺なんかが会いに行って、そんなすごい人が相手にしてくれるのかね」

 ロタは、率直な不安を口に出した。

 ドワキは苦笑し、

「びびるなよ。僕も学会で数回しゃべった程度だが、気さくな方さ。お前さんも、初対面の人と打ち解けるのは得意だろ?」

「苦手ではないけど……」

「そうとも。だいたい、お前さんは金を出す側なんだぜ。それに、僕の紹介状もあるんだし」

 女性という点も引っ掛かる。

 大の男が、一回りも若い女の人に向かって、「俺専用の美少女ロボットを造ってください」と頼みに行くわけか。

 気味悪がられないか。それとも、自意識過剰だろうか。

 ただ、一方でロタは、自分の思い付きが大規模に動き出そうとしていることに感動してもいた。


 もはや、「動くフィギュア、しゃべるマネキン人形」などというレベルでは済まされまい。

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[気になる点] 名前が覚えにくくてストーリーがスルッと入ってこない そのせいか本文も読みにくい
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