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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
95/264

21. アリョンッラ星系


■ 4.21.1

 

 

 レジーナの何度目かの改造は、極めて順調に終了した。

 パイニエ近傍宙域からほぼ最大加速でパイニヨ太陽系北方に飛び出し、最大加速を20時間維持。その後加速をジェネレータ出力50%程度まで落として、ニュクスの作業が20時間。

 

 パイニエからの離脱には、当初パイニエ駐留の警備艇が追跡する素振りを見せていたが、軍の駆逐艦並みの加速を見せるレジーナに追いつけないと判明して、途中で諦めて反転した様だった。

 ペニャットと第八惑星からバペッソのものと思しきコルベットやクルーザーがやはりレジーナを追跡する動きを見せたが、当然レジーナに追いすがることさえ出来ず、星系外方向に転進していた。

 太陽系北方に鉛直に飛び出した時点で、レジーナがジャンプ船であると推定できただろうが、それでもペニャット接岸時の申告が非ジャンプ船であった事から、レジーナが北方に十分離れたところでジャンプポイントに向けて転進する可能性を考えて先回りしたのだろう。

 

 運良くパイニヨ太陽系北方には遊弋する軍艦もおらず、ニュクスによるレジーナ改造作業は何者にも邪魔されること無く進行した。

 元々頼んでいたジャンプユニットの増設に加えて、俺が追加でA砲塔レーザー口径を現在の三倍の1800mmに変更し、既存の小型準光速ミサイルランチャーに一斉射20発分の予備弾倉を追加、レジーナ船体後方に耐レーザー用高反射パネルを増設する様に頼んだのが、改造時間が20時間に延びた理由だ。

 レジーナがどんどん重武装になっていく様で気が進まなかったのだが、最悪の場合海賊との撃ち合いが予想されるだけに、600mmという貧弱なレーザーだけでは心許なかった。

 既設の20連小型準光速ミサイルにしても、ホールショットを併用する遠距離射撃を前提にしているが、一回撃ち切ったら再装填に20分かかるのは少々心許ない。

 

 俺から武装の強化を依頼されたニュクスは、そら見たことかという表情を浮かべながらも喜色満面で、次々と更なる武装強化案を提示してきた。

 どうやら、キュメルニアガス星団で彼女に出会ったすぐ後に、重武装になったレジーナを元に戻させたのを未だに根に持っているらしい。

 曰く、2400mmX線レーザー、近距離迎撃用の1200mmガトリングレーザー、同じく120mm重力レールガトリングガン、即応力のあるホールショット用の2400mm速射重力レールガン、反陽子砲、収束荷電粒子砲、空間歪曲砲、ガンマバーストミサイル、広範囲中性子散弾などなど。

 一部聞いたことさえ無いものや、それをレジーナに取り付けて一体何がしたいんだと激しく突っ込みたくなるものも含まれているが、いずれにしても全て却下した。

 

 目に涙を溜めてうるうるしながら2400mm速射重力レールガンの有用性をアピールし、設置を頼み込んでくるニュクスを、今度こそ撃退に成功して完全に却下した。

 遠距離艦隊戦や惑星地表爆撃をするわけでも無し、大口径の速射質量弾などレジーナには絶対に必要ない。そもそも2400mmもの口径を持つレールガン用の弾頭をたかだか300mしかない船体のどこに格納するつもりなのか聞いてみたい。

 いやもちろんそんな事を聞こうものなら、大口径速射レールガンをホールショットと併用する事でいかに優れた兵器になるかを再び延々と聞かされる羽目になるので、絶対に聞くことは無いのだが。

 

 と、色々あったが無事所定の装備強化は完了し、数十時間の通常空間航海でパイニヨ太陽系の重力圏の外縁に達したレジーナは少し予定を変更して、新たに増設されたジャンプユニットを使用して試運転を兼ねた十光年の短距離ジャンプを行った。

 ジャンプは問題無く完了しパイニエから十分に離れたレジーナは、全力加速にて0.2光速に達した後にホールジャンプを実施、一万二千光年離れたアリョンッラ星系に僅か20分程度で到着した。

 

 

■ 4.21.2

 

 

 アリョンッラ星系は、よく言えば自由な気風に引かれて雑多で様々な種族の集まる人種の坩堝、悪く言えば混沌として治安は最悪で手の付けられない無法地帯、という所だった。

 そこそこ長くこの商売をしているが、恥ずかしながら俺は今回初めてこの星系を訪れた。

 「ありとあらゆるものをぶち込んでごちゃごちゃに掻き回して固まり損ねたところを放置して腐敗した様な場所」という噂は聞いたことがあったが、今回実際に自分の目で見て、余りと言えばあまりなその表現が、何も誇張しておらずまさにそのままを言い当てているのだと知った。

 

 何万年か前までは、アリョンッラという国家がここに確かに存在したらしい。

 しかし噂では、あまり頭も良くないくせに見栄ばかり張って、維持も出来ない無理な装備を揃えて自分たちが強いと勘違いし、生来のキレやすい性格が災いして単独で列強種族であるデブルヌイゾアッソに総力戦を仕掛けたのだという。

 味方になってくれると皮算用をしていた友好種族全てにあっけなく裏切られ、あっけなく負けたアリョンッラはデブルヌイゾアッソに一気に攻め込まれて、そしてあっけなく滅んだらしい。

 当たり前だ。

 同盟を組んでさえやっと互角の戦いが出来るかどうかの列強種族に、実力も無いただキレやすいだけの弱小種族が正面切って喧嘩を売りつけて、援軍を期待されたとしても負け馬にわざわざ乗ろうとするバカはいない。

 

 アリョンッラによって星系内の資源はほぼ掘り尽くされ、資源星系としても殆ど価値が無い上に、ほぼ辺境と言って良い様な位置にあるこの星系に魅力があるわけは無く、勝ったデブルヌイゾアッソはこのアリョンッラ星系を占領するでも無くそのまま放置した。

 デブルヌイゾアッソにとっては何の価値も無い辺境の星系だったのだろうが、行き場を失った無法者や、国を追われた犯罪者、正規の国家に近づくことさえ出来ない海賊、お天道様の下を歩けない闇商人など、ありとあらゆる裏世界の人間にとっては、国家は瓦解したもののインフラがほぼそっくりそのまま残っているアリョンッラ星系は、まるで突然生まれた新天地か楽園の様に見えたことだろう。

 前述の様な後ろ暗い連中が銀河中からわんさかと集まってきて、まだかろうじて残っていたアリョンッラ人数億人をこれまたあっけなく飲み込んだ。

 

 以来アリョンッラ星系は無政府状態であり、政府の代わりに星系内の有力なヤクザや闇商人が中心になって作った「首領会議」が星系を支配している。

 それぞれのヤクザや商人の縄張りは外部からの干渉を受け付けないいわば王国の様な状態となり、果たしてアリョンッラ星系は非常に珍しい専制君主制連邦国家という政治形態を取った国家である、と見なすことも出来た。

 

「ここの国なら、ルナもニュクスも下船できるだろう。」

 

 アリョンッラ星系から数光年の宙域にホールアウトし、その後星系外縁にジャンプアウトした後、星系内に進入している長い通常空間航行の間、食事に皆が顔を揃えた時に話を切り出した。

 もちろんアリョンッラ星系も銀河種族の領域であるので、彼女たちがAIであるとバレれば面倒なことになるのだが、他の国の様に入国管理されているわけでは無いこの星系であればバレることはまず無いと考えて良かった。

 二人とも地球人をベースにした生義体であるので身体の構造上は人と見分けが付かない上に、銀河種族には様々な肌や髪の毛の色の種族がいる為、地球人としては少々珍しい赤い眼に銀髪のルナの外見でも、色々な種族が雑多に存在するこの星系であればことさら目立つものでは無い筈だった。

 彼女たちの頭の中に入っているチップも、銀河標準準拠のものであり、地球人としてのIDを持っている。俺が持っているチップとの間に何ら差は無い。アリョンッラに入ってネットワーク使用のID認証を受ける際にも、彼女たちはごく普通の「地球人」として認識される。

 

「それはなかなか興味深い経験が出来そうじゃのう。」

 

「船外に出るのは、なんだか少し怖い気がします。」

 

 二人それぞれの感想を述べる。

 

「フドブシュステーションを中心に、海賊の動きを探らなければならない。レジーナとノバグにはネットワーク上の情報を、そして俺たち実体を持っている五人は実際にステーションに入り込んで調査する。」

 

「経験の少ない彼女たちが単独行動は厳しいだろう。誰と誰が組む?」

 

 ブラソンが、分厚いステーキと格闘しながら問う。

 

「俺とルナ、ブラソンとニュクス、アデールは単独の方が動きやすいだろう?」

 

 ルナは絶対に俺から離れようとしないだろう。アデールはこれまで単独で動いていた分、その方がやりやすそうだ。

 

「なんだ、私はひとりぼっちか。淋しいじゃないか。」

 

 アデールがにやにやと笑いながら言う。

 

「言ってろよ。

「それから。無法地帯も良いところだ。何があるか分からんから、全員AEXSSを着用。ニュクス、便利屋にして悪いが、ブラソンとルナの分を作ってやってくれ。お前自身はどうする?」

 

「なんの。儂はいらぬぞ。自前があるからのう。」

 

「地球軍の版権形無しだな。」

 

「使用料分の仕事はしてやったさ。」

 

「やっぱり俺も行くのか?おれは肉体労働は苦手なんだが。お前達テランみたいに戦闘能力が高いわけじゃないし。」

 

 大きく切りすぎたステーキを頬張りながらブラソンが迷惑そうな顔で今更そんなことを言う。

 

「悪いな。ニュクスは俺たち地球人の数倍の戦闘能力がありそうだ。それにナノボットを使えるニュクスと、ノバグの現地踏み台になってやれるお前が居れば、情報収集に関しては俺よりも遥かに大きな戦力だ。

「それにニュクスはあの外見だ。一人で外に出したら何が起こるか分かったもんじゃない。しかしどちらも遊ばせておくのは惜しい実力だ。」

 

 ニュクスがニヤリと笑う。

 

「か弱い幼女じゃ。悪い大人に連れて行かれぬよう、守ってくりゃれや?」

 

 どっちかというと、ニュクスを連れたブラソンがその悪い大人に見えそうだがな。

 

「あと、すまないが俺もこの星系は初めてだ。アデール、来たことあるか?」

 

「ああ。場所柄、な。フドブシュステーションに行くのだろう?」

 

「そうだ。らちが開かない様なら、他の惑星も考えてみる。」

 

「フドブシュから始めるのが正しいだろうな。

「アリョンッラ星系には第十五惑星まであって、全ての惑星にそれなりに居住区がある。もっとも、第一惑星は恒星に近すぎて、ただのエネルギーステーションメンテナンス用の現場施設みたいなものだが。

「第十惑星フドブシュの環状ステーションであるフドブシュステーションが最大だ。元は幅50km、厚さ20km、直径十万kmくらいの普通の環状ステーションだったらしいのだが、アリョンッラ星系が無法地帯になってから増設を繰り返し、もとの形がなくなるほど混沌とした状態になっている。実際、良くあれでバランスが取れているものだと感心するほどだ。

「形も混沌としているなら、中身はもっと混沌としている。壁を抜いたり、増設したりして、アリョンッラだった頃のマップは役に立たない。ステーションは大まかに不揃いな大きさの二十の区画に別れていて、それぞれの区画を支配しているヤクザか商人がいる。もっとも、元がヤクザだろうが商人だろうが、今ではどのセクションも殆ど王国と化していてあまり出自は意味がない。」

 

 そこでアデールはいったん話を切った。

 既に彼女の前のテーブルの上は片付けられており、食後のコーヒーカップが湯気を立てている。

 そのコーヒーカップを右手で無造作に掴むと、座っていた席から数歩離れたところにあるソファに深く腰掛け、背もたれに身を投げ出して足を組んだ。

 熱そうにコーヒーを一口啜ると、アデールはまた話し始めた。

 

「例のジャンプ船ドーピサロークが立ち寄ったのが、ジャキョという名前のセクションだというのはもう知っているかと思う。このジャキョセクションは、元は海賊に武器を売り捌いていた疑いのある闇商人で、あちこちの国で色々な非合法な商売をやったあげく、どの国にも居られなくなってアリョンッラに逃げ込んできた、というところだ。

「元が商人だからな。宇宙船の保有数はアリョンッラ有数だ。数百隻規模だが、侮れない戦力の私兵の艦隊も居る。」

 

 そこでまたいったん言葉を切り、コーヒーを一口飲む。

 コーヒーは既に冷め始めている様で、先ほどの様に熱さに顔をしかめる様な事もない。

 

「ジャキョの首都はジャキョシティという呆れるほど陳腐な名前の街だ。ジャキョ自体は、長さ二万キロ近いそれなりの勢力だ。

「そうそう、フドブシュ上の各セクション領域の大きさを示す時は長さで表す。長いのが力のあるセクションと思っていて、大体間違いが無い。最大の勢力は、確か六万キロほどの領域を持っているオンロラメセクションだ。元々が地元のヤクザで、住人の多くがアリョンッラ人だ。」

 

 さらに一口コーヒーを飲んだアデールは続ける。

 

「いずれにしても、ジャキョシティ辺りから当たってみるのが正解だろうな。ジャキョシティについては、済まないが私も行ったことが無いので、これ以上の情報を持たない。」

 

 そう言ってアデールは話を終えた。

 

「ジャキョとジャキョシティについてもう少し情報収集しておきます。幸い、アリョンッラ星系には機械達のプローブが大量に存在しており、ネットワークアクセスに支障はありません。」

 

 姿の見えないノバグが話に乗ってきた。

 

「ああ、頼む。」

 

 食後の少し気怠い落ち着いた時間の中、ある者はのんびりとコーヒーを啜り、ある者はまだ見ぬ外の世界に期待といくばくかの怖れを抱き、ある者は友人の幼い娘の行方を心配する。

 そしてレジーナは光速の10%という素晴らしい速度で宇宙を疾走し、アリョンッラ星系の内部に深く進入していく。

 


更新遅くなりました。ちょっと仕事の関係で時差のあるところにおり、仕事の忙しさと時差のおかげで執筆と更新が無茶苦茶になってしまいました。

仕事の合間に、宇宙船を見てきました。宇宙船と言っても、所詮は月までを往復したに過ぎない、内部を歩くことさえ出来ない小さなものですが。

しかし、高温で焼け、所々耐熱ブロックの剥がれている実物は、どれほど小さかろうとやはりそれなりの迫力を持ちます。この小さな物の中に何日も座りっぱなしで40万kmの彼方まで往復したのだと考えると、当時の宇宙飛行士というのはやっぱり凄いのだと改めてその精神力の強さに驚きます。

小ささで言えば、ジェミニ宇宙船はさらに小さく、小型のスマート系自動車程度の大きさしかありません。この小さな機械に乗って、大気圏の外に出てまた帰ってこようという気になった、初期の宇宙飛行士達の勇気にも感服しました。

それに対して私は何をしたかというと、巨大なロケットを見上げながらその足下のビアガーデンでビールを飲むだけです。

運良く空は晴れ、ロケットの向こうに月がさしかかって、月光の中に浮かび上がりそびえるサターンVを見上げ、そのロケットのさらに向こうに黒々と広がる夜空を眺めていました。

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