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K ~聖なる夜の物語~  作者: 夜長月虹
第一話「聖夜の出会い」
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1話①

 満天の星空、なんてものはこの街にはない。

 空を見上げてみても、見えるのはボクの体と同じ、真っ黒な空と、黄金色の月だけだ。

 でも、それを寂しいと思うのは、この街には誰もいないだろう。

 この街は眠らない。

 どんなに暗い夜だって、人間達の創った灯りが、街を照らし続けている。

 赤、白、黄色。大小様々、無数に輝くそれらは、まるで星空のようで、とても綺麗だ。

 ボクは、その光景が好きだった。

 嫌なことや辛いことが沢山あるこの街だけど、この大通りから見えるこの景色だけは、唯一ボクのお気に入りだ。

 でも、残念ながら、今日はあまり長居できそうもない。

 今日は週末だ。

 週末の夜、この辺りはとても騒がしくなる。近くにある“駅”という建物から、まるで蟻んこのように大量の人間が湧き出てきて、この通りは埋め尽くされてしまう。

 そうなると、ボクはもうここに留まってはいられない。押し寄せる人の波に流されるように、ボクはここから離れなきゃいけなくなる。とても不本意なことだけど、こればっかりはどうしようもない。

 ボクは、人間に嫌われている。

 一体何がどうしてそうなったのか。黒猫は不吉だとか、穢らわしいとか、そんなことを言って、人間はボクのことを避けていく。

 馬鹿馬鹿しい、本当に勝手な思い違いだ。そう言ってやりたいけど、言ったところでどうせ伝わりやしないんだから困ったものだ。

 まあとは言っても、人間の勝手さは今に始まったことじゃない。自分達にとって都合が悪いものを決して認めようとしない、我が儘で、傲慢で、支配者気取り。それが人間っていう生き物だ。不当に扱われているのはなにもボクだけじゃないんだから、今更気にしたって仕方がない。

 そうやって、毎回自分に言い聞かせながら、ボクはこの大通りから去っていく。

 でも、こそこそ行くような真似はしない。

 元来、猫というのは誇り高い生き物なのだ。だから、ボクはいつも道の真ん中を歩く。先っぽの折れ曲がった自慢の鍵尻尾をぴんと張って、堂々と。時折、通りすがる人達から罵声を浴びせられたり、石ころを投げられたりすることもあるけど、ボクは気にしない。

 どうせ、いつものことだ。何をされたって、こんなことで挫けるもんか。

 そうしてボクは、降りかかる不条理に小さく反抗しながら、寒空の下、今夜も人気の少ない場所を目指して、歩き続けた。





 ……どれくらい歩いた頃だろうか、ふと、気付いたことがある。

 ――騒がしい。

 なんだか今日は……いつもより人が多いみたいだ。まだ駅から人が出てくるには時間が早いはずなのに、人通りがどんどん増えてきているような気がする。

 それによく見てみれば、街の雰囲気も、いつもとはちょっと違う。

 普段から夜も明るいこの街だけど、今日はより一層、色とりどり、眩しいくらいに輝きを放っていて、まるで昼間みたいだ。そこら中の建物は豪華に装飾され、果ては木にまで何かを飾り付けようとしている人がいる。なにより遠目に見える人間達の顔は皆楽しそうで、ちょっとしたお祭りムードが漂っていた。


(一体なんなんだ?)


 通りすがる街の景色を見て、ボクは思った。

 なんとも奇妙な光景だ。

 いつもなら、ここを通る人間達は皆一様に、どこかくたびれたような顔をしていたのに。それが、今はあんなに愉快そうに笑っているなんて……ボクには、とても信じがたい光景だった。


(なんか、落ち着かないな……)


 胸が、ざわつく。

 笑顔、笑顔、笑顔。

 どこを見ても、どんな人を見ても。ボクに向けられていないその表情は皆、温かくて、優しい――“笑顔”だ。


(……気持ち悪い)


 ボクはなんとなく、そんなことを思った。

 今日がなんの日か、ボクは知らない(別に知る気もないんだけど)。

 けど、きっと。

 今日は人間達にとって、なにか“特別な日”であるに違いない。でも、ボクにとっては、今日という日はなんら特別な日じゃない。何も楽しいことなんてないし、何も変わったことなんてない。なんの変哲もない命の一ページ。ボクにとって今日は、どこまでいってもただの“今日”だ。

 だからボクは、その温度差に、どうしようもない居心地の悪さを感じた。


(早く離れよう)


 いつの間にか、ボクは足を早めていた。


「――うわっ!?」


 途中で人とぶつかりそうになっても気にしなかった。

 次第に、ボクは全力で駆け出していた。

 まるで逃げるように、まるで……目の前にある“何か”を拒絶するように。


(ここには、居たくない……!)


 そんなことを思いながらボクは、ただ我武者羅に、賑やかな街の中を駆け抜けていった。





 ……それからしばらくして、ボクは街外れの閑静な住宅街にやって来た。

 ここまで来れば、目的地はもう目と鼻の先だ。

 ホッと一息ついて、ボクは足を弛めた。

 この辺りは、いつもとあまり変わりない。時折、派手な装飾が施された家が目に入ること以外は、相変わらず人気も少ないし、あまり物音もしない。まるで大通りの賑やかさが嘘だったかのように、ここはいつも通りの風景を保っていた。


(……落ち着く)


 やっぱり、静かな場所はいい。心が安らぐ。

 街灯にぼんやりと照らされた薄暗い道を、そんなことを考えながらボクは歩いた。

 とはいえ、


(ふぅ、疲れたな……)


 大通りから、ここまで。考えてみればなかなかの距離をずっと走ってきたせいで、体の方の疲労は溜まっていた。

 そろそろ一休みしたいな、思わずそんな誘惑に駆られる。

 目的地はまだだろうか?

 はやる気持ちを抑えながら、ボクは歩き続けた。

 そして、


(そろそろ見えてきてもいいはずだけど……)


 と、そんなことを思った丁度その時、


(――あっ!)


 見えた。

 ボクはようやく、目的の場所へと辿り着いた。





(変わんないな、ここも)


 歩きながらボクは、そんなことを思った。

 そういえば、ここに帰って来るのは随分と久しぶりだ。最近は専ら食糧の豊富な街の中心地辺りで生活していたせいもあって、あまりここには帰って来れていなかった。

 だから、ホッとした。

 例えいつになっても、ここは最後に見たその時となんら変わらずに、ボクの帰りを待ってくれているんだと、そう思えたから。

 そこは、住宅街のど真ん中に一つだけある、小さな公園。ブランコと滑り台の他にはなんの遊具もない。その二つも碌に手入れされていないらしく、所々ペンキが剥がれ、錆び付いてしまっている。その上公衆トイレの類もないから、例え昼間でも人間がここに立ち寄ることは少ない。そんな、寂れた場所。

 でもだからこそ、ボクにとってここは、一番落ち着ける憩いの場所だ。

 それに、多分……


(ただいま)


 ここは、ボクの“生まれ故郷”でもある。

 別に、確証があるっていう訳じゃない。ただ、時折フラッシュバックする古い記憶の中に、少しだけどこの公園の風景があるような……そんな気がするだけ。だから、もしかしたらただの勘違いかもしれない。

 でも、例えそうだったとしても。物心付いた頃――いや、きっとその前からずっと。ここは、ボクにとって、“家”みたいな場所だった。

 だから、なんとなく。

 休息をとりたいと思った時、なにか辛いことや、苦しいことがあった時、それから、今日みたいな週末の夜はなるべく、ボクはこの場所で時間を過ごすことに決めている。

 体と、そして――心が、安らぐまで……。

 閑話休題。


(やれやれ……やっと、一息つける)


 思いながら、ボクは園内を歩く。

 向かう場所は、ボクの特等席。公園の隅っこにひっそりとある、街灯に淡く照らされた木製のベンチ。

 ようやく、辿り着いた。

 僅かに苔の香りがするそこに、ボクはひょいと飛び乗る。そして、おもむろに姿勢を崩すと、そのままボクは、瞳を閉じた。


(ふぅ……)


 疲れのせいだろうか、少しだけ、眠かった。


(……本来なら夜行性なんだけどな)


 込み上げる欠伸を噛み殺しながらそんなことを思って、ボクは我ながら可笑しくなった。


(まあ、いいか)


 別に、夜に寝る猫がいたっていいだろう。誰が見ている訳でもないし。大体、ボクは“独り”だ。なら、そもそもそんなことを気にする必要もない。いつでも、好きな時に、寝てしまえばいいんだ。

 フンと鼻を鳴らして、ボクは思考を止める。

 そして、少しずつ体から力を抜いていくと、すぐに睡魔がボクを迎えに来た。


(おやすみ)


 ボクはそれになんら抵抗することもなく、あっさりと体を明け渡した。

 意識が、徐々に薄れていく……。

 その刹那――


(そういえば……)


 結局、今日はなんの日だったんだろう?

 と、そんなことが頭に浮かんだけど、その答えを考える間もなく、ボクの意識はいつしか、深い、深い闇の中へと、溶けていった……。

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